虚無の創造
手が、届かない。そもそも、手が、伸ばせない。
窓にはめられた鉄格子によって線が引かれた空は、限りなく青いのに。輝く、とまでは言えないものの、そこには確かに明日が詰まっているというのに。
自分の手は、届かないのだ。
暗く冷たい牢獄にじゃらりと重たい鎖の音が響く。腐臭が鼻腔をつく。陰気だとか、寂しいとか、つまらないとか、孤独だとか、そういう次元の話ではなかった。
ここでは何も生まれない。無から有は創れない。
そう、ここには何も無い。
両手足を鎖に繋がれ襤褸い囚人服を着た女は、つ、と視線を上げた。誰かが格子越しに立っている。淡いランプの光がおぼろげに輪郭を浮かび上がらせるが、背の高い男だという事しか分からなかった。興味もない。
女は視線を下げた。
「随分と酷い格好だな」
男は無遠慮に言葉を投げる。女が聞いていようが聞いていまいが、どうでも良さそうだった。
「何十人にも及ぶ少年少女達の血を浴びてきた殺人鬼だとは、思えないな」
男は少し沈黙して、
「お前は何がしたかったんだ?」
それはただの呟きのようにも聞こえた。
「創りたかったの、マスターがしてくれたように、私も」
「お前……」
男は合点がいったようだった。
意思を持つ人形。女のマスターは優秀な人形師だったらしく、彼の作品である女もまた優秀で、人間らしい思考を持った人形だった。全てマスターから聞いた話だから、女としてはあまり実感が湧かないが。
しかし――
「動かなくなったマスターの命を、創りたかったの。明日を、創ってあげたかったの。たくさんの命を使えば、創れると思ったの」
でももう無理ね。
女は嘆息する。
「この手は、もう何も掴めない」
その思考力、行動力が仇となった。論理など吹き飛んで、女はただ「創造する」という概念にとりつかれて人間達を殺してきた。
「嗚呼、マスター、嗚呼、マスター。会いたいよ、会いたいよ……マスター!」
女は鎖を鳴らして、悶える。
「お前のマスターは、自殺だったんだ」
「……え?」
「お前に耐え切れなかった、と遺書を残していた」
男は靴音を響かせて、何も無い牢獄から姿を消した。
取り残された女は、呆然とする。
なんとはなしに、自分の手を見た。
私は……私は……。
嗚呼、やっぱりわたしは、何も、創れない……。
窓の格子の向こうで、空が暗くなり始める。