電撃! 激坂調査隊が行く

トップページ>コラムもくじ>コラム26>コラム26 4>コラム26補足3


補足3
1文、1両の価値―近世中後期の米価の比較から


 ●銅銭1文、金1両は、いまのいくらに当たるのか●

表6 近世中後期桐生周辺地域における米価の比較

番号 年 代 地 域 金 額 史料
天明元年(1781)7月四万金1分ト164文2斗1升(白米)※1
文政9年(1826)8月佐野・館林金1両9斗4、5升(玄米)※2
足利8斗7、8升(〃)
熊谷銅100文1升4合(白米)
桐生新町金1両6斗9升(白米)
金2朱7升5合(〃)
銅108文1升 (〃)
天保6年(1835)
10月上旬
桐生新町金1両6斗(白米)※3
銅100文8合2勺(白米)
10
10月下旬
金1両6斗2升(〃)
11 銅100文8合5勺(〃)
12
11月上旬
金1両6斗4升(〃)
13 銅100文8合8勺(〃)
14 天保9年(1838)4月五料銅100文7合2勺※4
15 伊勢崎
16 桐原7合
17 花輪7合
18 大間々8合
19 桐生新町8合 
20 小俣7合5勺
21 天保11年(1840)10月花輪金1両8斗※5

 ※1 「自天明元年六月 至同年七月 下野国足利郡上菱村百姓四万入湯中諸入用帳」(416)による。かっこ内の数字は『群馬県史 資料編15近世7』の史料NO、以下同じ。

 ※2 「文政九年八月 桐生新町町内穀相場値下げにつき投込訴状」(283)による。桐生新町の住民が、役人(出羽松山藩)あてに「桐生新町の米相場が近隣の諸地域と比べて高いので、桐生新町の商人に対し近隣地域と同等の相場に値下げするよう命じてほしい」と願い出たもの。
※3 「天保六年十二月 桐生新町米相場書上」(284)による。領主(出羽松山藩)から桐生新町の米相場を問われたことに対して、桐生新町の穀商人の組合が、当時の米相場について返答した文書。史料には上米、中米、下米それぞれの相場が記されているが、これらを平均した金額を書いた。

※4 「天保巡見日記」(『群馬県史 資料編13近世5』)による。1838(天保9)年、幕府の巡見使が、関東地方を巡見した際に書き残した日記。日記に各地の米の相場や金と銅銭の交換比率が記録されている。

※5 「天保十一年十月 勢多郡花輪村市米相場書上」(285)による。花輪村の市における米の相場を、花輪村の名主が、役所(幕府領)に報告したもの。


表7 近世中後期といまの米価の比較による1文、1両の価値(表6より計算)

番号 米価(両)
1斗につき
米価(文)
1升につき
交換比率
(1両=?文)
金1両の金額(円) 銅銭1文
の金額(円)
0.13182.8 6貫300文44,7397.1
0.106〜
0.105
  55,272〜
55,860
 
0.115〜
0.114
  51,156〜
51,744
 
 71.4  8.2
0.145  40,572 
0.167 35,280 
 108.0  5.4
0.167  35,280 
 122.0  4.8
10 0.161  36,456 
11  117.6  5.0
12 0.156  37,632 
13  113.6  5.2
14  138.9 6貫600文27,9404.2
15  138.927,9404.2
16  142.927,1574.1
17  142.92朱=812文26,7304.1
18  125.0 6貫500文30,5764.7
19  125.030,5764.7
20  133.328,6724.4
21 0.125  47,040 
※交換比率(金1両に対する銅銭の交換レート)は、史料に明記されているもののみを記入。

コラム26 4 にもどる>

<はじめに にもどる
<コラムもくじ にもどる