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墓 所 名 真壁氏累代の墓地及び墓碑群
お墓の様子
所 在 地 茨城県桜川市真壁町
山尾525−1(遍照院)

〜コ メ ン ト〜

真壁地方を平安時代末から戦国時代までおよそ約430年に

わたって支配した真壁氏は、桓武天皇の流れを汲む常陸

大掾氏の一族で、多気直幹の子・長幹を始祖とする。平安

末期に真壁郡司として台頭し、鎌倉幕府成立後は御家人

となり、陸奥・美濃両国にも所領を得て庶流を分立させた。

その後、真壁郡内の地頭職は代々惣領家が継ぎ、南北朝

時代には当初は南朝方、のちに北朝方に転じ、足利尊氏より

真壁郡内の所領を安堵され、幕府(京都)扶持衆として勢力を

保持した。戦国時代になると佐竹氏に属し、佐竹氏が常陸

国内を統一し、豊臣氏の大名となると、真壁氏は家臣として

真壁・筑波両郡に知行地が与えられ、名実ともに佐竹氏

家臣となった。関ヶ原の戦いの後に佐竹氏が出羽に転封と

なると、家臣の一人であった真壁氏も佐竹氏に従って

常陸国を去ることとなり、平安時代末期以来約430年に

わたって続けてきた真壁氏の真壁地方の支配は終焉を

迎えた。現在、真壁氏の氏寺と伝わる遍照院正得寺の

境内には40基の五輪塔群があり、造塔技法からみて鎌倉

時代から戦国時代のものと思われ、銘文などは読み

取れないが、真壁氏の墓碑群と推測されている。

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