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墓 所 名 細川氏綱の墓
お墓の様子
所 在 地 京都府京都市右京区
龍安寺御陵ノ下町(龍安寺)

〜コ メ ン ト〜

室町幕府最後の管領である細川氏綱の墓。氏綱は

細川尹賢の子で、細川高国の嫡子・稙国の死後に

高国の養子となった。天文12(1543)年、細川晴元に

敗れて自刃した高国の残党に擁立され挙兵。天文15

(1546)年頃から畠山政国、遊佐長教と結び晴元方と

連戦、天文17(1548)年10月には晴元に反旗を翻した

三好長慶に擁立され、翌年には晴元を近江に追放、

天文21(1552)年には長慶と共に入京し、管領に任じ

られた。しかしながら、管領とは名ばかりで、実権は

長慶に握られており、名目的な存在であった。永禄2

(1559)年に摂津淀城に移され、永禄6(1563)年に

死去した。その後、後任の管領は立てられず、ここに

長年続いた室町幕府の管領職は廃絶した。


※細川氏の系図についてはこちらをご参照下さい。

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