前のページへ戻る

トップページへ戻る

社名  鵜戸神宮 別館のブログへ
鎮座地 宮崎県日南市大字宮浦3232
主祭神 鵜葺草葺不合命
社殿
神社の様子



創建   崇神天皇の時代

神社の歴史
 
当神宮の創建は、第十代崇神天皇の御代と
伝えられ、その後、第五十代桓武天皇の
延暦元年には、天台宗の僧と伝える光喜坊
快久が、勅命によって当山初代別当となり、
神殿を再興し、同時に寺院を建立して、
勅号を「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」と
賜ったという。また宗派が真言宗に移った
こともあり、洞内本宮の外、本堂には六観音を
安置し、一時は西の高野とうたわれ、両部
神道の一大道場として、盛観を極めていた
という。尚、現在の本殿は正徳元(1711)年に
飫肥藩第五代藩主・伊東祐実が改築した
ものを明治23(1890)年に大修理を行い、
さらに昭和42(1967)年に修理したもので
ある。平成9(1997)年には屋根や内装等
の修理が行われた。このように幾度の
改修を実施したものの、岩窟内に見事に
収めた権現造風の八棟造は往時のままで
あり、その文化的価値は高い。
 

俺の感想
コメント
 
鵜戸神宮は「鵜戸さん」と愛称され、本殿は
鵜戸崎の突端の海に面した断崖の洞窟の中に
ある。この洞窟は主祭神である鵜葺草葺不合命
(うがやふきあえずのみこと=山幸彦(彦火火
出見尊)と豊玉姫命の御子で神武天皇の父)の
産殿の址と伝えられる霊地で、およそ1千平方
メートル(約三百坪)ほどの広さがある。このように
海に面した洞窟内に本殿が鎮座していて、
このため本殿にお参りする際には海に向かって
降りていく(いわゆる下り宮)という神社は他には
なく、また、本殿下の磯には豊玉姫が出産の
ために海宮(龍宮)から乗って来たと言われる
霊石亀石があり、亀石の桝形の穴に男子は
左手、女子は右手で願いをこめながら運玉を
投げ、見事入ると願いが叶うといわれている
など日本人ならぜひ一度は訪ねてみるべき
神社の一つであるということが言えるだろう。
 

日本の絶景・
聖地巡礼の
ページへ