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墓 所 名 大矢野氏関係五輪塔群
お 墓 の
様 子
所 在 地 熊本県天草市大矢野町中城本483

〜コ メ ン ト〜

大矢野氏関係五輪塔。大矢野氏は肥後国天草郡大矢野島を

本貫地とする御家人で、元寇の際に鎌倉幕府の命により大矢野

十郎種保・同三郎種村・同弟の三兄弟が博多湾に馳せ参じ

竹崎季長による蒙古襲来絵詞にも大矢野兄弟が船に乗って

いる様子が描かれ「たねやす たねむら ひょうせん(種保 

種村 兵船)」と詞(ことば)が書かれ、その武勲の様子が

記されている。その後、大矢野氏は戦国時代まで大矢野城

に拠り、戦国時代中期になると、志岐氏・天草氏・上津浦氏・

栖本氏とともに「天草五人衆」の一つに数えられるように

なった。そして九州統一を狙う豊後の大友氏、薩摩の

島津氏、肥前の龍造寺氏などの影響を受けながらも独立を

保ち、最終的には豊臣秀吉に従ったが、大矢野氏は

約300年にわたって大矢野地方の豪族として栄えた。

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