MG42 Machine-Gun
MG42マシンガン

 MG42マシンガンことマシーネンゲヴェール42は第二次大戦時、ドイツ軍とその同盟軍にて幅広く使用されたマシンガンである。その傑出した性能から、連合軍はMG42を「ヒトラーの電動ノコギリ」と呼び大変恐れていた。
 MG42は第二次大戦に投入された数あるマシンガンの中でも頭一つ抜けた性能を持って いた。プレス加工により安価かつ性能を維持したまま大量生産を可能とした本体には徹底して軽量化が施され、従来数人で扱う兵器であったマシンガンを個人で 扱えるまでに小型・軽量化した。発射速度は最高で毎分1500発に達し、文字通り空間を薙ぎ払うかのように弾幕を張る事ができた為、MG42一挺の火力は 歩兵10人に匹敵すると言われた。またMG42は高い連射速度から来る銃身の加熱を考慮し、ボタン一つで銃身を交換できる仕組みを持っていた為、焼け付いた銃身を次々と取り替えて間断無く撃ち続ける事が出来た。(ノルマンディー上陸作戦時に配備されていたあるMG42は12000発撃ったという)
 MG42は1942年から 終戦の日までドイツで生産され続けていたが、常に供給を上回る需要があった為、どこの部隊でもMG42は貴重品であった。
 余談だが、第二次大戦のドイツに は通常の軍とは異なる「ヒトラーの私兵」とも言うべき「武装SS」という組織があった。その第二師団である「ダス・ライヒ」は、対フランス戦から終戦のそ の日までほとんど休息無く最前線で戦わされていた為、大変に損耗が激しく「死神部隊」と呼ばれていたのだが、ダス・ライヒの古参兵達は「ヒトラーの我侭に 付き合っているんだから、せめて装備くらいは最新の物をよこせ」という理由で、他の部隊からMG42を「ギンバエする(軍隊用語で盗むの意)」のに忙し かったという。ダス・ライヒは行く先々で燃料を盗んだり、イタリア軍から服をかっぱらったり、輸送中の戦車を強奪して員数合わせをしていたのだが、 MG42は特にダス・ライヒのお気に入りであったらしく、かなりの数を揃える事に成功していたようだ。事実1944年の夏にダス・ライヒと戦ったイギリス 軍やカナダ軍はMG42の前に大変な数の犠牲者を出していた為、BBCはMG42の特集記事を組んで性能を連合軍に伝えている。日本にも輸入されていたよ うだが、量産はされなかったようだ。