墓 所 名 源義朝の墓
お 墓 の
様 子
所 在 地 愛知県美浜町大字野間字東畠
50(大御堂寺(野間大坊))
 動  画

〜コ メ ン ト〜

源氏の総帥左馬頭源義朝は平治の乱で平家に敗れ、

東国を目指して落ち延びる途中、尾張国知多郡

野間内海荘で相伝の家人である長田忠致のもとに

身を寄せたが、恩賞に眼が眩んだ長田忠致・ 景致

親子に、入浴をすすめられ油断をさせられた

ところを、だまし討たれた。その時に、「我に木太刀の

一本なりともあらば、かかる不覚はとらじ(むざむざ

討たれはせんものを)」と悲痛な一言を残したとの

故事にちなみ、その慰霊のために木太刀を献ずる

習わしができて今でもおびただしい数の木太刀が

奉納され、山のように積まれている。


※源氏嫡流の家系図についてはこちらをご参照下さい。

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