| ●1 八王子(姥沢)峠の位置● |
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本ホームページ第11回姥沢峠の巻きで八王子(姥沢)峠について書いた。その時は正確な峠の位置はわからないと書いた。『山田郡誌』の「八王子峠(姥澤峠) 廣澤字姥澤より新田郡薮塚本町大字藪塚湯の入に至る」という記述とハイキングコースの案内板から場所の見当をつけた。桐生市広沢と藪塚本町湯の入の間の場所で、峠らしい場所といえば、第11回姥沢峠の巻きで行った庚申塔の立っている場所になる。
その後、『桐生市史』を調べると、八王子峠について「一名姥沢峠ともいい、広沢4丁目字姥沢谷を上つて八王子山をこえ、新田郡薮塚本町字湯ノ入に通ずる」と書かれていた。「姥沢谷を上つて八王子山をこえ」とあることから、庚申塔の立つ場所を八王子(姥沢)峠と考えてほぼ間違いないだろう。広沢町から姥沢という名の小さな沢を詰め上げると、ちょうど庚申塔のある場所に出るからである。 |
| ●2 現在の地形図を見る● |
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あらためて峠道のルートを確認する。(ルートといってもそれほどおおげさな道じゃないけどね。) 現在の桐生の地形図[2万5千分の1 2002(平成14)年5月発行 最新の修正月日が2001(平成13)年のもの]を見ると、広沢4丁目から八王子丘陵の尾根を越えて、東毛少年自然の家を通り、薮塚本町滝の入へ至る道が点線で描かれている。この道の桐生側は、八王子神社から姥沢の谷に沿って丘陵の尾根まで続いている。『桐生市史』の記述と照らし合わせると、ここが昔の峠道であったのは確かである。いまは歩く人もいなく、廃道の状態だ。
藪塚側の点線は、丘陵の尾根から東毛少年自然の家の裏手(北側)に抜ける道を示しているようである。こちらのほうはハイキング道としてよく歩かれている。だが、昔の峠道とは違うようである。このハイキング道は岩が露出した部分や一部には傾斜が急な箇所もあって、ハイキングを楽しむには変化があってよいかもしれないが、生活道として考えると少し歩きにくい。 |
| ●3 旧い地形図を見る● |
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1952(昭和27)年8月発行の旧い地形図(左図 桐生及足利 5万分の1)では、藪塚側の道が少し異なる。
道は峠の少し先で二手に分かれる。一方は現在の東毛少年自然の家の東側あたりの小尾根を下り、石切り場跡のすぐ北を抜ける。そこから湯の入へと通じている。(左図の峠から二手に分かれる線のうち南側の線) もう一方は尾根から南西へ下り、そのまま直進すると、滝の入へ至る。(左図の峠から二手に分かれる線のうち北側の線) 現在の東毛少年自然の家の敷地内から西へ伸びるアスファルトの町道にあたるようだ。 滝野神社のところで左折(南へ)すると、藪塚温泉北側の北山古墳があるあたりで、峠の先で分かれた道と再び合流する。地図を見ると、道の形が、アルファベットのAの文字を少し右に傾けたような格好になっている。 |
| ●4 もうひとつの八王子峠● |
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桐生には八王子峠と呼ばれる峠がもうひとつある。場所は菱町の1丁目と2丁目の間。県道坂西桐生線(桐生市街から足利市小俣方面へ抜ける)の途中にある。桐陽台団地の北側から群大グランドへ下る坂道を八王子峠というらしい。
峠の名前は、峠に置かれた八王子神社の石祠に由来するようだ。こちらの八王子神社(菱町)と広沢町の八王子神社(左写真)の関係はよくわからないが、『桐生市史』には以下のような記述もある。 「広沢町の八王子神社も、昔広沢の八王子の谷から藪塚方面に越える峠(八王子峠)のかたわらに位置している。この八王子社も、峠の交通とかかわりあいがありそうである。」 なるほど。八王子(姥沢)峠の峠道に対する八王子神社の位置が、あたかも有料道路とその料金所の位置に似ているのは気のせいか? そういえば、藪塚側の峠道の入口にも滝野神社がある。神社と峠道というのは何か関係があるのだろうか? |