墓 所 名 佐竹南家の塋域(墓所)
お墓の様子
所 在 地 秋田県湯沢市
内町7−13(清涼寺)

〜コ メ ン ト〜

佐竹南家は佐竹宗家第十六代当主義舜の弟・義里を

祖とし、常陸にあって太田城の南に在住したことから

南家と呼ばれた。二代義尚を経て、慶長7(1602)年、

佐竹宗家二十代当主義宣が秋田に転封となった際に、

南家三代義種が先駆けを勤め、その功により義宣が

希望の地を選ばせたところ「雄勝、湯沢の城は狭少

といえども、最上義光に近く、また伊達氏に近し。

その上、上方に兵乱あるときは、先駆けによろし」と

切望し、義宣は義種に八千九百石を与えて居城を

許した。以来、義著、義敞、義安、義伯、義舒、

義以、義良、義珍、義孟、義誠と継承し、十六代

義隣の代に明治維新を迎えた。この清涼寺は義種が

菩提寺として建立した寺で、塋域(墓所)には佐竹

南家の祖・義里をはじめ歴代の墓碑、位牌が

安置されている。

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