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墓 所 名 アマミキヨの墓
お 墓 の
様 子

↓ミントングスク↓
所 在 地 沖縄県南城市玉城仲村渠
(ミントングスク)

〜コ メ ン ト〜

アマミキヨの墓。アマミキヨは琉球神話における創世神で

アマミチュー、アマンチュー、アマミキュ、阿摩美久、

阿摩弥姑ともよばれる女神で男神・シネリキヨの妻と

される。アマミキヨはニナイ・カライ(遥か東方の海の

彼方にあるという神々の住む楽土、理想郷、神の国)から

「ヤハラ司」の海岸に上陸して「浜川御嶽」の洞窟で

仮り住まいをしたあとで、ミントンに移り安住の地として

ミントングスクを築いたという。アマミキヨはそこでシネリ

キヨと結ばれて三男二女をもうけ、長男は国王の初めの

「天孫氏」となり、次男は按司の初め、三男は百姓の

初めとなり、長女は聞得大君となり、次女は祝女の初めに

なったと伝えられている。(琉球神話では天孫氏はアマミ

キヨが築いたとされる玉城城を居城にして25代17802年

つづいたとされる)アマミキヨは琉球神話においては

国創り神話の神として、地方においては豊穣をもたらした

神として伝えられていて、国造りにあたっては安須森御嶽

(辺戸)、クボウ御嶽(今帰仁)、斎場御嶽(知念)、

薮薩御嶽(玉城)、雨つづ天つぎ御嶽(玉城城内)、

クボー御嶽(久高島)、首里真玉森御嶽(首里城内)と

七つの御嶽(琉球開闢七御嶽)を創造したとされる。

尚、ミントングスクの頂上付近にある神墓と称されて

いる拝所はアマミキヨとシネリキヨの墓と伝えれて

いるものであるという。※アマミキヨの墓とされる

ものはうるま市の浜比嘉島にもある。


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