できるものならば、いっそのこと旅の
記憶も一緒に紛失したいと涙に暮れた
旅先での悲劇の出来事です。それでは
いつものように当時のメールからどうぞ!

旅先でデジカメのメモリーカード


を紛失し、途方に暮れました。
(512MB、約1,600枚の画像を記録していた…)

その年(2005年)の夏休み(7月5日〜7月12日)

俺は愛媛は松山の知人を訪ねていた。

もちろん四国を制覇するとの野望を硬く

心に誓ってのことであります。がしかし、

お盆でも何でもない時期に訪ねたので、知人は

もちろん仕事があり…。5日(火)の昼前に松山に

降り立った俺は、居ても立ってもいられず、一緒に

昼飯でも食おうか?とわざわざ空港にまで来て、

俺を出迎えてくれた知人をよそに

「8日の金曜日には松山に戻ってくるからさぁ〜」

と、早々に四国周遊の旅に出た!

(最低の奴だな…)


そして…


四国周遊の旅も3日間を終了した7日(木)の

夜のこと…。冷静になって今回の旅の

俺様の行動を振り返ってみたところ、俺は

この3日で「阿波の土柱」とかいう世界三大奇勝の

一つに行った以外は


「お城6ヶ所」「お寺7ヶ所」

「菩提寺または墓所9ヶ所」



と…史跡にしか行っていない…

ことが判明した…。初めての四国だっていうのに

何てことだ!「鯛めし」に「徳島ラーメン」の

試し食いをしたが、そんなのは「コトのついで」

だし…。とりあえず松山の知り合いが休める

土日までの間、一人で「風の吹くまま、

気の向くまま」に四国を巡ることに

したが、俺は温泉よりも滝よりも

景勝地よりも「史跡が好きらしい…」


しっかし、


まさか俺がこんなにもバランス感覚を欠いた

突き抜けてる「超ド級」のオタクだったとは…。

はぁ〜。温泉も滝も結構好きなんだけど、

史跡に比べると全然って感じなんだよな…。

みんなでいる時はちゃんと普通の人で

いられるんだが…。オタクに行動の自由を

与えるのはかなり危険だな…。それこそ

好きなことしかしねぇからな!とにかく

このままじゃ「四国でどこに行ってきたの?」って

聞かれても何にも答えられないな…。

正直に言ったらオタクなのがバレちゃうしな…。

このままだと「夏休中は家でゴロゴロしてた」

って回答することになってしまう…。


そろそろ
アリバイを作らねば…。


そして。。。


夜が明けて8日の金曜日。俺は昨日あれだけ

猛省したにも関わらず、朝の5時起きをして

史跡巡りをしていた。そしてついに俺は松山からは

遠く遠く離れた鳴門にまで来た!鳴門海峡は

言わずと知れたうず潮で有名な所!

ここまで来て、鳴門海峡(うず潮)に

行かなかったら正真正銘の本物のオタク臭い。

っていうかもはや疑いの余地はないだろう…

そして近くの観光センターで情報収集をしたところ、

今日のうず潮の見頃は13時の前後1時間とのこと。

その時の時刻はまだ10時前。う〜ん、俺はかなり

真剣に悩んだ。「うず潮を見たら4時間以上の

時間をロスするな…」と。しかし思い悩むこと

約10数分。「こと、ここに至っては、致し方

あるまい…。」史跡巡りをする時間を

削られるのはもったいないが、断腸の思いで

「うず潮」を見に行くことにした。


そうだ!


今ならまだ俺は、
きっとやり直せるはずだ!



そしてうず潮の見頃の時間ギリギリまで

やっぱり史跡巡りをした俺は、ようやく観光船に

乗り込み、うず潮を観に行くことになりました。

まぁ〜「鳴門海峡のうず潮」自体は、全国的にも

超有名なので、今さらコメントするまでもないが…

って感じもしますが…。とりあえず…、

私が、鳴門海峡を初めて見た時に感じた素直な

感想は「えっ?」こんなに狭いの?でした。

(観光ガイドによると鳴門海峡の幅は、わずか

1,300m だそうです)まぁ〜それはともかく

「どうせ、うず潮を見るなら間近で見なきゃ!」と

思っていた私は観光船に乗り込み、

手持ちのデジカメを連写モードにして、

うず潮の写真を撮りまくりました。もちろん、

それは「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」と

思ってのことでしたが、約20分の周遊を終え、

岸に帰ってきた時に、私は『ふと?』写真を

撮ることに夢中で、肝心のうず潮を

「自分の目に焼き付ける」ことを怠っていた

ことに気が付きました。そしてもう一度、

今度はうず潮を「よぉ〜く、見てみよう」

と思い、観光船に乗り込みました。そして、

これが『あの』

悲劇の始まりでした!!!!!!!

結局、2度目の観潮でもデジカメを連写モード

にして撮影をしていた私は、いつしか

メモリーが満杯になってしまい、カードの交換を

余儀なく迫られました。しかし無事にカードを

交換した私は、2度目の観潮だったことも

あり「写真を撮る」ことと「実際に自分の

目でうず潮を見る」ことのペース配分を

上手くすることができ、大満足で鳴門海峡を

後にすることができました。


がしかし、


その約6時間後に、デシカメのメモリーカードは

あと何枚残っていて、残数はいくつなんだろう?

と疑問に思い、調べようとした時に、わざわざ

この旅行用に購入した 512MBで約1,600枚

撮影できるメモリーカードを紛失しているのに

気が付きました!鳴門海峡でうず潮を

連写モードで撮りまくったせいで一気に

残数がなくなり、メモリーカードを交換した後も、

うず潮に気を取られ携帯とか入っている

ポッケにしまってしまったのが敗因の

ようです…(涙。。。) まさに「好事魔多し…」

その時の私は完全に放心状態になりました。

あぁ〜どうせ メモリーカード

(約1,600枚の旅の写真と思い出)を

無くすなら、ついでにそれまでの4日間の

旅の記憶も一緒に喪失になればよかったのに…。


あぁ〜!!!!!!


そのショックは甲子園球場で財布を落とし、

全財産20万円相当を落とした時に迫る、

人生(旅)史上、2番目の汚点となり、くしくも

鳴門海峡は一生忘れられない

「思い出の聖地」となってしまいました…。


『しゃけ2005年7月8日20時、
高松にて永眠。』



死因→メモリーカードを紛失した

ことによるショック死。

享年以下省略…





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