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●コラム53 石切場散策の巻き●

菅塩の石切場

 菅塩の石切場を散歩しました。
菅塩沼から石切場へ。石切場跡を見学して北金井へ抜けます。
北金井のキャンプ場から遊歩道を歩き、菅塩沼まで戻りました。

@ 菅塩沼
 吹く風がさわやかに感じられた日曜の午後に、菅塩沼に行った。サクラが満開の時期に一度立ち寄った。2か月ぶりである。サクラの頃と比べると、沼を取り囲む木々の緑は、だいぶ濃くなった。そして、こんもりとしている。
 釣り人が多くいた。それぞれの場所で竿をのばし、糸を垂れている。それぞれの人が、お互いに顔見知りのようだ。青く光る水面を隔て、時おり会話を交わしている。
 和やかでのどかな光景に感じられた。日本の総理大臣が代わったことや、ギリシャで暴動が起こり、ユーロが円に対して急落したことなどは、別の世界の話のように思えた。

A 石切場1
菅塩の石切場その1。 菅塩の奥の石切場跡をめぐる遊歩道が整備され、石切場が見学できるようになったことは、いくつかのサイトを見て知っていたが、実際に行くのは今日が初めてである。
 藪塚滝之入の石切場跡は、ある程度は、その存在が知られており、私も何度か訪れたことがあるし、以前に、このページにも書いたことがある。けれど、菅塩の奥に石切場があったことは、遊歩道整備の話を聞くまで知らなかった。
 地質学的なことは、よく分からないが、場所も近いし、同じ八王子丘陵のなかなので、昔、石材の切り出しをしていたとしても、何ら不思議はない。
 滝之入の石切場から切り出された石材は、藪塚石というが、こちらの石切場で産出された石材は、なんと呼んでいたのだろうか。石の実物としては、藪塚石と同じものであろうが、菅塩だから菅塩石か、あるいは強戸石か。しかし、やはり、同じく藪塚石として売り買いされていたと考えるのが妥当であろう。

菅塩の石切場その2。  沼の西側に駐車場とトイレがある。その一角に、新しく設置されたらしい遊歩道の案内板があった。そこに、何の説明もなく、石切場1、石切場2などの文字がある。沼の東岸から東の方向へ山林に分け入るようだ。
 コンクリート舗装の小道が延びている。そこを歩く。登り坂になっている。坂を登りきるあたりで分れ道になる。左手(北側)の方向に石切場1という案内が出ている。
 石切場1の方向に向かうと、正面に黒い樹脂製の階段が付けられていた。その急な階段を登り詰めたところに、石切場跡は、ある。藪塚滝之入のものよりも、だいぶ規模は小さい。が、確かに石切場跡であった。垂直な露岩の壁に三方を囲まれた石の空間があった。「きけん! 立入禁止」とあったので、石室の内部には足を踏み入れなかった。

石切場の山ノ神。 やや下ったところに、もう一箇所、石を切り出した跡があった。こちらは、樹脂の手すりの向こう側にある。苔むした石壁に、樹木のすき間から日が差している。苔は光り輝き、その緑が鮮やかに映し出されていた。
 石壁を背にして、山ノ神が祀られている。
 作業場に神を祀ったのは、山から石を切り出すという仕事の性格上、事故が多かったからだろうか。それとも、山を掘って削り、そこから石材をえぐり取るという行為に罪悪感があって、その許しを山ノ神に乞うたためか。



B 石切場2
石切場2。 石切場1の分岐に戻り、石切場2に向かった。コンクリート舗装の小道を歩く。やや距離がある。丘陵の緑は、うっそうとして薄暗く、濃緑のトンネルを抜けているような気がする。
 カーブを曲がると、削られた石の斜面が見えた。ここにも、樹脂の手すりがある。地学マニアとか、奇妙な風景の場所を巡る人とか、何れにしてもよほど物好きな人しか訪れないような場所だが、なんだか重要な史跡か特別な場所を囲んでいるような立派な手すりである。

石切場2奥。  手すりに沿って奥に進む。一度大きく曲がり込むと、目の前に仄暗い水をたたえたうつろな空間が広がっていた。泉の水は、灰色と青の中間のような色で、水面は妙につるりとして静謐な感じもした。その一方で、少しだけだが、なにやら不気味な印象も与える。その泉の上を覆うように、分厚い石のひさしが張り出している。手すりを乗り越えて、水際まで降りた踏み跡も見られたが、なにか得体の知れないものに泉に引き込まれてしまいそうな気がしてやめた。上部に石の壁が横たわり、下に空間が空いているというのも、妙な感じだ。大岩が口を大きく開けているようでもある。石の切り出しというのは、下から上へと進めていくのか。それにしても、不思議な景観だ。

C 北金井から菅塩沼
舗装された遊歩道。北金井のバンガロー。  石切場2をあとに、小道を東に向かう。丘陵の緩やかな鞍部を越えた。頭上を送電線が走る。北側の少し離れた場所に茶色く塗られた鉄塔がそびえるのが見える。少し行くと、慈眼寺というお寺の裏手に出た。
 八王子丘陵の主尾根は、東西に延びている。そこから南と北に向けそれぞれに、手の甲を上にして指を開いたように、小さな尾根が派生している。指と指の間は、谷間となって、そこには各谷間ごとに集落が形成されている。菅塩の谷から、その東隣の北金井の谷へと移動した格好である。
 集落内の舗装路を北に行き、北金井のため池を通過する。菅塩沼の釣り人は、古老が主だったが、この池の釣り人は、若者が多かった。
 北金井の隠れた名所(?)であるカマボコ型のバンガローの横を通り、遊歩道を西に歩いて菅塩沼に戻った。久しぶりにこの道を歩いてみたら、簡易舗装の道に変わっていた。のっぺりとしたコンクリートの、この急坂は、まことに歩きにくいことこの上ない。 (訪問日 10/06/06)
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