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墓 所 名 長屋王の墓
お墓の様子
所 在 地 奈良県平群町梨本字前758

〜コ メ ン ト〜

長屋王の墓。長屋王は壬申の乱の際に全軍を統帥して

活躍した高市皇子の長子で、夫人の吉備内親王と共に

天武天皇の皇孫である。元明天皇の信頼があつく、

藤原不比等の死後は政権の中核となり、右大臣ついで

左大臣に任じられ、三世一身法の制定などの諸政策を

実施した。しかし、聖武天皇の即位後は藤原武智麻呂や

宇合ら不比等四子の勢力が強まり、神亀6(729)年2月

10日、皇位継承にからみ、謀反の疑いで館を囲まれ、

夫人と四人の皇子と共に自害に追い込まれ、

(長屋王の変)その半年後に従来は皇族に

限られていた皇后に藤原不比等の娘である

光明子が立てられた。

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