地下鉄。
そのまま帰ってこなかったんです。
いや、はねられたとかそういう不吉な意味じゃなくてさ。
言葉通り、いなくなっちゃったってこと。

大きな荷物抱えてたわけでもないし、
家出癖のあるコでもなかったし、
人生退屈とかその手の症候群にも煩わされてなかったしね、
切りすぎた前髪がかわいい、
実年齢よりちょっとだけ若くみられがちな、
普通の幸せな女の子だったよ。
僕の主観だけどさ。

ただ、あの時、
電車の扉が閉まるその瞬間、
ひどく老成した目つきをしてみせてね、
ぎょっとしたんだ。
僕を見ていたわけではないと思うんだけど、
(なにせそのまっすぐな視線は僕を突き抜けて後ろを見ていただろうからね)
最後の最後になって、僕に、なんらかの意志を伝えようと、
自分のなかの深淵をチラと見せてくれたのかもしれない。

あの日からかれこれ8年がたつけど、
彼女は帰ってきていない。
ただね、あの日と同じ日に、同じ時間に、同じプラットフォームの、同じ場所で電車を待っていたら、
ひょっとして、滑り込んでくる電車に彼女が乗ってるんじゃないかと思ってさ、
何の根拠もないけどね、
僕は毎年、こうして待ってるんだよ、
8年分の、小さなニュースをたくさん頭に詰め込んで。
だって、もし本当に彼女が乗っていて、
目的の駅まで2人で話をできる状況になったとして、
その駅がそれなりに遠かったとしたら、
地下鉄じゃあ窓の外には暗い壁しか見えないし、
何か話せるように、準備しとかなきゃならないじゃないか。




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