りすこの部屋 りすのおはなしその2 [index] [どうぶつ部屋] [わたし部屋] [企画モノ部屋] [掲示板(animal)| 掲示板(etc…)] [営業案内] [サイトマップ] [mail to]

 りりこは森のはずれに、森のことを研究しているお父さんとふたりで暮らしています。森の中での研究が終わって家に帰ってくるお父さんのもとには、時々、病気や怪我をした動物たちがやって来ては治療をしてもらっています。

 ある時は朝早くにドアをノックする音がしました。目を覚ましたりりこがそうっとドアを開けてみると、朝の光の中に、不安な顔をしたきつねのお母さんがいます。
「どうしたの?きつねさん」
「朝早くにごめんなさいね、りりこさん。実は、うちの子供が朝の散歩の最中に、よそ見をしてはしゃぎまわっていたものだから、木の切り株にぶつかって、けがをしてしまったんです」
 お母さんきつねの後ろから、泣きべそをかいている子ぎつねが顔を出しました。見ると、後ろ足に少しはれているようです。
「まあ大変だわ。今、お父さんを起こしてくるわね」
 りりこは慌てて家に入り、まだ寝ているお父さんを起こしました。とても眠そうでしたが、りりこがきつねの親子のことを話すと、急いで寝間着のままで出てきました。
「うーん」
 きつねの子供の様子を見たお父さんはちょっと難しい顔をしました。
「これは少し、入院しないとだめだな」
 それを聞いたお母さんきつねは、ますます心配げな顔をし、子ぎつねは、お母さんきつねのしっぽをしっかりつかんで不安そうです。
 「大丈夫、大丈夫、そんなに心配しなくても。ほんの何日間かだけ、うちにいれば、すぐ直るさ」
 それを聞いて、やっときつねの親子は安心したようです。りりこも、ほっとしました。あのかわいい子ぎつねと少しでも一緒にいられるのも、ちょっぴり嬉しかったのです。

 3日目の朝、子ぎつねは、迎えに来たお父さんお母さんと一緒に、森に帰っていきました。
「気を付けてね」
 りりこはお父さんと一緒に手を振りました。
「よかったね、お父さん」
 そう言いながらもりりこはほんの少しだけ、寂しくなりました。それは、かわいい子ぎつねが森へ戻ったからだけではありません。やさしかったお母さんのことを思い出していたからでした。りりこのおかあさんは、まだりりこが小さかった時に、病気で亡くなっていたのです。でも、とってもやさしかったことと、お父さんがずっと熱心に看病していたことは覚えています。
 お父さんはとてもやさしいですが、時々こうして、親子の動物たちを見ていると、さびしくなることがあります。そんなりりこの気持ちがわかったのか、お父さんはりりこの頭をぽんと大きな手で撫でてくれました。

 りりこが動物を助けてあげたこともありました。ある時、森に花を摘みに行ったりりこは、木陰でぐったりしているりすを見つけました。
「りすさん、りすさん、どうしたの?」
 声を掛けても返事がありません。そっと触ってみると、がたがたと震えています。りりこは花かごにハンカチを敷いて、その上にりすを寝かせ、あわてて森のはずれの家に戻りました。
「お父さん!お父さん!りすさんが変なの。早く見てあげて!」
 でも返事がありません。お父さんは研究の会があって街に出ているのでした。そういえば少し帰りが遅くなると言っていました。
 「どうしよう... 」
りすははぁはぁと、辛そうです。あの立派なしっぽも、しぼんでいるように見えます。
 りりこは、自分が風邪をひいた時にお父さんがしてくれたことを思い出しました。自分の部屋のベッドにりすを寝かせ、部屋をうんと暖かくしました。毛布を掛けてあげてからベッドの横に座って、じっとりすの様子を見ていました。
 どのくらいたったでしょう。やっとりすが目を開けました。
「りすさん、気が付いたのね。もう大丈夫よ。ミルクをお飲みなさいな」
 暖めたミルクを少しずつ飲んでからりすが言いました。
「ありがとう、りりこさん。もうあのままあそこで死んでしまうかもしれないって思っていたんです」
「今日はおうちに泊まっていきなさいね。もうすぐお父さんも帰ってくるわ」
「え、先生はいないんですか?じゃありりこさんが一人で看病してくれたのですか」
「ええ、どうしていいのかわからなかったのだけど、とにかく暖めてあげようと思って」
「りりこさんありがとう」
 りすは本当に嬉しそうでした。
 間もなくお父さんが帰ってきました。倒れたりすを見つけた事、家に連れてきて看病した事、ついいましがた、目を覚ました事などを、まだ荷物を持ったままのお父さんに報告しました。
 そしてお父さんはすぐにりりこの部屋に行き、りすを診察しました。りりこの看病は、りすにとって一番いい方法だったようです。
 次の日の朝には、りすはもう森に帰れるくらいに元気を取り戻しました。お昼までりりこたちと一緒に過ごしてから、しっぽをぶんぶんと振って、りすは森に帰っていきました。その後りりこはお父さんから、街のお土産をもらいました。きれいな色のリボンは、ちょうどいいごほうびにもなりました。

 ある日お父さんが街に本を買いに行っている間のことです。りりこはひとりで、森に木の実をとりに行くことにしました。おいしいくるみのパイをお父さんに作ってあげようと思ったのです。今日はとってもいいお天気。暑い夏はとうに去り、あちこちが秋色に変わっています。森の中では動物たちが遊び回っています。
「きつねさんこんにちわ」
 きつねの親子がお花畑をお散歩しています。
「りりこさんこんにちわ。このあいだはこの子のけがを治してもらってありがとう。先生によろしく伝えてください」
 あの子ぎつねももうすっかり元気そうに走り回っています。また怪我をしやしないかと、りりこはちょっぴり心配になりました。
「子ぎつねさん、気を付けてね」
 りりこはきつねの親子に手を振って、森の奥に入ってゆきます。
「りりこさんこんにちわ」
 どこからか声がしました。きょろきょろと声のしたあたりを見回してみると、木のうろからやまねが顔を出していました。
 「やまねさんこんにちわ」
 やまねは、ちいさなちいさな動物ですが、冬になると深く積もった雪の下で、ひとりで冬眠をして過ごすのだそうです。その話をお父さんに聞いた時、りりこはとても感動しました。あの、寒くて厳しい冬の日々を、こんなに小さい体でひとりで過ごしているなんて、本当に驚きです。
 なのに普段のやまねは、のんびりした顔をして木の枝から枝へと伝っています。今日は熟した果物でも食べたのでしょうか、口の回りを赤く染めています。
「りりこさん、この先はきのうの雨で少しすべるようだから、どうか気をつけて」
 「ありがとう、やまねさん。ところでお口の回りが真っ赤だわ、何を食べたの?」
 やまねは慌てて口を拭きました。
「すぐそこで、ぐみがもう真っ赤に色づいているんですよ。そのおいしいことったら。りりこさんもどうぞ」
「まぁ、ぐみは私も大好きだわ。あとでいただくわね」
りりこはやまねにお礼を言って、歩いてゆきます。ぐみの実は早く食べたいけれど、今日の予定がすんでから食べることにして、少し早足になりました。この先にはくるみの木がたくさんあるのです。

 りりこは、忙しげに木の実を集めているりすたちに言いました。
「りすさんたちこんにちわ。くるみの木を少し分けてくださいな」
 このあたりは、森の中でも一番に、木の実がたくさん落ちているところです。もうしばらくすると森にも冬がやってきます。そのためにたくさんの木の実をあつめなくてはならないのですから、りすたちも大変です。
「りりこさんならいくらでも取って行ってくださいな。ここのくるみは森で一番です。おいしいお菓子をつくってくださいね」
 そう言ったのは、あのりりこが看病をしたりすでした。りりこがくるみのパイを作ることをどうして知っているんだろうと考えてみると、あの日、森へ帰る前に一緒にくるみのパイを食べたからでした。
「ありがとう、りすさん。その後具合はいかが?」
 りりこは、りすとお話をしながら、落ちているくるみを拾っては、かごに入れていきます。りすも、ほほ袋にたくさんのどんぐりを詰めたようです。
「じゃあ、りりこさん。家にこの実を置いてこなくてはいけないから、これで」
「それじゃあね、りすさん。私はもう少し先まで行ってみるわ」
 りすと別れてりりこは、森のもっと奥へ進んでゆきます。うんとたくさんのくるみが入っていたほうが、パイはおいしいのです。ほら、あちらにもこちらにも落ちています。

 「あ!」
 あれほどやまねが注意してくれたのに、ぬれた葉っぱに足を滑らせて、りりこは転び、急な斜面を転げ落ちていきました。ごろんごろんと転がり落ちている間、もうりりこには、どちらが上かどちらが下かもわかりません。いつしか気を失ってしまったようです。

 ほっぺたがひやり、として、りりこはそうっと目を開けました。りりこのほっぺたに手を当てていたのは、さっきのりすでした。
「りりこさん大丈夫?枝の上からどんぐりを落とそうとしていたら、りりこさんがころがるのが見えて、びっくりして飛んできたんです」
 りりこは、少しづつ今の出来事を思い出してゆきました。一番大きな木の根っこのそばに落ちていたくるみを拾おうと手を伸ばした時に、つるりと足を滑らせてしまったのです。それにしても、ずいぶんころがり落ちたようです。木漏れ日がさす、大きな木の葉っぱたちがうんと上の方です。
「りすさん、ありがとう。でももう大丈夫よ」
 そう言ってりりこは立ち上がろうとしました。
「いたた... 」
 足がひどく痛んで立ち上がれません。痛いところを見てみると、木の株にでもぶつけたのか、血がにじんでいます。
「りりこさん、大変!ずいぶん痛みますか?」
「少しね。でもちょっとすれば大丈夫だから、心配しないでね、りすさん」
 でも、りりこが痛いのを我慢しているのは、りすにもわかりました。どうしたらいいのかあれこれ考えたあとで、りすは自分の家に、傷にとてもよく効く薬があったことを思い出しました。
「少し待っていてください、薬を持ってきますから。すぐに戻ってきます」
 そう言うとすぐに、りすは家に走って戻りました。りりこは傷がさっきよりも痛くなってきて、りすにお礼も言えません。

 りすは本当にあっと言う間に戻って来ました。手には小さな薬びんを持っています。
「さあ、これを塗ればすぐに直ります」
 そう言って薬びんの中の薬を、りりこの傷に、ひとぬり、ふたぬり... 。
「あ!」
 そう叫んだのはりすでした。りすのための薬ですから、ほんの少ししか入っていないのです。りりこの傷にはちっとも足りません。薬びんの中には、あと、ひとぬり分の薬だけ、でも、りりこの傷にはまるで足りません。
 叫んだきり黙ってしまったりすに、りりこは目を向けましたが、痛くて声を掛けられません。りすさん、もう大丈夫だから、りすさんの大事な薬が無くなったら大変だから、と、りりこは言いたいのに、言えないのです。
「いいことを思いつきました。もうちょっとだけ、待っていてください。今度はきっと大丈夫」
 りすは、りりこが見たことのない程に速く走って、森で一番大きな木に、かけ上りました。どんどん高くにまで登っていくのがりりこにも見えます。一番高いところに、りすのしっぽが見えて、きらりと光りました。
 りすさんはどこまで行ったのかしら、とりりこは思いました。あんなに上まで登って行くのは今までに見たことがありません。それにしても、とりりこは考えました。怪我なんてしたのがわかったら、お父さんにまた心配を掛けちゃう、このあいだは、ほんの少しの熱が出ただけでずっと看病をしてくれたのに。

 どのくらい時間がたったのでしょうか、りすが走ってくるのが見えました。手に何かを持っているようです。木の枝のように見えます。そんなものをなんで持って来るのでしょう。
 まもなくりりこのそばにりすがやって来ました。りすが持っているのは木の枝ではないようです。りりこが今までに見たことのないような美しい色の杖でした。
「それは何?なんてきれいなのかしら。いったい何に使うものなの?」
 りりこはなんだか見ているだけで、さっきからの痛みが薄らいでゆくような気がしてきました。
「いつもりりこさんには優しくしてもらっているから、借りてきたんです。すぐに傷も治りますよ」
「りすさん、誰から借りてきたの?その杖で傷が治るの?」 するとりすは、こんな話をしてくれました。

 この森には、たくさんの種類の動物たちが暮らしています。みんなとても仲良しなのは、りりこさんも知っているでしょう?それでも時々はけんかもあるんです。みんなで仲直りをさせようとするのだけど、なかなかうまくゆかないこともあります。そんな時には、あの、森で一番高い木のてっぺんに行くんです。そこには、森で起こることをすべて見ている神様がいるんです。そしてどうしたら一番いいのかを教えてくれます。
 りりこさんやりりこさんのお父さんが、森の仲間たちにいつも親切にしてくれているので、力になってあげなさいと、この杖を渡してくれました。

 りりこはりすの話を不思議な顔をして聞いていました。あの木の上に神様がいるなんて。そしてりりこやお父さんのことを知っているなんて。
「ねえ、りすさん。神様ってどんななの?私は見たことがないわ」
「わたしたちりすが会いに行くと、りすの姿をしています。やまねさんが行くとやまねの姿をしているそうです。でも、本当はお日様なのだと、ひいおじいさんから聞いたことがあります」
「お日様って、あの?」
 りりこは空を指さしました。今日はすっきりと晴れ渡ったいいお天気ですから、お日様ももちろん見えています。たしかに森で起きることはすべて見えるでしょうけれど、りすややまねに姿を変えるなんて、やっぱり不思議な気がしました。
「そうですよ。そんなことより、りりこさん、さあ怪我の手当をしましょう。目をつぶってください」
「一体、なにをするの?その杖で、傷を手当するの?」
「ちょっと、驚くかもしれません。でも心配しないで目をつぶっていて下さいな、りりこさん」
 りりこは、少しどきどきしましたがりすを信じて、目を閉じました。どうやらりすは、りりこの頭の上にさっきの杖をあてたようです。そして、いい匂いの風がさぁっとりりこのまわりを吹いていきました。
「さあ、りりこさん、そうっと目を開けて下さい。でもびっくりしないでくださいね」
 こころなしかさっきまでより、りすの声が大きくなったような気がしました。
 りりこはそっと目を開けました。... 驚かないではいられません。りりこの目の前に、りりこと同じ背の高さに、りすが立っていました。りすが大きくなったのでしょうか、りりこは周りを見回してみました。りりこが拾ったくるみがかごから出ていましたが、それはりりこが両手でやっと持てるくらいの大きさです。どうやらりりこが小さくなったのです。
「... りすさん、どうして?私小さくなっちゃったの?」
「驚いたでしょう?神様に、よく効く薬がほんの少ししかなくてりりこさんの怪我にはまるで足りない、と相談をしたら、ではりりこさんに小さくなってもらってそれで薬を塗って治しましょう、ということにしたのです」
 りすはそう言いながら、薬瓶から残った薬をりりこの傷に塗りました。さっきは、まるで足りなく見えたのに、今はりすの小さな手でのひと塗りでりりこの傷はすべて隠れました。じんじんしていた痛みも遠くに行ったようです。
「さあこれでもう大丈夫です。もう痛くないでしょう?傷もすぐに良くなるはずです」
「ありがとう、りすさん。... それにしても、りすさんと同じ大きさだなんて、不思議。それにこんなに近くでツリガネソウやアザミを見たのははじめてだわ。なんてきれいなのかしら。小さい草たちも、こんな形をしているのね。木もあんなに大きいなんて」
「私たちのような小さな生き物から見ると、森はまるで宇宙みたいに大きいんです」
 りすの言葉はりりこには少し難しかったけれど、りすややまねやきつねたちにとって、森はとても大事な場所なのだと言うことはわかったような気がしました。
「さてりりこさん、この杖は、また困った動物に貸すかもしれないのでそろそろ返さなくてはいけません。もとの大きさに戻ってくださいね」
 りりこは、小さいままで森の中をもっとあちこち探検して見たかったのですが、りすの話にうなずいて、さっきのように目を閉じました。頭の上に杖があたり、風がさっと通り過ぎると、りりこはもとのりりこに戻りました。森で一番大きな木を見上げると、葉っぱがきらきらと、もう夕方のお日様を受けて光っています。
「りすさん、ほんとうにありがとう。足ももうちっとも痛まないわ」
「りりこさんにはいつも優しくしてもらっていますから、やっとお返しが出来てとても嬉しいです。帰り道もどうぞ気を付けて」

 りりことりすは、森で一番大きな木の下まで一緒に歩いて来ました。
「それでは、りりこさん、ここでさようなら。また、お会いしましょう」
「さようなら、りすさん。また一緒に遊びましょうね」
 りすのしっぽが茂みに消えるのを見てから、りりこは森の出口に向かって行きます。これまでも大好きだった森ですが、なんだかもっともっと好きになったように思いました。

 お父さんにはどういうふうにお話をしよう、お父さんも森の神様のことを知っているのかしら。遠くに見えるきつねの親子に手を振りながらりりこは考えました。今日のくるみのパイは、いつもよりもおいしく出来そうです。

background by Angelique


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