自動車免許(鬼教官編)。
あたしが車の免許を取ったのは高3の2月初旬でした。
うちの母親が、
「知り合いのお父さんが教官をやってる自動車学校があるから
そこで合宿でとっとと免許取っちゃいなさい。
1月中に入校すると安いのよ。」って言い出しまして。
もともと国立大学は受ける気なかったんで、
センター試験当日に、試験すっぽかして、
友部自動車学校という、割と田舎の教習所に急遽入校することに。
入ったのは1月18日くらいです。
知り合いは当然1人もいないし、
合宿の部屋も1人部屋だったんで最初は寂しかったですね。
女でマニュアル車コース取るって人も少なかったんで。

ところで普通、教習って、毎回担当の教官が違いますよね?
なのに、あたしの場合、その「知り合いのお父さん」というおじさんが、
妙な責任感からしぶしぶ裏工作して、
毎回その人があたしの担当教官になるようにセッティングされちゃってたんです。
いや、これで、その人(Tさんということにしときます)が、
ダンディーで優しくてカッコイイ素敵なオジサマなら何も不満はないんですが、
喧嘩っ早い江戸っ子風の、血の気多そうなおじさんで、
若い頃は絶対バイク乗り回して親泣かせてたような感じの人なんですよ。
しかも後から分かったんですが、
その頃彼は家庭内でいささかもめごとがあったらしく、
そのやきもきを、半ばあたしに八つ当たりしてたんですよね。

Tさんの言う事にきちんと「はい!」って返事してると、
「近頃の若い奴はハイハイ言っても全然分かってねーからな。」
とかぶつぶつ言うし、じゃあ控えめにしてようと口数減らすと、
「高村さんは返事もろくにしねぇからよー、
人の話聞いてんだか聞いてねーんだか分っかんねーわな。」
とか言うし。
加えて友部は茨城弁が全快バリバリな地域なんで、
基本的に口調が語尾上がりで、ほんと喧嘩売ってるみたいな感じなの。
で、教えてくれてないくせに、
「あそこではああしろって言ったろーが!」とか、
「あんたじゃ何日いても免許は無理だね。」とか、
3分に1回の割合で文句言ってきて、
立場が違ったらぶん殴ってたんじゃないかってマジで思います。

入校して4日間くらいは、ほんとーーにTさんが嫌で嫌でたまらなくて、
夜になるとふとんの中で、悔しいやら悲しいやらでしくしくやってました。
だって他の教習生は、色んな教官に担当してもらって、
面白かったとか分かりやすかったとか楽しかったとか言ってるのに、
あたしはこれから17日間、ずっとTさんなんだ、と思ったら
最強に厭世的な気分になっちまいまして。
Tさんに当たったことのある同期入所した友達は、
「あー、あの人最悪だよね。怖いし分かりづらいし。」
なんて感想を述べてくれちゃって、更にイヤイヤ気分に拍車がかかりました。

で、入校5日目にして、あたしが出した結論。
「開き直ろう」。

こちとら運転できないから教習所に来てるんだよ、
運転ヘタクソなのが当たり前なんだ、そういうスタンス。
Tさんの事はもう「そういう生物」だと割り切ることにして、
どんな嫌味言われても笑顔でさらりと聞き流し、
「今日は寒いですねー。」とか「二輪も取りたいんですよー。」等、
全く関係ない話題転換をして明るくやり過ごす。
そのおかげで精神的ダメージ度数はぐぐっと下がり、
1日2時間の実技もそこまで苦痛ではなくなりました。

そいでもってですね、こっちがそういうスタンスに切り替えたら、
ぎすぎすしていたTさんの態度が段々変わってきたんです。
必要以上に攻撃的だった部分が収まってきて、
冗談なんかも飛ばすように。

そうなってくると、今度はこっちも、
今まで分かってなかったTさんの本質みたいな部分が見えてきたんですよね。
不器用で言葉は悪いけど、根っこは真面目で職人気質なおやっさんで、
シャイだからあんまり優しいセリフや褒め言葉は吐けないけど、
実はその辺のヒョロヒョロ教官よりはるかに暖かく、
情愛持って教習にあたってくれているってことに。

何かの時、たまたまTさんの裏工作が失敗して、
あたしの担当教官が別の人になった時があったんですけど、
その時間の実技が終わったらさりげなくTさんが近づいてきて、
「さっきのS字クランクは、ちょっとハンドル切るのが早いんだよ。」
なんてアドバイスしてくれたこともありました。
教習所の敷地内が見渡せる所から、きちんと見ててくれてたんですよね、
その時間のあたしの運転を。
「あんたは知り合いの娘さんだっていうから
しかたなし俺が見てやってるんだ。」ってオーラを出しまくってたくせに、
そんな粋なことしてくれちゃって、まぁ。
無理矢理空き時間に練習で乗車させてくれたりもしました。
「あんたは人より下手すぎるからこうでもしなきゃ追いつけない」
なんて言ってましたが、この頃には彼の性格を理解してたんで、
不器用な愛情の裏返しのセリフだってのがちゃんと分かって嬉しかった。

Tさんは滅多に笑顔を見せる人じゃなかったんですが、
あたしが仮免受かって、最初の路上教習の時、
はにかみながら、「やったな!」って嬉しそうに言ってくれて、
その時、もう今までのわだかまりみたいなのがキレイサッパリなくなりました。

それまであたしは、
「自分と合わないと感じた人とは無理に関係を保持しようとは思わない」
ってのが生き方の基本の一部だったんですが、
自分が変われば相手も変わることがあること、
更に、そう意識することで相手との関係が飛躍的に良くなることがあること、
そういったことを勉強しました。

路上教習に出てみると、
あたしが時速90キロで走ってるっていうのに
「あ!あそこに白鳥が!!ほれ見てみろ!!」なんてはしゃいだり、
夜間教習・しかも雪が降って路面凍結状態の上をおそるおそる走ってるのに
「数年前、こういう日に教習中事故って死んだ奴の幽霊が…」
なんて話し出したり、お茶目な面までちらちら見えてきました。

無事卒業検定に合格した時、
真っ先にお礼を言いに行ったのは言う間でもありません。
学校を出所する際、写真を一緒に撮りたかったんですが、
恥ずかしがって撮らせてくれませんでした。
無理矢理にでも1枚レンズに収めておけば良かった。
そんなTさんはまだ元気に、友部自動車学校で激を飛ばしているはずです。

ちなみにこれは路上教習中の写真。
事故る危険はまぁ滅多にありませんね。
起こるにしても、
「田んぼに後輪が落ちた」とか
「あぜ道に乗り上げた」とか
そんなところです、せいぜい。