@ 横山坂

まずは横山坂から。横山坂は、米沢と曲松の間にある坂で県道227号線小俣桐生線(以前は坂西桐生線)が通じている。鳶山の南麓を巡る坂道である。昔、この峠道の下に、桐生氏の家老であった横山氏が住んでおり、坂名は、この横山氏にちなむ。(『菱の郷土史』による。以下、坂名の由来や坂に関する伝承は、全て同書による。)
上濁沼橋で桐生川を渡る。県道小俣桐生線
に合流し、少し進むと、右手(東側)に宇都宮神社がある。坂道の勾配の始まりは、この神社の横辺り。ここをスタート地点とする。始めは北に向かう。途中で西にカーブする。このカーブの感じがいい。カーブを過ぎた辺りから勾配がややきつくなるが、すぐに坂の頂点へ。全体になだらか。たいした坂ではない。距離は神社から470m。標高差は20mほど。
坂の頂点から20mほど西へ下った場所(道路の南側)に、自然石の庚申塔がある。「寛政十二庚申春 三月初八日」と記されている。この年号は明瞭。石の裏側に
、いくつかの地名が見える。「広見」と「曲松」は読めたが、残りは不明瞭。あとは「米沢」「細田」等だろうか。周辺の村々の名が刻まれているようだ。
桐生川にかかる小沼橋から金毘羅山の南東麓を巡って菱町一丁目の信号に至る道がある。途中で小友川を渡る。この橋を不動橋といい、不動橋のたもとから信号までがやや急坂になっている。この急坂を不動坂というらしい。
B 梨ノ木坂

再び不動坂を下って小沼橋で桐生川の右岸に出る。土手の上の砂利道を西に向かい、宿ノ島橋を渡り桐生川の左岸へ戻る。
宿ノ島から城ノ岡団地の西側を通過し、山ノ越へ下る峠を山の腰峠といい、その峠道を梨ノ木坂とも呼ぶ。浅間山東麓の鞍部を越える。浅間山の山頂には、桐生氏時代の砦跡がある。
道幅の広い自動車道で、勾配はごくごく緩やかだが、適度にくねっているところはよい。「宿ノ島橋北」のバス停をスタート地点とした。そこから350mほどの場所で道の西側に、庚申塔が二つ並んでいる。大きな丸石のものは寛政年間、小さな三角形のものは元治年間に建立されたようだ。同じ場所に菱町かるたの案内板もあり、「見渡せる浅間山は砦跡」とあった。
坂の頂点は、「城ノ岡団地入口」のバス停で、「宿ノ島橋北」バス停から590mであった。標高差は20〜30mほどであろう。
道の雰囲気は、山ノ越への下りのほうが優れているように思う。下り始めには、正面に吾妻山の稜線が見渡せ、そこからやや左にカーブしつつ下ると、今度は遠くに赤城山の稜線が見えてくる。赤城山の手前には、桐生の市街地が広がる。サッカーボールを模したガスタンクが目立っていた。
宇都宮神社裏手の急坂を明神坂と称したようである。昔は、森の中の細く薄暗い山坂で、途中に灸点稲荷があって淋しい坂道であったという。この坂は
、駒転ばし峠へ通じていた。
明神坂(?)を過ぎると、道幅が狭まり、竹やぶの中の細道になる。寂しい雰囲気が感じられるのは、このわずかな区間だけである。すぐにコンクリートの階段の下に出る。この階段を登ると、そこは桐陽台団地の敷地内で、住宅が整然と立ち並んでいる。団地内の道を南端付近まで行くと、小さな公園がある。その奥は造成地で、現在は荒地になっている。公園奥のフェンスの外側に地蔵の石像が二体と小さな丸石がある。この辺りが、往昔の駒転ばし峠なのだろう。
地蔵には赤い前掛けが付けられていた。かすかに線香の香が立った。いまでも、信心深い人が花を供え、この地蔵の前で手を合わせているのであろう。冬枯れの荒地とは対照的な、あまりにも鮮やか過ぎる赤い前掛けによって、そのようなことが思い起こされた。
宇都宮神社の北西辺りから団地の南端まで860m。標高差は40mくらいか。神社の裏手の勾配がやや急であるが、その他はなだらかな道である。
『菱の郷土史』によると「六句駐在所横を入った坂」を「三年坂」というらしく、それらしい道を通ってみたのだが、どうも坂道らしくない。ほとんど勾配がないのである。「往昔は全くの山道で、而も急坂であった」とあるが、「うーん」と悩んでしまった。
E 八王子坂
菱町の公民館付近から群大グランド辺りまでの坂道を八王子坂と呼ぶ。峠の山中に八王子社が祀られていたため、この坂の名が付いた。現在は、県道小俣桐生線で、交通量は多い。
何度も通過したことのある場所だが、一応、距離を測ってみた。黒川にかかる間々下橋から坂の頂上まで440mであった。標高差は15〜20mほど。勾配はなだらか。
坂名の由来である八王子社を確かめようと、峠南側の雑木林内を探したが、よく分からなかった。『桐生市史』には石祠があると書かれるが、林の中に、木製の小社が一つあった。
山神坂というのは、住吉峠(赤坂)の峠道を、小友側から呼ぶ場合の坂名らしい。よって、小友側から住吉峠へ登れば、山神坂を登ったということになるのだろうか。この坂の入口は、土の斜面が道脇に露出していたり、うっそうとした木立に覆われていたりで、なかなか風情がある。
G 住吉峠(赤坂)
『菱の郷土史』には、「住吉峠」は、「住吉神社の祀られてある山道の峠」とあり、「又の名を赤坂とも云う」ともある。「赤坂」は、「住吉の下の坂道を赤坂と云い、峠にて合流する」とある。峠で合流とあることから、峠部分は一か所で、峠に至る坂道(つまりは峠道)は二筋あるとも読める。「大鷲神社」の説明には「(神社は)住吉峠の頂点に在り」とある。
住吉神社と大鷲神社とは、異なる神社であるから、大鷲神社(「オトリサマ」)がある住吉峠と「住吉神社」がある住吉峠とは別の峠のようにも解釈できる。実のことろ、赤坂と住吉峠道がどの道を指しているのかよく分からないのだが、とりあえず、菱町公民館の北側から大鷲神社(「オトリサマ」)がある場所まで行く道を住吉峠道とし、その坂道を登ってみた。
始めは、なだらかだが、峠の手前付近がけっこう急勾配である。この部分だけは、激坂といってもよいのではないか。公民館の向かい側から坂の頂点までの距離は400mであった。標高差は、20〜30m程度であろう。

最後の坂は、間々下橋の東側から住吉の高台まで登る道である。どこに出るのか分からぬままに適当に登ってみたら、これがなかなか良い坂道であった。
| 坂名/データ | 距離 | 時間 | 標高差 | 勾配 |
| @横山坂(米沢側) | 470m | 0:02:24 | 20m | 4.3% |
| A不動坂 | 100m | 0:00:41 | 6m | 6.0% |
| B梨ノ木坂(宿ノ島側) | 590m | 0:03:06 | 20m | 3.4% |
| C明神坂〜駒転ばし峠 | 860m | 0:05:39 | 40m | 4.7% |
| D三年坂 | − | − | − | − |
| E八王子坂(赤坂側) | 440m | 0:02:19 | 20m | 4.6% |
| F山神坂 | 110m | 0:00:55 | 5m | 4.6% |
| G住吉峠 | 400m | 0:02:21 | 25m | 6.3% |
| H住吉への坂 | 390m | 0:02:43 | 30m | 7.7% |
調査日 2009/12/20
※いつものように勾配を計算してみました。標高差が小さすぎて、正確に読み取れませんでした。よって、勾配は、おおよその数値です。