今の結婚ご披露宴の音楽は、私の住んでいる北九州では、CDを流すということが主流になっています。
お好きな曲、思い出の曲をご自分たちで選曲されて持ってこられたり、ブライダルBGM専門の
業者さんが入ったりという形です。
生演奏の良さは、忘れられているかな・・・
私がご披露宴の演奏の仕事をを始めた頃は、最初から最後まで、つまり、お客様をお迎えしご披露宴が催され、
そしてお客様が会場を出られるまで、すべての音楽はエレクトーンが担当していました。
えっ?いつのことかって? ま、それはおいといて・・・
ある大安の日曜日のことです。その日はご披露宴の数も多くホテルのロビーはお客様でいっぱいでした。
私が担当するご披露宴の会場は、それまでに行ったことのない部屋で、渡り廊下を通って行きました。
着いてみるとそこは、上座に30センチぐらいの高さのステージがあるお座敷でした。
旅館の大広間といった感じで、お料理はおひとりずつのお膳で、座布団が置いてあり、会席料理の準備がしてありました。
さて、エレクトーンですが、なんとステージの上に鎮座しておりました・・・
畳の上に置くのもこういう所だと考え物なのかなと思いつつ、近寄ってみると、これまでに見たことのない
エレクトーンでした。
私は、子供の頃からエレクトーン畑を歩いてきたわけではなく、促成栽培で育ってきたわけですから、
見たことがないというのもありうることでした。他社の電子オルガンかなとも思ったのですが、いえ、
YAMAHAのエレクトーンでした。少し明るい色で、レバーの数は多くはなかったのですが、鍵盤さえ
あれば十分なのでとにかく音を出してみようと思いました。
しかし・・・あらっ?椅子が無い。きっと出し忘れているのだと思い、宴会係の方に手があいたら
持ってきていただけますかとお願いしました。
待つことしばし、運んできてくださいました。ロビーのソファーのひとりがけの椅子を。
「いやぁ、エレクトーンの椅子は見つからないんですよ。これでどうでしょう」
「は、はぁ」座ってみました。低い!目の高さは鍵盤の位置です。うーん、これでは
ニーレバー( 膝で操作して、効果を出すのです )に私の膝は届きません。
「あのぉ、他にはないでしょうか」
「そうですねぇ」真剣に考えてくださって、
「ちょっと待ってくださいね」と走っていかれました。
待つことしばし、運んできてくださいました。バーのカウンターにある止まり木用の円椅子を。
「これでは、どうですか」
「は、はぁ」座ってみました。高い!鍵盤を見下ろし、腰掛けたら足はぶらぶら、足鍵盤に私の足は
届きません。
「あのぉ、これはちょっと・・・」
「やっぱり駄目ですね。ウーン」
私も考えました。この円椅子よりは、先ほどのソファーの方がまだいい。
「座布団、何枚かお借りできますか。高さを調節してみます」
とは、言ったものの何枚重ねたらいいのか、果たしてその上に座れるのか、崩れ落ちないのか・・・
不安は尽きません。
その時、思い出しました。この会場に来る時に通ってきた渡り廊下に古いアップライトピアノが
あったのを!
「そうだ、ピアノの椅子、お借りできませんか」
「わかりました。それがいいですね」
今度は私も、走っていきました。ピアノが置いてあった場所まで。
しかし、また椅子が無い。ああ、楽器といっしょにしておいて欲しい!!
「倉庫、捜してきます!」
宴会係の方がまた走ってくださいました。
待つことしばし。ありました、ありました! ピアノの円椅子!今度は高さも調節できるし、ああ、よかった!
宴会係の方にお礼を言って座ってみました。ニーレバーも使えるし、足鍵盤にも届くし、これで弾けます。
でも、この直後、私は悟ったのです。なぜ、エレクトーンの椅子は長いのか(長方形です)を。
エレクトーンは足でもドレミ・・・を弾きます。足を伸ばしたりもどしたりして、音階を弾くわけです。
そのためには、余裕のある座る場所が必要なのです。
お気づきだと思いますが、ピアノの円椅子にはその余裕はありません。足を伸ばして低音部を弾くたびに、古い円椅子はクイッ、
クイッと音を立てながら回りました。
こうして
腰を振りながらのエレクトーン演奏で、そのご披露宴は始まったのでありました。
このご披露宴 〔つづく・・・〕
その1 【 ワルツです!? 】 
ブライダルプレイヤーの仕事を始めてまもなくのこと、その日もエレクトーンで
歓談中のBGMを弾いていました。
と、そこに上品な奥様が来られて、
「ねえ、ちょっとダンスをしたいんだけど、ワルツを弾いていただけないかしら」
「はい、承知しました」と答えて、はて、何を弾こう、〈魅惑のワルツ〉とか〈ムーンリバー〉で
いいのかな、まさか〈皇帝円舞曲〉とか〈美しく青きドナウ〉ってことはないよね・・・
で、伺ってみました。
「何か、ご希望の曲がおありですか」
「そうね・・〈ゲイシャワルツ〉弾いてくださる?」
「あ、はいっ」
弾きました!〈ゲイシャワルツ〉 持っていた歌謡曲集に楽譜は載っていましたので。
《あなたぁのぉ リードォでぇ 島田もぉ ゆれるぅ〜♪・・・》(作詞西条八十)
えっ?なんで島田さんがゆれるのかって?『島田』というのは、人の名前ではなくて、
ほら花嫁さんの文金高島田の『島田』、あのことですね。えっ?なおわからないって??
要するに芸者さんが結っているあの日本髪のことなのです。
『あなたに導かれて踊っていると私の髪もゆれるのよ』ということですね。
芸者さんのせつない恋の歌といったところでしょうか。
その奥様は、楽しげに踊ってくださり、「ありがとうね」と言ってくださいました。
新米の私はこのことで多くのことを学びました。
音楽の好みはさまざまであること。
自分の考える音楽の範囲が他の人と必ずしも一致するわけではないこと。
どんなジャンルも音楽に変わりはないこと。
それからの演奏の姿勢に少なからず影響を与えた出来事でした。