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墓 所 名 可愛山陵(奈古神社)
(瓊瓊杵尊
(ニニギノミコト)の陵墓)
お墓の様子
所 在 地 宮崎県宮崎市南方町御供田

〜コ メ ン ト〜

天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である瓊瓊杵尊

 (ニニギノミコト)の陵墓。天照大神の命により、葦原の

中つ国を統治するため、三種の神器ととも高天原から

日向の高千穂峰に天降ったとされる。木花開耶姫(コノハナ

サクヤヒメ)を妻とし、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)

生んだが一緒に奉られた姉の磐長姫(イワナガヒメ)は

醜かったので嫌って妻にしなかった。すると姉妹の父・

大山祇神(オオヤマツミ)が憤慨して「磐長姫(イワナガ

ヒメ)をお召しになれば、生まれてくる御子の命は岩の

ように永遠のものとなる。木花咲耶姫(コノハナサクヤ

 ヒメ)をお召しになれば、生まれてくる御子の命は、花が

咲きやがて散るように、限りあるものとなるだろう」と呪い

をかけられ、代々の天皇の寿命が、岩のように永久では

なく、花のように短くなるようになってしまったのだという。

この奈古神社は田んぼの中の丘の中にあるように

見えるが、実は神社後方の丘は古墳であり、ニニギノ

ミコトの陵墓(可愛山陵)と伝えられているという。尚、

可愛山陵とされるものは
鹿児島県の薩摩川内市

宮崎県の延岡市(北川陵墓参考地)宮崎県の西都市

(男狭穂塚陵墓参考地)
宮崎県の延岡市(天下神社)

など他にも複数の伝承地がある。


※神代三山陵の考察についてはこちらをご覧下さい。

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