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 ● 登山日記 秋葉山から須花浅間山(足利名草) ●

秋葉山 。 5月8日の日曜は、足利名草の秋葉山から須花浅間山を巡ってきました。同行いただいたのは『やまの町 桐生』のKさん、『あにねこ登山日誌』のあにねこさんです。コースの発案は、あにねこさんによるものです。
 左の写真は秋葉山。中央やや右寄りのこんもりと盛り上がった濃い緑の場所が、秋葉山の山頂です。須花浅間山へ向かう名草川左岸の尾根筋の、岩場のピーク(449メートル)から撮ったものです。秋葉山を東側から望む格好になります。
 足利北部方面というと、藤坂峠や馬打峠、長石林道などロードバイク向きの峠道や林道が集中しており、自転車ではけっこう走り回っていたエリアです。けれど、山登りでは、石尊山や深高山、行道山などメジャーどころしか登ったことがありませんでした。
 今回、Kさんにお誘いいただくまで、名草の秋葉山という山は、まったく知りませんでした。標高は431.6メートル。おおよその場所は、足利北部で名草川の上流部、川の左岸(北側)に位置します。地形図を見ると、山の南側のふもとに「込繩」、「名草上町」などの地名が見えます。登山道はおろか道らしい道もない山(地形図には破線あり)ですので、一般的には登られていない山のようです。
秋葉山の祠。 山頂には、二つの石祠がありました。また、秋葉山という山名が付けられていることから、昔は、地元の集落によって神が祀られ何らかの祭祀が執り行われ、信仰のために登られていた山であることが想像されます。一帯が落葉樹の雑木林であるなかで、祠を取り囲む山頂周辺の一部分だけがスギや他の常緑樹を主とした濃緑の森であり、ふもとの山里から見上げると、こんもりと盛り上がって見える特徴的な形状をしていることも、そうしたことをうかがわせます。
 今回登って見た限りでは、例祭などが行われている様子は見受けられませんでした。二つある祠のうちの一つは、屋根が崩れ落ちてひっくり返ったまま長い時間が経っているように見え、地元においても信仰の山としては忘れられて久しいように思われました。

 秋葉山から須花浅間山までは、名草川の谷と彦間川の谷を分けている主尾根を辿りました。現在、この尾根は足利市と佐野市の市境界になっているようです。踏み跡もわずかの稜線歩きでした。全体にそれほどの高低差はありませんが、小さなアップダウンを繰り返す尾根であり、途中に、崖状の急斜面や往時には名草と飛駒を結ぶ無名の峠道が通っていたらしい鞍部、享和四年の石祠が置かれた小丘などもあり、地味に見えて実際に歩いてみると、そこそこに変化に富む道でした。   
 地形図のプリントを携帯し、それを見て、尾根の状況や周辺の地形を意識しながら歩いてみました。基本は低山里山のやぶ尾根であって、雑木やシノダケの場所が続くのですが、地形図と周囲の地形を対照させて経路を探すような歩き方をすると、これがなかなか面白いのです。ところどころ、樹木の枝に赤テープがあり、肝心なところでは、同行いただいた「あにねこ」さんのアドバイス頼みではありましたが。  

ヤマツツジ。 新緑は鮮やかで、そこかしこに見られるヤマツツジの花も美しく、新緑の斜面に交ざり密に咲く朱や薄紅の花が深く印象に残りました。
 ヤマツツジの花にも様々な色があるのですね。くっきりとした朱の色から淡いピンク色まで色合い、濃淡などはそれぞれで、同じ種類に見えても色彩が微妙に違っていたりと、それぞれにきれいでした。
 

須花浅間山からの眺め 。 さて、尾根歩きの終盤に須花浅間山(左写真。ここは展望の良い場所です)に立ち寄り、江保地坂から尾根を外れて西に下り、車を停めておいた江保地の公園に戻りました。
 江保地坂は、昔の峠道とのことですが、道跡はありません。スギ林の急斜面を強引に下りました。沢の源頭部まで降りると、作業道に出合います。ここからは、勾配のゆるやかな作業道と山里のなかを抜ける舗装路を、田んぼのあぜの草花などを見ながらのんびりと歩きました。
 山際を離れ広い道路まで出ると、里は、もうすっかり初夏の陽気で、名草川の岸を利用した公園では、まぶしい初夏の日射しのもと、大勢の子供たちが賑やかに川遊びなどをしておりました。
(記 2011年05月13日)

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