その騎士は赤く燃える荒野に立っていた。
 身をたたく風をものともせず昂然と顔を上げただ前を見続けている。
 その背は鍛え上げられた鋼のようであり、その存在は鉄のように無機質であった。

 彼の者の周囲からは渦巻くような怨嗟の声。
 それから目を背けることなく、耳を塞ぐことなく、そのすべてを己がものと受け止めて……
 騎士はただそこに立ち続けていた。




 部屋の扉が静かに閉じられた。
 裸の身体を毛布で包んだかっこうのままで、わたしは部屋を出て行くおとこを見送った。
 部屋にはわたしだけが取り残され、身体中を駆け巡っていた高揚感が急速に冷え込んでいく。

「ん――――」

 お腹をさわる。
 下半身にはいまだ痺れと気だるさが色濃く残り、そこにはなにかが挟まっているような違和感。
 ああ、自分はおとこに抱かれたのだなあ、とあらためて実感する。
 それは思っていたよりも心地良く、暖かいものだった。

 正直――――自分がこんな時を迎えるなんて、ほんの少し前まで想像もしなかった。
 好きな男の子に抱かれる。
 女の子なら誰もが願うことだろうが、わたしにとっては考えも及ばなかったこと。
 そもそも、男の子を好きになるなんてこと自体、わたしには到底無理なことだと思っていたから。
 あんたはおとこに興味がないのよ、と美綴綾子には言われたが、事実、わたしもそう思い込んでいた。

 そんなやり取りからほんの二週間ほど。
 よくもまあこんなにも変わったもんだと自分でもあきれるぐらい、わたしは衛宮士郎に惚れている。
 正義の味方を目指す、そんな幼い理想と強すぎる意志を持った少年。
 初めて彼を目にしたのは夕焼けのまぶしいグラウンド。
 その少年は飛べるはずもない『もの』に挑み続けていた。
 それを遠くからぼんやりと眺めながら、そのあまりの愚直さに、かれの背をいつしか視線で後押しをしていた自分。
 そんな他愛もないものが、いまもなお脳裏にはっきりと焼きついている。



 十年前――――戦いに赴く『師』の背中を見送って、遠坂凛は魔術師としての道を行こうと決めた。
 十年前――――灼熱の地獄の中で衛宮切継に救われた少年は、その『父』の跡を継ごうと決めた。
 魔術の師として、父親として、遺された思いはお互いに違うもの。

 それに――――わたしは最初嫉妬した。

 でもすぐに気づく。
 遺されたものがなんであろうと、往く道を決めたのは自分自身。
 そこには後悔などなく、であればこそ、そこに間違いなどあるはずもない。


 脳裏に浮かぶのは、
 ぼろぼろの体でがむしゃらに剣を振り続ける少年と、
 それを真正面から受け続ける赤い外套を纏った騎士、
 抱き続けた理想を磨耗させた騎士は、それを必死で否定し続けた少年によって打ち砕かれた。
 愚直なまでに振りかざされた少年の剣にその身を貫かれた。

 でも、もしかしたら、それこそがあの騎士の望みだったのではないだろうか。


 ふふ……。
 そんなこと言ったら、アイツは心のそこから嫌な顔をするでしょうね。

「凛……いくら君の言葉とはいえ、その発言は撤回を要求したい」

 あ、思わず想像してしまった。

 今回の聖杯戦争でわたしのサーヴァントとしてともに戦った英霊。
 二度もマスターであるわたしを裏切った憎たらしいアイツ。
 いくら文句を言っても足りないぐらいなのに、アイツはそれすらさせず、わたしの前から消えてしまった。


 ギルガメッシュによって体を串刺しにされたアーチャー。
 あの英雄王はわたしのアーチャーを偽物と言って笑った。

「不義理なやつだったけど……仇ぐらいは取ってやらないとね」

 わたしは体内に形成されたばかりの回路に魔力を通す。
 その先につながるのはわたしの愛している男。
 衛宮士郎へと送られるそれにありったけの思いを込める。




 衛宮士郎とエミヤシロウ。
 正義の味方になると誓った少年と、正義の味方になったがゆえに世界から裏切り続けられた騎士。
 どれほどの時間と思いがその合間にあるのか、わたしには想像もつかない。
 アイツを裏切り続けた世界が憎い。
 それを当然のことと受け流していたアイツのことにも腹が立つ。その頬をいまからでも叩きに行きたい。


 人間が他人を本当に救うためには、その生涯すべてをかけなければいけないのだという。
 自分の生涯すべてをかけて、ようやく一人の他人を救うことが出来るのだという。
 ならば、目に見えるすべての人を救いたいという彼らの願いは、偽善以外の何物でもないのだろうか。

 ああ……そうなのかもしれない。
 賢者が見れば彼らの行為は愚者そのものでしかないのかもしれない。

 それでも、わたしはあえて否定しよう。
 それがどうした、と、愚鈍なまでに否定しよう。
 その行為が生み出すものが偽善でしかないのだとしても、その根源となる思いに間違いなどないのだから。

 だからこそ、あいつが自らの理想を磨耗させないために、かつて願った思いを自ら蔑むことがないように、遠坂凛は衛宮士郎のそばにあり続けよう。
 それがわたしの本当の戦い。心のそこに打ち立てた誓い。

 それを思えば、英雄王などわたしの敵ではない。
 この身と思いはすでにその先にある。
 わたしが――――わたしたちがこの戦いに敗れることなどありえない。
 だから――――


「最後まで見届けなさいよアーチャー。わたしたちの戦いを」

 ここにはいない、燃えるような荒野にいまなお立ち続ける騎士に向かって、わたしはそうつぶやいた。




 その騎士は―――
 初めてそこで振り返り―――
 わたしの顔を仰ぎ見て―――
 いつものように皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。

 そんな気がした。
あとがき

フェイトSS初書き。
このゲームで管理人がもっとも惚れた遠坂凛を主人公にしてみました。
愛した男のゆがんだ未来を知っているってのはどんなもんなんかなと思って
その内面に迫ろうとしましたが、見事に失敗しました。
ものを書くってのは難しいです、はい。
感想などを頂けると嬉しいです。