@ 小出屋峠と沼田大間々線
タイトルを「小出屋峠」としたが、本来の小出屋峠には行ってはいない。小出屋峠は、根利道(ねりみち)に関わる峠である。根利道は、黒保根・大間々方面から利根郡の根利に抜ける街道であった。その根利道が勢多郡と利根郡の郡界を越える部分を小出屋峠と呼んだ。根利道の道筋を車が通行できるように改修した道路が、現在の主要地方道62号沼田大間々線である。根利道と沼田大間々線は、一部区間を除いて、その道筋は異なっている。峠の位置も違う。本来の小出屋峠は、現在の峠(沼田大間々線の最高地点で、桐生と沼田の市境界)よりも西に位置していたようである。このあたりのことについては、「第46回 補足」のページに書いた。
今回は、主要地方道62号沼田大間々線の舗装路を、黒保根下田沢から沼田市の境界まで走っただけである。よって、タイトルは「沼田大間々線」とすべきなのだが、沼田大間々線の峠部分が小出屋峠に近く、その道筋も、小出屋峠に通じていた古街道である根利道にほぼ沿っていることから、「小出屋峠」とした。
A 水沼から打切まで
出発点は、水沼駅である。
国道122号線を大間々方面に少し戻る。下田沢の信号から国道を離れて沼田大間々線に入る。
登り始めから前田原の集落あたりまでは、勾配がすこぶる急である。渡良瀬川の河岸段丘の、その段丘差を下から上に登ることになるからである。
段丘面に乗ると、地形は平坦になり、周囲は開ける。行く手に赤城山が見える。黒檜山からの稜線が高度をなだらかに下げながら東に走る。その稜線がたわんで低くなった場所に、この道の峠がある。ずいぶんと遠くに感じる。
道幅は広く、整備の行き届いた立派な道路だが、交通量は少ない。車にはほとんど行き合わず、自転車で走るのには好都合である。道沿いに片品村のスキー場や奥日光のホテルなどの看板があり、この道が、片品川流域や日光方面へ通じる街道であることを示している。
下田沢の信号から2キロほどで、打切という場所に着く。細い舗装路が交差している。ここを左(西)に少し入ると、赤城神社がある。この部分が、根利道の古道の道筋にあたり、神社の下に古道の状態を良くとどめている場所があるというので、立ち寄ってみた。神社の前には双体道祖神をはじめとして幾つかの石仏があった。
B 柏山
赤城神社の入口から1キロ弱で柏山の集落に入る。柏山の手前は、なかなかの急坂であった。9%、10%の勾配標識がある。時おり、ダンプトラックが通過して行く。積み付けてある荷が重いのか、エンジン音を甲高くうならせ、黒いガスを吐きながら、這うようにしてのっそりと登って行く。
柏山は、街道の往来が盛んであった頃に、炭問屋や旅籠屋が軒を並べていたという集落である。いまも旧家然とした作りの家が、街道に面してぽつりぽつりとあり、柏山宿と呼ばれていた当時のたたずまいを残している。
集落の中ほど、寺院かあるいは何かの文化施設かと見紛うほどに立派な作りの旧家の裏に、小さなお堂がある。虚空蔵菩薩を祀るものという。そのお堂の前には、端正で落ち着いた表情の双体道祖神があった。この道祖神は、美しく、ぜひに立ち寄って見るべき価値のあるものと思った。
柏山から地蔵堂の横を通り、ゆるやかな坂を500メートルほど登ると、一の鳥居に着く。
一の鳥居から鹿角までは、ぐーんと大きく下る。この坂は、そこそこの勾配と高度差を持ち、見通しも良好で、下る場合は、かなりのスピードが出るが、登るのは一苦労であった。帰り道にこの坂を登るとき、ついつい途中で足を着いてしまった。
鹿角には古い作りの民家が何軒かあり、いまはトタンや瓦葺きに改修されているが、その屋根に茅葺きであった頃の形状を残している。
沼田大間々線は、鹿角集落を直線的に抜けている。地図を見ると、沼田大間々線の西側に、湾曲した細道が、半円形の軌跡を描きながらこぶのようにくっついている部分が見える。この曲がった細道の部分が、根利道の旧道らしい。沼田大間々線から外れ、旧道に入ってみたが、ほんのわずかな距離で、すぐに沼田大間々線に合流してしまう。
D 鹿角橋、高楢大橋から楡高トンネル
鹿角から先は、根利道の古道から大きく離れてしまう。古道は、沼田大間々線より西側の山中を通っていたようだ。
鹿角集落を過ぎると、道は、山間に入り、鹿角橋、直路橋、高楢大橋など幾つかの橋梁を越える。
高楢集落から麦久保のあたりは、以前は、小黒川沿いに細く曲がりくねった道が続いていたが、10数年ほど前くらいからだろうか、大規模なバイパス道路付け替え工事が進められ、近代的な山間道路に変わった。
赤城山の東面から小黒川にそそぐ深く切れ込んだ沢筋を、高い橋脚によって飛び越えるように跨いでしまう。そのため、道は、かなり高い場所に通じており、周辺の見晴らしは良い。橋から見下ろす沢筋の高度感も相当であった。
高楢大橋のたもとに着いた。橋の手前に、気温を表示する電光板があり、その数字は8度を示していた。坂を登っているためか、それほどの寒さは感じないが、路面には凍結の跡が見られるようになった。
高楢大橋から柴平橋を越えると、楡高トンネルの入り口が見えてくる。下田沢の信号から7.6キロで、このあたりが、道筋のほぼ中間点である。
このトンネルは、この道路の場所や交通量を思うと、立派過ぎる気がするが、どうなのだろう。車線から完全に分離された歩道があり、自転車や歩行者も安全に通過できるが、この道を歩く人など、そうはおるまい。
トンネル内部の延長は1280メートルである。自転車で走るには、やや長すぎる感もある。トンネルが長いためか、湾曲した内壁に、車の走行音が反響して、轟音ともいうべきレベルの音に拡幅される。その轟音が後ろから迫り来ることに、少しの恐怖を感じる。なかなか出口が見えない。トンネル内は、底冷えがした。
トンネルを抜けてしばらく行くと、萱野の集落に着く。ここに数軒の民家があるが、これより先は、山林ばかりとなる。道は、小黒川に沿い、くねくねと登って行く。谷間で日陰になっている部分は、かなり寒い。道沿いの斜面には、ところどころに残雪が見られる。
花見ヶ原入り口からカーブを幾つか曲がると、開けた感じになり、周辺の山並みが見渡せるようになる。旧郡界尾根の稜線に近付いていることが分かる。
この付近は送電線の鉄塔が多い。ここまでずいぶん高くまで登ってきた感じがするが、それよりもはるか上の空中を高圧線が走っている。
残雪の量も多くなり、路肩部分に雪が厚く寄せられている。路面は、凍結までは至らないが、全体に濡れており、シャーベット状になった箇所もあって走りづらかった。
沼田市の標識が見えた。峠である。メーターを見ると、下田沢の信号から15.56キロであった。沼田と桐生の市境界である。よって、ここが峠という認識でいいのかもしれないが、これより先も登っているような感じもあって、何となく道の頂点という気がしない。そこで、もう少し走ってみることにした。
市境界から少し進むと、道路の左(西)に東電変電所のゲートがある。送電線の鉄塔が連なっている。その向こうに、黒く陰になって見える山は、黒檜山だろう。この場所から、道は下り始めているように感じる。私の感覚としては、ここが沼田大間々線の最高地点である。
ここで引き返すことにする。
| 距離 | 15.56km |
| 時間 | 1:22:03 |
| 標高差 | 740m |
| 平均斜度 | 4.18°(勾配7.3%) |
| 実走斜度 | 2.73°(勾配4.8%) |
| 緩急変化 | ほぼ一定。 |
| 景観 | 時おり集落を抜ける。道幅の広い山間道路。 |
国道122号線下田沢信号から峠(桐生・沼田市境界)まで。
調査日 2010/12/11
激坂度はBです。計算上の平均勾配は4.8%です。