砂礫王国。

どうでもいいじゃない。
あの人は口癖のように、その一言をサラリと吐く。
潤んだ瞳を上へ向け、かすかな笑みを口元に浮かべて。
さっぱりした諦観と、きっぱりした刹那主義がほどよく混ざって、
ほんとに、どうでもいい、気になる。

いつも行ってたパスタのお店に新しいメニューが加わったとか
お世話になった先輩が来月結婚するとか
今月の映画人気ランキングとか
桜が咲くのが今年は早いとか遅いとか
好きだったバンドが解散するとか
10年に一度の珍しい彗星が近づいてきてるとか
消費税が上がるとか円安だとか
あいつが片想いしてたコに告ったとかフラれたとか
SALEにロクなもんが残ってなかったとか
次の選挙の候補者がどうとかこうとか
尊敬する研究者が新しい論文発表したとか
千秋楽の結果とか
ポーカーの次の手とか

「どうでもいいじゃない。」

ああ、マリー・アントワネットも真っ青だ。
あの人のきれいな横顔は、
感動するほどの無感動さをこめて、
鳥肌がたつほどの無関心さをこめて、
残酷なまでに整った笑顔で、
絶望するほどの明るい鈴の声で、
一切を断ち切る。

一切を断ち切る。

でも。
それなら何故あの人はいつも決まったペンケースを持ち歩くんだろう。
何故スニーカーの横に入ったラインの色にこだわるんだろう。
何故毎回きつねうどんを注文するんだろう。
何故宮沢賢治の「ポラーノの広場」をそらで声に出せるんだろう。

どうでもよくないんだよ。
気づいてないなら何回だって言ってやるよ。
どうでもいいならあの人は今頃、
家中の窓を真っ黒に塗りつぶしているはずだから。

そんなにホットミルクが愛しいんでしょう。
そんなに桜の甘さに惹かれるんでしょう。

夢なんて見ても見なくてもいいんだ。
どっちみちそんな重要なことじゃないんだから。
あんぱんを食べようか、じゃむぱんを食べようかの違いだけさ。

だからさ、
怖いなら怖いでそれでいいけど、
5回に1回は飲み込んでよ、
そのバナナの皮みたいに目立つ黄色のとんまなセリフ。



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