| ●1 織物参考館へ織物の古道具を見に行く● |
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@ 水車で糸を繰るとはどういうことか? 高山彦九郎の日記『忍山湯旅の記』には、江戸時代中期、絹織物の町としてにぎわって頃の桐生の様子が書かれている。その中に「水車を以て綱を家に引はゑて糸をくる」というくだりがある。境野、新宿あたりの街道沿いの風景を描写したものである。当時の桐生では、機織りの前工程である糸繰りという作業に水車が使われていた。 織物関連の本をめくってみると、「糸繰り」とは「かせ状の生糸を枠に巻き取る作業」などの説明がある。だが、文章や図版だけでは、いまひとつイメージがつかめない。そこで、実際に織物の古道具を見て、彦九郎の日記に書かれていた情景をより具体的にイメージしようと、昔使われていた織物の道具や機械が展示されている資料館に出かけてみた。 訪れたのは、桐生市にある織物参考館“紫(ゆかり)”。かつて織物工場だった展示室には、織物の道具や機械が展示され、織物の行程がパネルや写真などで解説されている。 A 裏通りを歩いてみた。昔から「町」だった桐生のたたずまい |
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もちろん参考館にも駐車場はあるが、桐生の昔の景観が残るという本町1、2丁目、それも裏通りの小路を歩いてみようと、天満宮の駐車場に車を置いた。彦九郎が歩いた頃の桐生新町の面影を古い街並みのなかに探してみようと思ったのだ。
天満宮の鳥居から本町通りを少し南へ歩き、適当なところで左に折れて、裏通りに入った。おもわくの通り、ところどころに古い民家が残っている。まさか江戸時代からそのままという民家はないだろうが、新建材で建てられた工業的な外壁の住宅とは明らかに趣が異なる。黒い瓦と古びた木材の壁が印象に残る家々である。昭和の初め頃、あるいは大正あたりからそのままという建物もあるかもしれない。 それに家と家との間隔が狭い。車の通るアスファルトの道以外にも、人家の軒をかすめるような土の路地も見受けられる。桐生新町は、最初から職人や商人が暮らす町として、都市計画的に作られた町であるだけに、江戸時代からいわゆる「お町」だったわけで、ほとんどの家が米作り中心の生活を営んできた地域とは街のたたずまいが違って当然なのだ。 |
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それにしても日差しが強い。アスファルトの道をとぼとぼ歩くには今日は暑すぎる。そういえば、まわりは住宅地なのに、歩いている人にはひとりも出会わない。道行く人はほとんどの人が車である。たまに自転車が通る。道が狭いので、車が通るたび、道の端に立ち止まってやり過ごさなければならない。排気ガスのにおいも気になる。現代のアスファルトの道は、単なる移動のために人が普通に歩くには適さない場所なのかもしれない。 B 織物参考館“紫”に着く。静かな館内 |
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20分ほど歩いて織物参考館“紫”に着く。入場料700円を払って展示室に入る。案内してくれた係の女性の話では、平日は社会科見学の小学生でごった返す日もあるという。
桐生市在住の知人によれば、桐生市内の小学校に通った人は一度は必ず訪れるという資料館なのであった。今日は敬老の日。休日なので、館内は静かだった。私がのぞいた時には展示室には誰もいなかった。おかげでゆっくりと見学することができた。 |
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展示室は以前、織物工場として使われていた建物である。のこぎり屋根の名の通り、のこぎりの歯のような、つまりは南側と北側で傾斜角の異なる切づま状の屋根が小刻みにつけられている。内部に入ってくる光の明るさを一定に保つため、北側の傾斜面に窓がある。
また、のこぎり状の部分に機械の作動音が反射して、音がやわらぐ効果もあるという。中に入ると、外側から見た建物の印象よりも室内はずっと明るかった。広さは、小学校の教室を2、3室つなげたくらいだろうか。 D メカニカルな古道具の動きに驚く |
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展示されている道具は、見るだけでなく、さわったり、動かすことができる。受付でもらったリーフレットによると1200点余りあるという。養蚕に使われた道具から生糸を紡ぐための道具、織物の各工程に使用される用具など、織物の生産工程がおおまかに理解できるようになっている。
また、道具が時代とともに工夫され、改良されていった技術的な変遷の様子も垣間見ることができる。大きな織り機が数点、あとは小さな道具類が並べられている。明治から昭和にかけて、実際に使用されていたものだそうだ。 高機(たかはた)に座り、実際に織ってみることもできる。この点が、一般的な博物館や資料館とは違う点だ。織り方は、案内の方がレクチャーしてくれる。織るといっても2、3回、トントンと織り機を動かしてみただけのことだが…。 誰もいなかったこともあって、2時間近くあれこれいじくりまわした。なかでも八丁撚糸機(はっちょうねんしき)やジャガード織り機は、機械の骨格から大小さまざまな形状の歯車やシャフトに至るまでほとんどが木製の部品で組み立てられているにもかかわらず、メカニカルで精巧な動きをするのには感動すらおぼえた。 |
| ●2 織物の古道具たち● |
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@ かせ枠 これが、一番知りたかった糸繰りに使う道具。織り機にたて糸をセットする前に、糸を整えるために使う。枠を回転させて糸を巻き取っていく。 彦九郎の日記に書かれている「水車を以て綱を家に引はゑて糸をくる」というのは、このかせ枠を回転させるのに水車を用いていた、ということらしい。家の外にあった水車に綱をつけて、その回転を家の中のかせ枠に伝えていたのだろう。 |
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B 八丁撚糸機(はっちょうねんしき) 糸に撚り(より)をかけるための機械。それまでの糸車は一度に1本の糸しか撚ることができなかったが、この機械は一度に十数本の糸が撚れる。特に、ちりめんを織る場合に強い撚りをかけた糸が必要とされた。 左の図は、参考館の売店で売られていた絵はがき。 |
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右上の車を回すことで、その回転を綱につながれた錘(つむ―先端に細い棒のついた糸を巻き取る装置、部品)に伝えて、錘の先端にらせん状に巻きついた糸を回転させながらねじっていく。こうして撚られた糸が機械下部の両脇の棒に巻き取られていく。
左の写真は錘が20本余り並んでいる部分。白く太い棒状の部品の先に、千枚通しの先のような金属の棒が付けられていて、そこにらせん状に糸が巻きつき、棒が回転して糸が撚られる。錘の並びは左右に2つあって、それぞれ右撚り、左撚りの糸が同時に作られる。 案内の方の話では、現存する八丁撚糸機は少なく、いまも使える完動品は珍しいとのこと。各地の博物館などから資料提供の依頼がたまにあるという。 1783(天明3)年に岩瀬吉兵衛によって発明された水車式八丁撚糸機は、車の回転に水車の動力を利用したもの。 |
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C 糸車 糸に撚りをかけたり、糸を紡いだりするときに使う道具。八丁撚糸機は、撚り糸が大量生産ができるよう、この道具を改良し発展させたものといえる。 右手で車を回し、左手で糸を軽く持って、糸を撚ったり、紡いだりしたらしい。 |