ボクの姉さん





今のとこどの時系列にも当てはまらないお話で、『エド姉さん×17歳生身アル』です。
駄目だと思われた方ブラウザバックでお戻り下さい。



 どこか遠くで犬の遠吠えが陰々と響いた。
 2軒目を出たのは10時を回ってからだった。
 アルコールを摂取したばかりの肌に、初秋の大気は涼やかに感じる。
「大将、どーしますもう一軒行きますか?」
「これ以上飲むと本気で酔っぱらう。遠慮しておくよ」
 ハボック中尉の問いかけにエドワードは苦笑した。『大人のお付き合い』は嫌いではないが、ズルズルと際限がないのが困る。
「鋼のが泥酔するとどうなるかは興味があるが」
 どういう肝臓をしているのかマスタング少将はボトルを空けてけろりとしている。大人の余裕ではなく生来、強い体質なのだろう。まともに付き合ってなんか居られない。
「はん。勿体なくてみせられ……」
 エドは振り向きざまに憎まれ口を叩こうとして、西の空が赤いのに気が付いた。更にその視線に気付いた上役が、やれやれと肩を竦める。
「……火事か」
 ここに焔の錬金術師がいて、鋼のもいる。となればすることはひとつしかない。2人の錬金術師は目を合わせて走り出した。
「現場から一番近い貯水池……川のほうが近いか。少将、あんたはどっちがいい?」
「大気からの生成のほうが得意だな」
「了解」
 頷いたエドは横道に反れた。どうやら近道をするらしい。人気のない道を危惧してかハボック中尉がそちらに付いたので、同行していたブレダ中尉は少将に付いた。
 そのまま走って辿り着いた現場では、既に憲兵が野次馬の整理をしていた。
(よくもまあ石造りの家が派手に燃えるものだ…放火か)
「危険ですので下がってください!」
 平服の少将は、童顔も相まって部外者として追い出されそうになった。……正直ムッとしたがいい大人なので我慢する。
(おのれ!見ていろ)
「私はロイ・マスタング少将。焔の錬金術師だ。誰か協力を」
 呼吸を整え、威儀を正してから名乗りを上げた。


 夜空に響いた2発の空砲。
「少将、まだ足は衰えてねーな」
 川岸で合図を待っていたエドは高らかに両手を打ち合わせる。
 手の平の内側から漏れ出す光は、暗闇にエドの姿をくっきりと浮かび上がらせた。
 大質量の練成をする気なのか、いつもよりその横顔は真剣だ。
 エドが水の上に両手を置くと、質量がうねる感触がある。
(よし!)
「中尉、離れて!」
 エドの脇に控えていたハボックは、その言葉に退いた。
 黒い水面が唸ったかと思うと、ブワっと白い煙が立ち上がり視界の一面を覆う。
「うわ、何やったんですか大将」
「H2O…水の組成を分解した。少将はオレが作った材料を引っ張っていって、現場で雨を降らせている」
 錬金術の基本は等価交換。材料なくして練成は出来ない。つまりエドと少将は2人がかりで『雨』の練成をしたというわけだ。
(デタラメだ……)
 気象を弄るなんて人間業とは思えない。
「なに疲れてんだよ中尉。…なあ、オレもう帰っちゃってもいい? 夜も遅いしさ」
 結露に濡れたエドは寒そうに腕の辺りをさすった。簡単なシャツ一枚ではそうだろう。
(あー。大将門限あるとか言ってたっけ……未成年だしなあ)
「少将と合流してからにしましょうか。あの人のことだから送迎させる車の確保ぐらいしてるんじゃないっすかね」


 家が半焼した上に使えそうな家具も水浸しになった家主は不幸だが、濡れ鼠の野次馬たちは、珍しいものを見たと興奮している。
(フ…雨の日無能の汚名を返上したな)
 軍部のイメージアップにもなったことだしまずは目出度い。
 水も滴るいい男マスタング少将は久しぶりに畏敬の念に囲まれて上機嫌だった。
 なにせ可愛い部下たちはスレてしまって、少将がなにをしても平然とした態度を崩さないのだ。頼もしくないと言えば嘘だが、人間とは複雑な生き物でたまには尊敬されたいなあと思うものだ。
 マスタング少将ってスゴイ!カッコいー!という視線はたとえ男であっても、気持ちいい。
(さあ、存分に褒め称えてくれたまえ!)
「少将。犯人と思われる男を捕獲いたしました!」
 少将は濡れた髪をことさら気障にかき上げ、優雅に微笑む。頼りになる副官がいれば即ツッコミが入っただろうが生憎彼女はこの場に居ない。
「会おう。よくやった」
「はいっ!」

(ふむ。ここまでの悪相も珍しい)
 少将はある意味で感心する。
 キビキビ働く憲兵たちにロープで縛られて少将の前に引っ立てられた男は、まっとうな社会に生きていないとひと目で知れる人相をしていた。
 屈強な身体には幾多の刺青。着ている服も高価なわりに趣味が悪い。何をやったか知らないが被害者も哀れだ。
(地回りか…だとしたら組織的な犯行だな)
 もし違っても性質の悪いヤクザなら遠慮はいらん。難題吹っ掛けて困らせてやれと、冷静な酔っ払いであるマスタング少将は考えた。
「お前一人の犯行ではないな?」
「……」
 沈黙は肯定だ。
 もとより部下でもない男の意見を聞くような頭を持ち合わせていない。
「そうか。この男の身元を調べろ。明日…いや今日か。朝には彼の『実家』に捜査令状を取れるように手配しよう」

 皆、ご苦労だった。
 そう告げようとして、少将は半歩退いた。鼻の上をナイフが掠る。
「……オートメイルかっ!」
 だから違法改造は取り締まれと具申をしたというのに!
 縄を切り裂いた男の左腕は、機械鎧特有の銀色が見え隠れする。
「忠告しよう。これだけの人数に囲まれて逃げられるとは思わないほうがいい。無駄な足掻きは罪を重くするだけだ」
 言いざまに少将が足を踏み出すと、男は背を向けて逃げ出した。
(逃げてくれたか。はったりに弱い男だ)
 発火布濡れているし困ったなーってことは言わなきゃ誰も気付かない。ブレダ中尉の溜め息はこの際無視だ。
「…追え」
 少将はエライ人らしく重々しく憲兵に指示を下せばよかった。


 火事場のギャラリーの多さに閉口したエドは壁に寄った。
 ハボック中尉は憲兵の皆さまと『お話』しているので暇である。つくづく末端から慕われる男だ。
(ああ、くそ寒い)
 ここに辿り着いたときは、ざんざん降りでエドもすっかり濡れそぼっていた。髪の毛から水が滴るのが気持ち悪い。
 はあと息をつくと白く煙った。……これを見るのは今年初めてではなかろうか。
 その時、近くで悲鳴が聞こえた。
「逃げたぞ!」
「追え!」
 荒々しい物音に人波が割れた。
 仕事帰りに渋滞に巻き込まれて往生していた少女は何が起きているのか分からず目を見開いた。
 目の前にはモジャモジャ髭の怖いひと。腕は銀色。
 それが大きく振りかぶって。
「どけ!」
(斬られる!)
 息も出来ない。スローモーションのように流れる時。その瞬間を硬直して待っていた少女は、割って入ったその人影をしっかり見た。
 夜に浮かぶ金の髪。
 背に自分を庇ったその時、白いシャツの前が切り裂かれ。同時に長い脚が伸び、男の顎を蹴飛ばした。
 ドウ。と派手な音を立てて男が倒れる。
「お前…女か!」
「悪いか」
 胸に走った赤い傷にも平然とエドは両手を打ち合わせる。
 とたん敷石は生き物のようにうねり石の手枷が男の両手両足に絡みつく。
 しんと静まり返る周囲にエドは眉根を寄せた。
 観客の凝視してくる視線が痛い。
「こいつ、放火犯なんだろ?…捕まえなくていいのか?」
 指摘された憲兵たちはやっとのことで動き出した。

「…大丈夫?」
(こんなステキなひとが助けてくれるなんて…)
 街灯に照らされて、そのひとの髪から滴り落ちる水滴がやわらかく輝き。
 問いかけられる口調はぶっきら棒だが、気遣いを含んでいる。
 まるで童話の中の王子さまだ。
 では自分はお姫さまか?……そんなことない。
 差し出された手にその場でへたり込んでいた少女は自分の思考に羞恥を覚えた。遠慮がちに掴まると力強く引っ張りあげられた。
「あ、あの。ありがとうござい、ます」
 途端、目に入ったのは切り裂かれた胸元に、薄く浮かぶ一条の傷。
 はっとした。なんてことをと、血の気が一気に引く。
 白い肌の滑らかさに咄嗟にショールを巻きつけた。
(女のひとなのに!)
 申し訳なさに涙が出そうだ。
「血で汚れちゃうしいいよ」
「いいんです。よ、よかったら貰ってください」
 新品ではないがショールは濡れてもおらず、温かかった。せめてそれぐらいはさせてもらいたい。
「…ん。じゃ遠慮なく」
 浮かべられた金色の微笑に、少女は初恋のときめきを知った。


「へえ、それで遅くなったの? 本当に兄さんってトラブル収集機なんだから」
 アルフォンスの態度は穏やかだが、その分怖い。
 風呂上りの肌を丁寧に消毒されながら叱られて、エドは理不尽を噛み締める。だいたい午前様になったのだって、憲兵にしつこく引き止められたからで自分のせいじゃないと思う。
「約束したよね? まだ未成年なんだしお酒を飲む場所にいったら、どんなに遅くなっても日付が変わらないうちに帰ってくるって」
「……ハイ」
 エドはしょんぼり項垂れる。
(反省したフリだけなんだから、いつも)
 それにほだされる自分は、なんて駄目な男なんだろう。溜め息を付いてアルは作戦を変更した。
 頭ごなしに叱るより甘えたほうが兄は記憶に残るひとだ。
「ボクだって淋しいよ。休日前に兄さんがいない家にひとりなんて」
「ん。わかった、もうしない」
 おでこにされたキスで許されたと知って、エドは俄然元気になった。白い腿を晒してアルの膝に乗り上げる。
 常に微笑みを浮かべるキスは酷く甘い。
 額から顎にかけて繰り返されるバードキスに、アルは兄の踵のあたりをゆっくり撫でた。エドは擽ったそうに身を捩る。
(しあわせ)
 兄さんはあったかいし可愛いし、これでもう少し肉が付いてくれたら最高の抱きごごちなんだろうけど、あんまり兄が魅力的になって男にモテても困るからそれはそれで良しだ。
(ああでもBカップくらいあってもいいな。…努力してみようかなあ)
 アルの心を読んだわけではなさそうだが、兄はタイムリーに話題を振った。
「なあ、そういや思ったんだけど仮にも若い女の胸を見たら男って喜ぶものだよな?」
 なんの話だと思いつつ、うんと頷く。少なくともアルは嬉しい。
「なのにさ。あいつらオレのを見て固まりやがったんだけど、どういう了見なんだろーな。そんなに小さいかなオレ」
「見られたのっ!」
 アルはエドの肩を両手で掴む。
(ショールを巻いていたしまさかと思ったけど!)
「おう。つーか野次馬全員にバッチリ見られたと。オレに切りつけてきた放火犯にはナインペタンだの言われて腹立ったから、しばらく使い物にならないようにアレ蹴飛ばしといたけどオーケーだよな?」
 生ぬるい。
「…………個人的には極刑にしたい」
 アルは低く呻いた。
(少将…何をやってるんですか。くれぐれも兄を頼むとお願いしたのに)
 思わずマスタング邸への方角へ八つ当たりの念を放ってしまいたくなる。
「なに怒ってんの?」
「兄さん本気で聞いてる? 怒るよ当然」
「ふうん」
 エドは満腹の猫のような表情で弟の頭を抱きしめる。
「お前、かわいーなー。なあに、にーちゃんを心配してくれんの?」
 エドをここまで女扱いできるのはアルぐらいなものだ。
 実際、マスタング少将やハボック中尉なんてエドが女だってことすら普段忘れているんじゃないかと見た。
(じゃなきゃ綺麗なお姉さんがわんさか侍るお店に連れてかないよなー、いくらなんでも)
「兄さん!」
「怒るなよ。嬉しいって言ってんだぜ?……礼に今日はサービスしようか?」
 あ。
(なにを想像したんだか)
 真っ赤になった弟に、エドは大人のキスをした。



あとがき(なかがき?)
このつづきあったりします。
でも間違いなく裏です(あああああ)。とゆーかコレを表に置くのもギリギリのような。
えーと。『エド姉さん×17歳生身アル』は大田忠さんの『ミステリな2人』の女刑事さんがモチーフだったり。
家と外じゃあ性格違うよ!エド姉さん!…だったりすると可愛いかなあって。



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