名 称  天逆鉾(あまのさかほこ)  別館のブログへ
写 真

所在地  宮崎県高原町高千穂峰

〜コ メ ン ト〜

天逆鉾(あまのさかほこ)は霧島連山の主峰で瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)

天孫降臨したとされる高千穂峰(標高1574m)の山頂に突き立てられて

いる霧島東神社の社宝で、日本三奇の一つとされている。この天逆鉾は

『天上界のイザナキとイザナミの夫婦神が日本列島を作るために大地に

突き刺しかき混ぜた「天沼矛(あめのぬぼこ)」であるとか、高千穂峰に

天孫降臨した瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が持っていた鉾が天逆鉾であり、

国家平定のために使われた後、二度と使われることがないようにとの

願いをこめて鉾を山頂にさかさに立てたものであるとする説など、様々な

説があり、いずれが真相かは分かっていない。この天逆鉾は少なくとも

江戸時代にはそこにあったと言われていて、文献で最初に登場するのは

橘三喜の旅行紀の中で1675年には既に存在していたことが知られて

いる。誰が作ったのかについても様々な説があり、一説には信仰深い

山伏の一人が置いたとも、また一説には薩摩の島津義久が勢力拡大の

一環として伝承に沿って逆鉾を鍛冶屋に作らせて立てたとも言われて

いるが、いずれにしても真相は闇の中である。また、この天逆鉾は霧島の

度々の噴火により鋒先が折れてしまい、柄だけの時代があったようであり、

これは江戸時代の木下逸雲の記録でも確認をすることができる。鉾先は

都城市吉之元町の荒武神社の御神体として祀られていたそうであるが、

戦後の混乱の中で紛失してしまったと言われていて、現在の鉾先は

後付けのものであり、いつ誰が付けたものなのかは分かっていない。

尚、1866年にはあの坂本龍馬が新婚旅行で妻のお龍と霧島を訪れ、

高千穂峰に登り、二人で天逆鉾を引き抜いたという記録が残っている。

このことは姉・乙女に宛てた書簡で確認することができ、逆鉾にある

天狗のような顔を見て二人で大笑いをしたという。(龍馬は逆鉾を気に

入ったのか、書簡には詳細に描かれた逆鉾のイラストが付けられている)

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