@ 菅塩沼
吹く風がさわやかに感じられた日曜の午後に、菅塩沼に行った。サクラが満開の時期に一度立ち寄った。2か月ぶりである。サクラの頃と比べると、沼を取り囲む木々の緑は、だいぶ濃くなった。そして、こんもりとしている。
釣り人が多くいた。それぞれの場所で竿をのばし、糸を垂れている。それぞれの人が、お互いに顔見知りのようだ。青く光る水面を隔て、時おり会話を交わしている。
和やかでのどかな光景に感じられた。日本の総理大臣が代わったことや、ギリシャで暴動が起こり、ユーロが円に対して急落したことなどは、別の世界の話のように思えた。
A 石切場1
菅塩の奥の石切場跡をめぐる遊歩道が整備され、石切場が見学できるようになったことは、いくつかのサイトを見て知っていたが、実際に行くのは今日が初めてである。
藪塚滝之入の石切場跡は、ある程度は、その存在が知られており、私も何度か訪れたことがあるし、以前に、このページにも書いたことがある。けれど、菅塩の奥に石切場があったことは、遊歩道整備の話を聞くまで知らなかった。
地質学的なことは、よく分からないが、場所も近いし、同じ八王子丘陵のなかなので、昔、石材の切り出しをしていたとしても、何ら不思議はない。
滝之入の石切場から切り出された石材は、藪塚石というが、こちらの石切場で産出された石材は、なんと呼んでいたのだろうか。石の実物としては、藪塚石と同じものであろうが、菅塩だから菅塩石か、あるいは強戸石か。しかし、やはり、同じく藪塚石として売り買いされていたと考えるのが妥当であろう。
やや下ったところに、もう一箇所、石を切り出した跡があった。こちらは、樹脂の手すりの向こう側にある。苔むした石壁に、樹木のすき間から日が差している。苔は光り輝き、その緑が鮮やかに映し出されていた。
石壁を背にして、山ノ神が祀られている。
作業場に神を祀ったのは、山から石を切り出すという仕事の性格上、事故が多かったからだろうか。それとも、山を掘って削り、そこから石材をえぐり取るという行為に罪悪感があって、その許しを山ノ神に乞うたためか。
手すりに沿って奥に進む。一度大きく曲がり込むと、目の前に仄暗い水をたたえたうつろな空間が広がっていた。泉の水は、灰色と青の中間のような色で、水面は妙につるりとして静謐な感じもした。その一方で、少しだけだが、なにやら不気味な印象も与える。その泉の上を覆うように、分厚い石のひさしが張り出している。手すりを乗り越えて、水際まで降りた踏み跡も見られたが、なにか得体の知れないものに泉に引き込まれてしまいそうな気がしてやめた。上部に石の壁が横たわり、下に空間が空いているというのも、妙な感じだ。大岩が口を大きく開けているようでもある。石の切り出しというのは、下から上へと進めていくのか。それにしても、不思議な景観だ。