マルボロ。


「じゃあ聞くけどさ、
戦争は危険だけど全員が死ぬって訳じゃないだろ。」

     話をそらすなよ。

「そらしてねぇよ、いいから聞けって。」

     俺はお前が今プカプカさせてるその煙について話してるんだよ。

「だからさ、こいつも同じだと思うわけ。」

     は?

「お前、バカか?ほんとに大学なんて行ってんのかよ?」

     俺がバカならお前は殿様だ。

「お?なんだお前、お世辞言えるようになったのか。
殿様ってのは悪くねぇ商売だよなぁ。」

     ありえない話だって意味だ、この大バカ。

「…お前、つくづく嫌な奴だな。
そんな遠まわしに嫌味言われたって気づかねぇよ、
もっとストレートに生きろ、ストレートに。
ジョーとかケンシロウとか水戸黄門とか俺とか見習え。」

     いい加減にしてくれ。
     とにかく、金がかかるだけで何のたしにもならないそんなものはもうやめろよ。
     雪江さん、心配してるんだろ?少しは他人に気を遣え。

「だからね、あのさ、こいつも戦争と同じでね、
吸ったら必ず病気になるとか、吸ったら必ず痩せるとか、
吸ったら必ず金持ちになるとか、そういうモンじゃねぇんだよ。
運がいい奴は生き残るし、その後の余生も万々歳だ。
そして俺はまれにみる強運の持ち主だしよ、
残念ながら末永く雪江といちゃいちゃ過ごしちゃうわけだからさ、
そろそろその仏頂面やめて、飯でも食いにいこうぜ。
腹減ったよ。」



そんなわけで俺達は駅近くの定食屋に行き、
いっぱいだったので路地を1本ずらしたラーメン屋へ行き、
そこもいっぱいだったので仕方なく牛丼屋で大盛をがっついた。
帰り道であいつはまたプカプカ煙をくゆらせ、
わざとらしく、もったいぶった口調で、
「かぁーっ。夜風の中での一服がまたたまらないんだよな。」
なんぞとうそぶいてみせた。






結局あいつは肺癌で死んだ。
雪江さんは、今でも元気にトマトを栽培している。
吸いたくても吸えない奴に説教垂れるのは心が狭く思われそうなので、
俺はしぶしぶあいつの墓に愛煙していたマルボロを供えてやる。
やはりあいつはバカだと思うが、いいバカだったんじゃないかと思う。




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