補足説明―「穴切」の地名の由来

1 穴切の地名の由来は?2 「切」に込められた意味3 「穴切」という言葉からの連想

4 穴切峠にまつわる言い伝え5 甲府にも穴切がある6 その他の地域の穴切7 穴切とは地形語である

1 穴切の地名の由来は?

穴切橋のバス停  『菱の郷土史』(菱町郷土史編纂委員会編 1970年)をめくってみると、穴切の地名の由来について「地形上から村の最後の端なる故、切りと云う字を使用したのか、しかもその切れに深き沢川があったため、この名がついたか…」と書かれている。つまり、「穴」とは深い沢、「切」とは端、外れという意味ではないかと推測している。

 『桐生市地名考』(島田一郎著 桐生市立図書館 2000年)という町名から小字まで含めて桐生の全ての地名の由来について考察した資料には「東西に長い穴の様な沢であるが、沢奥である東側が口のようにあいている沢」、「行き止まりにならないで東からも入れるのでついた地名」と書かれている。「穴」とは穴のような、狭く、細長い沢を指し、「切」とは途切れがある、つまっていない、閉じられていないというような意味らしい。要するに沢の地形の特徴を言い表しているのである。

 双方とも「穴」については細長く深い沢を意味するとしており、見解が一致している。だが、「切」については意見が分かれるようである。『菱の郷土史』では物事の終わり、切れ目、区切りといったそれが最後であることを表現する言葉として「切」を解釈している。一方の『桐生市地名考』では、閉じられていなで開いているという状態を意味するとしている。


2 「切」に込められた意味

 穴切の「切」の字から連想されるのが「道切り」という言葉である。「道切り」とは村境において外来の侵入をふせぎとめようとした呪術のことである。『地名のはなし―群馬の地名のルーツを探る―』(都丸十九一著 煥乎堂 1987年)に「ほぼ県下一円に分布していた八丁じめの習慣で、これはまた土地ごとにフセギ・厄神ヨケ・道切りなどと称していた。村境に草鞋(わらじ)や神札を立て、標(しめ)を張るもの」という説明がある。つまりは村の境界に道切りを置いたのである。

 穴切峠が桐生(群馬県)と田沼(栃木県)の境界になっていたことを考えると「切」には「村の端、村界」という意味が込められているのではないかと思う。穴切峠の位置は行政的には栃木県で、実際の県境とは違うのだが、ここで言う境界とは、この峠を越えて行く旅人の感覚としての境界という意味である。穴切峠は、昔は上野の国と下野の国の国境という感じだったのではないか。峠の向こうは下野の国というように。穴切の地は上野の国の「区切り」だから「切り」の字が使われた。ただし、これは道切りと穴切の語感が似ていることかくる私の勝手な解釈ではあるが…。


3 「穴切」という言葉からの連想

 『桐生市地名考』では穴切の「切」を奥が切れている、開いているという意味に解釈している。沢の奥が閉じておらず、切れているということは向こう側へ行ける、つまりは道が開けているということを意味している。そうなると、穴切の「穴」とは向こう側へ抜ける抜け穴というふうにもとれるのではないか。

 思うに峠とは山を越える場所であるとともに、異なる村や国との境界、異国・異郷への出入り口でもある。穴切という地名は土地の奥が行き止まりにならずに向こう側へ抜けているという由来を持つことで、その地名自体がそこに峠があることをも示しているように思える。

 また、峠はある土地から別の場所へと人や物が移動していく場所である。往来が盛んになれば、そこは交通の要所となって商業の発展や文化の交流を促進させる役割を果たす。それと同時に追われる立場の者や異なる世界へと抜け出そうとする者たちがこっそり通り抜けていく場所でもあった。江戸時代に名だたる峠に関所が置かれたのはそのためである。これらの点を考え合わせると、穴切峠という峠の名は、山越えの場所や交通の要所といった峠の表向きの役割とはまた違う異国・異郷への抜け道という峠の裏の一面も暗に示している名前のように思えてくるのである。


4 穴切峠にまつわる言い伝え

穴切峠。緑の穴のようには見えないが…  穴切の地に、穴切峠の名前の由来に関する伝説が伝わっている。下野の国で戦に敗れ、追手から逃れた落武者がなんとか上野の国まで逃げのびる手はないかと山中を彷徨していたところ、緑の木立の中に、木々の重なりが洞穴の入口のようになった場所を見つけた。その緑のトンネルを抜けて山を下ったところ桐生の地に出た。その雑木の抜け穴があった場所が後年、穴切峠と呼ばれるようになった、というものである。(ホームページ『桐生の民話「河童とあめ玉」』から『「穴切」の由来』を参照)

 この伝説は峠名の由来というよりも、穴切の地名のほうが先にあって「穴切」という言葉からの連想で後から作られた話だろうと思われる。地名起源とされる伝説はその地名にちなんで後から作られたものが多いという。『続・地名のはなし』(都丸十九一著 煥乎堂 1989年)のなかで著者は、地名解釈において伝説をあてにしてはいけないと主張している。「それ(伝説が語る地名起源)は現実の地名起源でない場合が多い。伝説はあくまで伝説であって史実ではない、また、実際の地名起源ではない」と書いている。


 県内の地名伝説の残る地名をひとつひとつ検討したところ、そのほとんどが地形語から発生した地名で、地名伝説はその地名の語呂に合わせ、後から作られた例がほとんどだという。

 以前、本ホームぺージの小倉峠の巻小倉の地名伝説について書いた。この伝説は、山田奴に伴われて小倉峠にやってきた白滝姫が「ここは京都の小倉に似ている」と言ったことから小倉という地名がついたというものだが、これも語呂を合わせただけの伝説だろうとしている。都丸氏の説によれば、小倉の「オグラ」とは「クラ(岩)」に接頭語の「オ」がついたものだそうである。 


5 甲府にも穴切がある

 山梨県の甲府市にも穴切と呼ばれる地区(昔の町名。行政的な町名としては今は存在しない。小学校名などとして残っている)がある。ネットで「穴切」を検索すると、ヒットするのは甲府の穴切に関連したものが圧倒的に多い。地名としては甲府の穴切のほうが知名度が高いのであろう。角川の地名辞典で甲府の穴切町の項を見ると「地名の由来は、地内にある穴切神社にちなむ」とある。

 穴切神社には次のような言い伝えがあるという。昔、大半が湖だった甲府の地を大己貴命(おおなむちのみこと)が切り開いて水を通し、耕作ができる土地にした。その後、大己貴命は穴切大神と呼ばれるようになった。穴切神社には大己貴命が祀られている。「湖水を落として盆地を開拓した話は全国各地にあり、甲府盆地のこの説話もその代表的な説話の一つ」とある。周りを囲まれていた土地の一部を切り開いたために穴切となったというわけだ。

 甲府の穴切もその地名は、地形の特徴に由来すると考えられる。山に囲まれた盆地で、一方が切れていることから穴切という地名がついたのではないか。


6 その他の地域の穴切

 他にも穴切という地名があるか調べてみた。『新日本地名索引 五十音篇』(金井弘夫編 アボック社出版局 1993年)をめくってみる 。『新日本地名索引』は、「国土地理院発行の2万5千分の1地形図に現れる地名の位置を経緯度で示した索引」である。この資料によると、穴切という地名は全国に4つある。桐生市の穴切の他には、福島県会津若松市、静岡県東伊豆町、群馬県月夜野町にある。これらはあくまで国土地理院の地形図に記載されているものを拾っただけで、おそらく他にもあるだろう。

 それぞれの穴切の地形を地形図で調べてみた(東伊豆の穴切は穴切湾としての記載だったので未確認)。会津若松市の穴切については地形図を見ただけでは地名の由来まではわからない。山に囲まれた盆地状の土地の一部であることは確かである。一方の月夜野町のほうは、地名の由来がその地形から発生しているのがよくわかる。三方を山に囲まれた地形で、南側の一方だけがちょうど口が開いたように切れてている。山塊の一部がちょっとだけつまみ取られ、穴が開いた様な形状になっている。「あなぎれ」という地名のイメージそのまま地形である。それぞれの地図はこちら

 角川の地名辞典の総索引では甲府の穴切しか掲載がなかったのだが、その他、全国にある「穴」のつく地名の由来を探してみた。「穴」のつく地名は穴沢、穴口、穴田などたくさんある。そのなかで地名の由来が書かれているものを集めてみた。主なものを以下に記す。

・山腰に大きな洞窟があった (穴地―新潟県大和町)
・赤城火山帯の噴出孔がある。むじな穴が多い (穴原―群馬県片品村)
・大石があり、その下に深さに分らない深い穴が開いている (穴石郷―大分県本耶馬渓町)
・細長い谷底部に広がる。穴窯によって砂鉄の製鉄が行われていた。「あながま」が「あながも」に変化 (穴鴨―鳥取県三朝町)
・穴を掘り、採鉱に従事する部民を意味する。三方を丘陵に囲まれた地域を指す (穴師―奈良県桜井市)
・穴に伏す低地という地形に由来する (穴虫―奈良県香芝町)
・狭長な河谷平野部沿いに位置する穴のあるくぼんだところ (穴沢―岩手県岩泉町)
(※上記の町村名は地名辞典からの引用です。町村名は辞典が出版された当時のもので、最近の町村合併で町村名が変わっているものもあるかもしれません。)

 穴のつく地名の由来はおおむね二つに分類される。ひとつはその地域に洞穴や洞窟など文字通りの穴がある場合。もうひとつは山に囲まれた狭い穴状の土地である場合。穴切という地名に関して地名辞典をめくってみてわかったのは、地名についている「穴」という言葉はその地域の地形の特徴を言い表している例が多いという点である。つまりは「穴」のような地形の場所に「穴○」といった地名がつけられるようである。ただし、「穴」の解釈(どのような形状を穴と呼ぶか)は、その地域によってそれぞれ違っている。くびれたような丸い形状の地形を「穴」と称する場合もあれば、細長く狭い谷状の地形を「穴」と呼ぶ場合もある。


7 穴切とは地形語である

 以上、穴切という地名についていろいろみてきたが、結論を言うと穴切とは地形を表す言葉である。

 地名の起源はその地形を由来とするものが最も多い。昔の人々はかなり詳細な地形の特徴までとらえて特定の場所を言い表した。地形の特徴をいえば、その地域の人々全てがその場所を特定しうるような名前をつけた。それが後年、地名として定着するのである。(『地名のはなし―群馬の地名のルーツを探る―』) 「穴切」という地名もその地形の特徴に由来したものである。桐生の穴切は、地形図を見れば明らかなように細長い穴状の地形から発生している。