マニキュア。


手際良く左手の爪に半透明なベースコートを塗り、
間髪空けずにブラシを持ち変えて右手の爪にも同じように塗る。
ふぅっと優しく息を吹きかけ、2分ほどベースコートが乾くのを待つ。

銀の星型のラメと、細かいラメの粒の入った薄いピンクのマニキュアのキャップを開け、
ラメが爪の上で均等に広がるよう注意しながら、乾いたベースコートの上から塗っていく。
半透明な下地なので、マニキュアのピンク色がきれいに発色する。
全部の爪が塗り終わったら、4分ほど乾くのを待つ。

仕上げはトップコート。
透明なのがスタンダードだけど、
あたしは細かいパールの粒子が入ったトップコートを愛用している。
太陽の光を浴びた時の輝き方が、微妙に違うんだ。
ほんとにわずかな違いなんだけど、あたしには大事なこと。

トップコートを塗り終えたら、あとは本でも読みながら完全に乾くのをしばし待てばいい。
これで、指先の魔法が完成する。
マニキュアって、確かにかわいいと言えばかわいいんだけど、
それなりに時間はかかるし、面倒くさくないと言ったら嘘になる。
完全に乾いてない爪にうっかり何かを触れさせてしまうと、
乾きかけたマニキュアがよれたり、変な跡がついてしまったりする。
それでも、たくさんの女の子は、爪を彩る事をやめない。

そもそもマニキュアがはじめられたのは、中世ヨーロッパが中心だった。
ある気功師(その当時は魔法使い呼ばわりされていた)が、
爪の先に「気」を集める塗装型の精力剤のようなものを作り出した。
彼曰く、「気」というのは、空中に突如顕われる非科学的なパワーではなく、
血中を流れるわずかな「気」の粒(今で言う電子の粒のようなものだろうか)を、
手首より先に意図的・意識的に集中させることにより、
何らかの効果をあげることのできる「気功」が、
その手の平から発することが可能になる、ということだった。
真偽のほどはどうあれ、とにかく、彼自身の発明した塗装型集気剤のおかげで、
彼は、手首から先全てを使わなくても、
その塗装剤を爪に塗った1本の指だけで、気功が使えるようになった。
おそらく彼は、今で言う、マッサージ師のような仕事を行っていたに違いないとされている。
これに目をつけたのが当時の錬金術師、フィリップ=ド=モンテオール伯爵である。
伯爵は、この塗装剤と錬金術をどうにか融合できないか、と考えた。
そして27年に及ぶ研究の末、その塗装剤を爪に塗った指で、
金を成す成分の含まれた鉱物に触ると、
その鉱物がたちまち金として精製される、という塗装薬を生み出したのだ。
その塗装薬は改良に改良を重ねられ、爪に塗った後瞬く間に乾くよう工夫が施された。
当時、家庭をきりもりする立場にあった女たちは、
誰しもこぞってこの塗装薬を欲しがった。
家にある古い鍋や、道端に転がっている石でさえ、
その塗装薬を爪に塗った指で触れば金に変わる可能性を含んでいるのだから当然である。
そこで伯爵は、女たちが身に付けやすいように、と、その塗装薬に色をつけた。
最初は赤、白、茶色の3色だけであったが、
女たちからもっと色を増やして欲しい、という要望が多数出されたため、
最終的には12色ものバリエーションが完成した。
金に変える効力を持つ上、オシャレとしても成り立つという2つのメリットから、
塗装薬はあっというまに国中の女たちに広まり、
持っていないのは金に困っていない上流貴族の御婦人方だけという有様だった。
ところが、金に変える効力があると分かった女たちが、
家事や内職を怠け始めるという問題が起こった。
金が欲しい時は、山に出かけて行ってそこら中の石に触り、
運良く金が見つかったら、それを宝石商や両替商へ持っていけばいい、という考えである。
男たちは困った。怠け者の女房が欲しかったわけではない。
沢山の抗議や非難中傷が、伯爵のもとへ届いた。
最初はそれらの声を無視していた伯爵だったが、
連日連夜浴びせられる罵詈雑言にすっかり精神的に参ってしまい、
やむなく、塗装薬における錬金術の効能を取り払うことにした。
そうして、塗装薬はただの爪に色をつける液体と成り下がったが、
その塗装薬を爪につけることが最早習慣化されていた女たちは、
錬金術としての効果が無くなった後でも、この塗装剤をファッションの一部として求め、
その習慣がそのまま今日にまで伝承されて、
現在で言う「マニキュア」というコスメに至っているわけである。
長い伝統と歴史を、女たちは大事に受け継いでいるのだ。


…なんてね。嘘さ。
嘘に決まってるさ。

でも、そういう背景でもなきゃやってられないほどのめんどうくさい課程を、
モノともせずに世の女性陣ははかなくも雅やかなネイルアートに身を浸している。
尊敬しましょう。






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