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●第43回 白坂峠の巻き●

入山林道と白坂峠

長石の伐採地からの展望。  白坂峠へ行きました。

 足利北部、長石林道の頂上付近から名草の巨石群、奥の院へ通じる道があります。この道の途中にある三さ路を白坂峠というそうです。

 あまり峠らしくない場所ですが、名草から入山林道を経て奥の院まで行くとすれば、この場所がピークにあたります。

 今回は名草から入山林道を登って峠まで行くことにします。
 ●コース詳細●

@ 白坂峠について
 足利北部の松田町から田沼町飛駒や桐生の皆沢、梅田へ抜ける林道が長石(なげし)林道である。この林道の頂点(かつては達磨杉峠と呼ばれたらしい)のやや手前から東に分岐して名草の巨石群、奥の院に通じる舗装路がある。
 この道の途中に三さ路があり、奥の院へは行かずに、そこを左折して北に下ってゆくと名草の巨石群への入口でもある厳島神社の鳥居の前に出る。この、厳島神社の鳥居前から奥の院に通じる道が入山林道である。入山林道は、名草の巨石群のある弁天沢を東から北に大きく回り込むようにして作られている。
 入山林道の頂点を白坂峠というらしい。峠部分は三さ路になっており、ここから西に向かうと、達磨杉峠の手前で長石林道に合流する。東に下ると、名草の巨石群、奥の院に至る。峠から西は、長石林道との合流点付近までが登り坂になっている。長石林道からは下リ坂の途中でもあるし、道の最高地点ではないので峠という感じがしないのだが、名草から入山林道を経て奥の院へ向かうとすれば、この場所が最高地点になる。よって峠と言えなくもない。
 この場所が白坂峠と呼ばれることは最近知ったのである。足利北部地域を扱った山歩き関連のウェブページ上に「白坂峠」の文字が散見された。果たして「白坂峠」とはどこなのだろうとそれらウェブの記事を読む。文章と地図とを見比べながら場所を特定した。何度も通過したことのあるよく見知った場所である。「なんだ、あの三さ路を白坂峠というのか」というふうにやや拍子抜けした感があった。
 入山林道と白坂峠については「足利・名草ふるさと自然塾」(足利市役所・農務課)というHP中の説明が最も参考になった。それによると、入山林道の開通は昭和45年3月で、昔からあった作業道の道幅を広げ舗装し直したもののようだ。「弁天さまの外側を取り巻くような形で、池の平〜白坂峠〜弁天沢〜奥の院西までの延長1.6kmの木橇道を、3.6m幅に広げて整備したもの」とある。
 白坂峠とはどのように使われた峠なのだろう。林道上の単なるピークとも考えられるが、昭和初期の五万図にも道の記載があって、名草村の奥から弁天沢に沿って白坂峠に至り、そこから達磨杉峠を経て飛駒や桐生に抜ける道のようにも読める。また、名草から飛駒、田保(たぼ)に抜ける田保峠という峠道もあったらしい。入山林道のもとになった道は、途中までは田保峠越えの道として使われていたようである。

A 道しるべ
名草の道しるべ。 入山林道を白坂峠まで登ることにする。起点は、県道218号名草・坂西線から名草の巨石群へ向かう道が分岐する地点とした。
 入山林道の正式な起点は、厳島神社の鳥居よりもやや奥にあるが、この場所のほうが坂道の起点としてふさわしく思えた。名草川を遡ってきた道が藤坂峠道と田保峠越えの道とに分かれる場所でもあるし、そのことを示す道しるべも残っている。
 道しるべには「左 三和村松田ニ達ス 右 弁財天■(并か?)田保坂越 飛駒ニ達ス 大正七年二月建立」とある。道しるべに刻まれた文字を指でなぞって確かめている時に、たまたまそこを通りかかったらしい地元の高齢の女性に声をかけられた。「そういうの調べてるんかい?」と。

藤坂峠への旧道。 その女性の話によれば、現在の藤坂峠への舗装路が作られる前には、別の場所に峠道があったらしい。峠の位置は、いまと同じだが、峠に至る道にほとんど重なりはなく、スギ林のなかの沢沿いの道であったという。昔はその道が県道だったとのことである。
 旧道の方向は道しるべが示す通りだと言って、いまの舗装路とは別の方向を指差した。民家のブロック塀の間を抜け、田んぼのなかを草の小道が続いていた。
 藤坂峠の旧道に大いに興味をそそられたが、今日はロードバイクに乗って来たこともあり、旧道探索は今後の課題とし、予定通り白坂峠に向かう。
 その方と別れて走り出してから思った。道しるべにあった「田保坂越」の道のことも聞いておけばよかった、と。

B 朱の鳥居
藤坂峠と巨石群の分岐。 改めて場所を確認する。いま藤坂峠を名草側に下ってきたところである。名草川にかかる藤坂橋という小さな石橋を渡ると峠道が終わる。
 橋のすぐ先に分岐がある。直進すれば名草川の谷を下ることになる。名草の巨石群は左(北)である。松田の方向と巨石群の方向をそれぞれ指し示す青い道路標識がよく目立っている。

厳島神社の鳥居。 名草川の源流に沿って進む。厳島神社の鳥居のあたりまではそれほどの勾配はない。緩やかな登り坂である。ペンキ文字の飲食店の看板や赤地に白い文字で「営業中」などと染め抜かれた釣り堀ののぼり旗が道沿いに続いていてやや風情を欠く。
 名草・坂西線との分岐から約1キロほどで厳島神社の鳥居の前に出る。鳥居は大きく立派なもので、塗られた朱の色が濃緑のスギの木立ちに映えて鮮やかだ。名草の巨石群は神社の境内を抜けたさらにその奥にある。
 以前に巨石群を訪れたのはいつの季節のことだったのだろう。そのときは神社の参拝や巨石群の見物などをする人々がちらほら見受けられたが、今日は全く人影が見えない。鳥居横の売店も営業していたように記憶しているが、いまは雨戸が閉じられている。赤いのぼり旗だけがかすかに風に揺れている。

C 入山林道
入山林道の様子。 朱の鳥居を過ぎて100メートルほどで分岐がある。左は足利市の名草キャンプ場、入山林道は右である。この場所に林道起点の標識がある。入山林道はスギ林のなかの薄暗い道だ。道幅は狭く、車のすれ違いは、ほぼ不可能と思われる。
 林道の起点から500メートルくらい走っただろうか、右手に、薄暗い植林地には目立ちすぎるくらい派手な色使いの看板やらのぼり旗の囲いが見え始めた。看板には「名草養魚場」とあり、釣り堀を兼ねた養鱒場のようである。今の時期は営業していないらしく閑散としていた。
 養鱒場の横から別の林道が分岐しており、標識に「林道田保沢線」とあった。地形図によると、この林道の先から点線の道が続き、足利と田沼町の境界尾根を乗り越えて田保に通じている。この道が旧来の田保峠越えの道と思われる。
 植林地内の道にそれほど景観の変化はない。同じような感じの場所が続く。急なカーブもなく、ほぼ直線的な道である。
 スギ林のなかはことのほか静かであった。風が木立ちの枝を揺らす音や鳥の声はほとんど聞こえてこない。遠くの沢のせせらぎがかすかに感じられる程度であった。
 右手にもう一つ別の林道の分岐を見送ると、勾配がやや急になった。路面はアスファルトから溝の入ったコンクリート舗装に変わっている。ここはかなりの急坂である。
 この急坂が終わったところで、自転車を降り、一息入れた。すっかり冷たくなったペットボトルの緑茶を口に含む。ふと横を見ると、路傍に小さな石碑がぽつりとある。「御即位記念林」と刻まれていた。「大正四年三月」の文字も見える。碑を建てた経緯などを刻んだ碑文は見えず、どういった類いのものかよくわからないが、その頃から、この道があったということだけは分かる。

D 白坂峠と長石の伐採地
白坂峠。 石碑を過ぎると、勾配は緩やかになる。いくつかのカーブを抜ける。すると峠に達する。
 以前に通過したときには意識しなかったが、今回のように名草側から登ってみると、小さな尾根を切り通してあることが分かるし、道の最高点でもある。なるほど峠と言えなくもない場所である。
 峠には、オレンジ色のカーブミラーとともに左は1キロで名草巨石群に至り、右は赤雪山まで2.2キロであることを示す茶色の案内板がある。峠からはほとんどなにも見えない。

長石の伐採地からの展望。 峠の三さ路を右折(西へ)し少し登ると、左手(南側)が大きく開ける。長石の伐採地である。足利北部の山塊が一望できる場所だ。山頂や尾根の上ならともかく路上からこれほどの展望が得られる場所もそれほど多くはないだろう。
 暖かい飲み物を片手にしばらくぼんやりとしていたいところだが、携帯してきた緑茶は冷え切ってしまっているし、夕刻が迫り、吹く風も冷たい。そのまま長石林道を下った。
(総走行距離 57.08キロ)

   ●DATA&MAP●
地図
距離3.71km
時間0:23:41
標高差270m
平均斜度8.09°(勾配14.2%)
実走斜度4.17°(勾配7.3%)
緩急変化ほぼ一定。一部急な場所あり。
景観終始植林地の中を行く。

 調査日 2009/02/15 

 ●激坂評価●
激坂評価  激坂度はです。計算上の勾配は7.3%です。
 入山林道は薄暗いスギ林の間の道で、景観や勾配の変化はほとんどありません。一部コンクリート舗装の場所があり、そこだけがやや急坂です。
 入山林道は、それほど楽しくありませんが、長石伐採地の上からの眺めはとても良いです。この場所は、おすすめです。
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