真昼の月。

歯に衣着せずにモノを言わせてもらうと、あたしはミナが嫌いだ。
大嫌いだ。
一応社会の関係の中で生きてる身分だから、
それなりに建前も言えるしポーカーフェイスもできるし愛想笑いも簡単だけど、
出来ればあたしの記憶から完全抹消したいくらい、ミナが嫌いだ。

中途半端にプライドだけ高くて、
でもそれに見合うだけの何かを手に入れるために、
死ぬ気で努力するわけでもなく、かといって天賦の才能があるわけでもない。
開き直って欲しい物を模索するわけでもない。
表面上は「あたしそんなものに興味ないし。」ってスタンス。
でもホントは首を突っ込む勇気がないだけだから、
興味がないというよりは、自分で勝手に理由作って逃げてるだけだね。
バレバレだっつーの。(特にあたしには、さ。)
いつだって自分が中心にいてチヤホヤされてないと機嫌が悪いし、
他人の意見なんて全然聞かないくせに、自分の意見が通らないとふてくされる。
男の前だと声音も仕草もガラリと変わって、天然カワイコちゃんを完璧に演じ通す。

このアマ、いっぺんこてんぱんにのしたろか、
なんて思うときも、たまにどころでなくかなり頻繁にある。

実際、ミナがこの劇団に入れたのだって、実力じゃなく単なるコネだ。
まぁコネも実力っちゃ実力だから、悔しくもないし頭にもこない。
でも、そんな情けない方法で入団したからこそ、
入ってからは他の団員の10倍努力して栄光を掴み取ってみせる、
って、あたしなら思うけどね。

自分で言うのもナンだけど、あたしはハッキリ言って美人だ。
父親がイギリス人なのもあって、顔立ちは彫りが深く目も大きい。
スッと通った鼻筋に、ピンク色の薄い唇。
身長もあるし、スタイルだって日本人離れしている。

でも、そんなものは「あたし」の単なる付属品でしかなく、
睫毛が長かろーが地毛が栗色だろーが、褒められても別に嬉しくはない。
だからこそ、そんなくだらないことですらあたしにいちいち突っかかるミナは愚かだと思う。
練習後の反省会ではすぐにあたしを名指しで批判する。
どうしようもなくどうでもいいことでね。
あたしがミナに反論しないで放っておくのも気に入らないらしく、
最近はますます彼女に嫌われてるみたいだ。

あたしには、才能、は、それなりにしかないと思う。
でも、それを補う分の練習や情報収集には骨身を惜しまない。
負けたくないから。
あたしは、ただお芝居していられれば幸せな金持ち道楽のお嬢さんじゃないから、
いつか絶対、この仕事で独立して食っていけるようになりたいから、
何が何でも勝利を掴み取らなきゃならない。

ミナは違う。
ちょっとした暇つぶし程度の感覚で、この劇団に所属している。
だけどプライドは高いから、それでも、自分がヒロインじゃなきゃ気に入らないんだ。
あたしは、自分の方向性がこの劇団のポリシーと合ってると思ったからここに入団したけど、
ミナは、単にここが最近メキメキ伸びてきた「話題の」劇団だったからにすぎない。
よくもまぁ今までそんな人生選択でやってこれたと首かしげたくなるけど、
現状としてそうやって生きてこられてしまうのだから文句も言えない。

でさ、こないだ、ミナがふられたんだ、ずっと熱上げてた美術監督の篠崎さんに。
単に劇団員の女の子達の人気No.1だから狙ってただけだけどね、絶対。
もうその日の練習では、始めから終わりまでずっとぐすぐす泣いてて、
慰めて欲しいオーラ全開。あたし可哀相でしょオーラびんびん。
心の底からタメイキついちゃった。
この分じゃ明日は真っ赤に泣きはらした目をこれ見よがしに見せびらかして、
口数少なく、ふと涙ぐむ、悲劇のヒロインばりの大根役者になってるだろーな。
リアルに思い浮かべられる翌日の光景に、あたしはウンザリした。
呆れてモノも言えない、とはこのことかって感じだった。

次の日、練習前に更衣室でジャージに着替えてたら、
静かにドアが開いて、帽子を目深にかぶったミナが入ってきた。
「おはようございまーす。」
オトナなのでね、一応嫌いな女にもご挨拶するあたし。
ミナは小さな声で「おはよう。」と言うと、こそこそと更衣室の隅の長椅子に座った。
鞄から、入口の自動販売機で買って来たらしい缶ジュースを2つ取り出す。
それを両手に1つづつ持つと、ゆっくりと目に当てた。

「…なに、やってんの?」
変なことやってるなぁ、新しい気の引き方かな、なんて思ってそう聞くと、
ミナは、
「…目、冷やしてるの。」と、面白くなさそうに答えた。
「大分腫れ引いたけど、まだちょっと赤いから。」
「別にいいんじゃない?まだ本番先だし、気にしなくても。」
「…そうだけど。…篠崎さんに、万が一にでも、心配させたら嫌だから。」
「・・・・・・・。」

根っこは腐ってないじゃんか。
見せびらかして、かまってもらって、ワガママ言って満足するお姫様じゃないってことか。
いいんじゃない、そういうプライド。


その日、ミナは、ひとことも泣き言を言わず、同情もひかず、いたって真面目に練習に参加した。



やっぱりミナは大嫌いだし、できることなら顔も見たくない。
けど、もしかしたら、百万分の一くらいの限りなく低い可能性で、
コイツをいい奴だって思える日がくるかもしれなくて、
だからもう少しだけ、遠巻きに彼女を見ていることにした。
あの、缶ジュースを目に当ててたミナの姿を思い出せてるうちは。




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