第六十話


「あなたの記憶が戻らないとなると、私もこれ以上ぐずぐずしてはいられません。残念ですが、あなたにはここで死んでもらいます」

 言うやいなや、嵯峨宮(さがのみや)は目にもとまらぬ速さでセイラに迫(せま)った。

 強烈な当(あ)て身が決まったと思った瞬間!――セイラは消え失(う)せていた。

 振(ふ)り向きざま、嵯峨宮は指先から立て続けに閃光(せんこう)を放った。

 上空に移動していたセイラは、難(なん)なくそれをかわしたが、嵯峨宮の狙(ねら)いは別のところにあった。

 閃光と思われたものはひとつながりになった投網(とあみ)のようなもので、からめ捕(と)られたセイラは抗(こう)しきれず、猛烈(もうれつ)な勢(いきお)いで屋根に激突(げきとつ)した。

 ドォーン!という衝撃(しょうげき)音とともに身体(からだ)が叩(たた)きつけられ、屋根瓦(やねがわら)がはじけ飛ぶ。

 かなりの手傷(てきず)を負(お)ったと思われるセイラが、ゆらりと立ち上がったところに、上空から数え切れないほどの閃光(せんこう)が降り注(そそ)いだ。

 シールドを張る間もなく、衣(ころも)が切り裂(さ)かれ、もはやこれまでかと思われた時――

 忽然(こつぜん)と、セイラの姿が消えた!

 次の瞬間――

 目を疑(うたが)う嵯峨宮(さがのみや)の眼前に、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたセイラの顔があった。

 直後に、嵯峨宮は背中に強烈な一撃(いちげき)を食らって叩(たた)き落された。

 屋根に激しく体を打ちつけた嵯峨宮の烏帽子(えぼし)が吹き飛び、唇(くちびる)から血がにじみ出ている。

 地上では、篁(たかむら)が綺羅(きら)姫と真純(ますみ)を大急ぎで本堂(ほんどう)から遠ざけようとしていた。

「危(あぶ)ない――っ!」

 ナギが叫ぶと同時に、嵯峨宮の放(はな)った火球(かきゅう)がセイラを襲(おそ)った。

 火球はからくもセイラの肩口(かたぐち)をかすめ、上空に飛び去った。

「フッ、おもしろい!」

 ぼろぼろになった狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)を引きちぎり、こみあげてくる興奮(こうふん)を抑(おさ)えきれないように、セイラは笑った。

 互(たが)いの命を懸(か)けた死闘(しとう)だというのに、恐怖は微塵(みじん)も感じなかった。

 ただ存分(ぞんぶん)に戦える相手を見出したことで、セイラの中の鬱屈(うっくつ)したなにかがはじけ、ゾクゾクするような快感を覚(おぼ)えていた。

「さあ、続きをはじめようか」

 嵯峨宮は起き上がり、ゾッとするような冷たい目でセイラを見上げた。

「私が負けるはずがない!記憶を失(な)くして能力も半減(はんげん)したあなたに、負けるはずがないんだ――!!」

 その言葉を証明するように、嵯峨宮の波動(はどう)が一気(いっき)に高まった。

 屋根が激しく振動(しんどう)し、はがれた瓦(かわら)や板切れが、嵯峨宮の周囲に浮遊(ふゆう)する。

 それらは、一瞬にして鋭利(えいり)な刃(やいば)と化(か)し、上空のセイラに襲いかかった!

「いや――っ!!」

 屋根が見える山門の近くまで退避(たいひ)していた綺羅姫は、見ていられずに顔をおおった。

「大丈夫……セイラが、簡単にやられたりするものか!」

 そう言う篁は、真純の手を痛いほど握(にぎ)りしめ、食(く)い入るように屋上を見上げている。

 爆音が轟(とどろ)いて、綺羅姫が目を上げると、セイラは刃(やいば)を一掃(いっそう)していた。

 その間に、背後から嵯峨宮が迫っている。

「あの人が、嵯峨宮(さがのみや)……」

「外見(がいけん)はね……でもぼくが調べた限りでは、嵯峨宮は先の式部卿(しきぶのきょう)の宮のお子で、幼い頃から身体(からだ)が弱く病(やまい)がちだったらしい」

「病がち……?」

 綺羅姫は、篁の張(は)りつめた横顔に目をやって、

「とてもそんな風には見えないわ。セイラも言ってたけど、もし別人だとしたら……あの人は誰なの?」

 綺羅姫は上空に目を凝(こ)らしたが、二人の動きを目でとらえることはできなかった。

 立ち止まった時の残像(ざんぞう)が一瞬目に入るだけで、次の瞬間には消えていた。

 人影(ひとかげ)の見当(みあ)たらない屋根の上で、無尽(むじん)に閃光が飛びかい、爆発音がこだます。

 それは、見ている者にとって、想像を絶(ぜっ)する超能力者同士の戦いだった。

 嵯峨宮の破壊(はかい)力は、セイラを凌駕(りょうが)していた。

 もし一撃(いちげき)でもまともに受けていたら、セイラの命はなかったろう。

 だが、動きの速さという点において、セイラの方が嵯峨宮を上まわっていた。

 その速さを生かして、セイラは絶(た)えず先手(せんて)を取り続けた。

 嵯峨宮の動きを封(ふう)じるように周囲を旋回(せんかい)し、シールドを張れない距離まで一気に近づいて、胸元に気弾(きだん)を放つ。

 ドォーンと大きな爆音(ばくおん)が響(ひび)いて、嵯峨宮は深手(ふかで)を負(お)った。

 そのセイラにも体力の限界(げんかい)が迫(せま)っていた。

 およそ疲(つか)れというものを見せたことのないセイラが、大きく息を弾(はず)ませていた。

 これ以上、勝負の決着(けっちゃく)を遅らせることはできない――セイラはそう判断した。

 疲労(ひろう)が素早さを削(そ)いでしまっては、勝ち目はないからだ。

 気弾(きだん)で吹き飛んだ嵯峨宮を追って、セイラはとどめを刺(さ)そうとした。

 ――その時、突然息が苦しくなった!

 いくら吸(す)いこんでも、空気が肺(はい)にほんのわずかしか入ってこない。

 セイラの胸に、はじめて恐怖がわいた。

 見ると、こぶし大(だい)の黒い玉が頭上にひとつ、足元に三つ、セイラを取り囲(かこ)むように浮かんでいる。

 気弾を放つ寸前(すんぜん)に、嵯峨宮が手にしていたものだ。

 いつの間にかセイラは、黒い玉がつくる四面体の透明な障壁(しょうへき)の中に閉じ込められていた。

 体当たりしてもびくともしない。

 閃光弾(せんこうだん)を放っても、際限(さいげん)なく跳(は)ね返されて自分の身を傷つけるだけだった。

 この近距離では、気弾も使えない。

 息苦しさでなにも考えられなくなり、朦朧(もうろう)とする意識の中、思わずつかんだ胸元(むなもと)になにかの手ごたえがあった。

 とっさに、セイラは懐(ふところ)からそれを取り出し、長く伸びた光の剣(つるぎ)で頭上の玉を打ち砕(くだ)いた!

 障壁(しょうへき)は取り除(のぞ)かれ、セイラの肺(はい)にどっと空気が流れ込んでくる。

 急激(きゅうげき)な変化に、セイラはむせ返った。

 その一瞬の遅(おく)れが、勝負の明暗(めいあん)をわけることになる。

 次にセイラが顔を上げた時、空気が異様(いよう)なうなり音を発しているのに気づいた。

 血反吐(ちへど)を吐(は)きながら、いち早く体勢を立て直(なお)した嵯峨宮が真空波(しんくうは)を放った音だ。

 ナギのかまいたちとは比(くら)べ物にならない数と威力(いりょく)で、それはセイラに襲(おそ)いかかった。

 身構(みがま)えるいとまもなく、皮膚(ひふ)が切り刻(きざ)まれ、身体中から血が噴(ふ)き出す。

 衣(ころも)は見る見るうちに真紅(しんく)に染(そ)め上げられ、大量の出血でセイラの意識は遠(とお)のいていった。

 本堂(ほんどう)の屋根に激突(げきとつ)し、転(ころ)げ落ちるように地上に落下してくる。

「セイラ――っ!!」

 真っ先(さき)に綺羅姫が駆(か)け寄った。

 篁(たかむら)とナギ、真純(ますみ)が続く。

「セイラ、しっかりして!死んじゃいや――っ!!」

 動かなくなったセイラの顔を覗(のぞ)きこみながら、綺羅姫はぽろぽろと大粒(おおつぶ)の涙をこぼした。

 その涙が頬(ほほ)に降りかかると、わずかに目が開いた。

「綺羅姫……」

 口元(くちもと)に、かすかな笑(え)みが浮かぶ。

「泣か…なくても、いいから……」

 その時、セイラの視線(しせん)がなにかをとらえた。

「私から……離れて……」

 綺羅姫を振り払(はら)い、気力を振りしぼってセイラは血まみれの身体(からだ)を起こそうとした。

「その身体じゃ無理だ、セイラ!」

 篁の声も耳に入らないほど、セイラは後方の一点を見つめている。

 視線の先を追うと、そこには今しも地上に降り立とうとしている嵯峨宮の姿があった。

 小太刀(こだち)を握(にぎ)りしめた篁とナギが、その前に立ちはだかる。

「篁、ナギ、そこを退(ど)くんだ!」

「皇子(おうじ)の言う通りにしなさい、右近衛(うこんえの)少将。これは私と皇子の私闘(しとう)。あなた方が手出しすることではない」

 そう言う嵯峨宮の直衣(のうし)も、おびただしい血でどす黒く染(そ)まっている。

「セイラが殺されるかもしれないのに、黙って見ていろと言うのか?そんなことはできない!」

「あなたに、なにができるというのです?」

 嵯峨宮の腕が上がって、指先が篁に向けられる。

 ピィーンという甲高(かんだか)い音がして、偶然(ぐうぜん)かまことか、篁の肩を狙(ねら)った閃光は小太刀に弾(はじ)かれた。

「ほう……」

 嵯峨宮の目に、予想を裏切られた苛立(いらだ)ちが浮かぶ。

 篁は、みぞおちのあたりにヒヤリとしたものを感じながら、

「離れて戦うのは不利(ふり)だ。ナギ、ぼくが嵯峨宮に斬(き)りこむ。おまえはその間に、みんなで逃げる方法を考えてくれ」

 小太刀(こだち)を握(にぎ)りなおし、声をひそめて言った。

「わかりました……真純、あいつを水の中に閉じ込めることができるか?」

 ナギは、すぐ後ろで息を詰(つ)めていた真純に話しかけた。

「でき…るよ。土にしみこんだ雨を、吸(す)い上げればいいから。でも……」

「心配するな。あいつを閉じ込めたら、オレが遠くへ吹き飛ばす。おまえは、オレが合図(あいず)したら――」

「待って――!」

 突然、綺羅姫が篁たちの前に進み出た。

「綺羅さん、なにをする気だ!」

「なにもしないわ。ただ話をするだけよ」

 綺羅姫はそう言って、嵯峨宮をひたと見つめた。

「あたしは権大納言(ごんのだいなごん)の娘、綺羅よ。あなた、嵯峨宮って言ってるそうだけど、ほんとはそうじゃないんでしょ?本物の嵯峨宮は身体が弱く、病(やまい)がちだったそうよ。嵯峨宮じゃないなら、あなたは誰?どうしてセイラを殺そうとするの?」

「それを知ってどうするつもりです?さっきも言ったように、これはあなた方には関係のないことだ」

「そうね、関係ないかもしれないわ」

「綺羅さん――!」

 驚いて詰(つ)め寄ろうとする篁を、綺羅姫は手で制(せい)して、

「でも、ここで死ぬかもしれないセイラは聞いておきたいんじゃないかしら。あなたが誰で、なに者なのかを……それは、あなたも一緒でしょ?セイラに殺される前に、自分のことを知っておいてほしいんじゃないの?」

「ふっ、気丈(きじょう)な姫さまだ。妹によく似ている」

 嵯峨宮は笑って、腹に手を当て顔をしかめた。

「妹がいるの、そう……その妹は、あなたがセイラを殺そうとしていると知ったらどう思うかしら?」

「妹のことは言うな――っ!!」

 叫ぶと同時に、怒りの波動(はどう)が熱風のように襲ってきて、綺羅姫はとっさに顔をおおった。

「――いいでしょう。あなた方が守ろうとする皇子がなにをしたか、教えてあげましょう。それを知ってもまだ守りたいと思えるかどうか、興味がある」


    


 嵯峨宮は冷酷(れいこく)な笑みを浮かべて、綺羅姫からセイラへ視線を移した。

「私の名はグェン、グェン=ドゥラ・クワ」

 そう言った嵯峨宮のほっそりとした色白の顔が、精悍(せいかん)な浅黒い顔に変貌(へんぼう)していく。

 烏帽子(えぼし)が飛んで露(あらわ)になった頭頂部(とうちょうぶ)の髷(まげ)も、巻き毛のようなくせのある短髪に変わっていた。

 唖然(あぜん)とする綺羅姫や篁に、嵯峨宮は挑戦(ちょうせん)的な青い目を光らせた。

「この顔がそんなに珍(めずら)しいですか?ワーレンでは、どこにでもある顔ですよ」

「ワーレン……」

 つぶやくセイラを、嵯峨宮は射(い)ぬくように見つめて、

「惑星ヨルギアにあった国です。暮(く)らしは豊かではありませんでしたが、地平線まで続く砂丘(さきゅう)に緑が点在(てんざい)する、平和で美しい国でした。そのワーレンもヨルギアも今はありません。あなたが消滅(しょうめつ)させてしまった!」

「消滅――!?私が……!?」

「フッ。王家の人間以外に、惑星(わくせい)を消滅させるほどの力を持つ者がいるとでも……?」

「そんな!だったら、セイラかどうか――」

 口をはさもうとした綺羅姫を、篁が止(と)めた。

 今は二人の邪魔(じゃま)をすべきではないと思ったからだ。

 実のところ、綺羅姫も篁も《ワクセイ》がどんなものかさえわかっていなかった。

 セイラはナギの肩につかまって立ち上がり、正面から嵯峨宮を見すえた。

「……どうして、そんなことに?」

「それを聞きたいのは私の方ですよ。調査委員会の公式発表は、突発(とっぱつ)的な重力異常による不慮(ふりょ)の事故というものでした。四十六億もの人間が死んだというのに、くわしい説明もなくたったそれだけ――」

 吐(は)き捨(す)てるように言って唇を震(ふる)わせた嵯峨宮は、次の瞬間カッと目を見開いた。

「納得できるはずがない!!」

 突然ビシッと音がして、嵯峨宮が立っている足元の地面が割(わ)れた。

 呆然(ぼうぜん)と亀裂(きれつ)に見入(みい)る篁と綺羅姫。

「私はその時アストリアにいて、消滅に巻きこまれることはありませんでした。ヨルギア人で生き残ったのは、私のように惑星を離れていたわずかの者たちだけ――」

「じゃあ、あなたの妹も……」

 口元を押さえる綺羅姫に、嵯峨宮は無言のまま奥歯(おくば)をかみしめた。

「調査委員会はなにか隠(かく)している、それははっきりしていました。真っ先に浮かんだのは、ニネベとの全面戦争……セリカラージュを独占(どくせん)するためなら、あいつらはそれくらいやりかねない」

「セリカ…ラージュ……」

「あなたの額(ひたい)を飾(かざ)っているものですよ。それほど大きなものははじめて見る。王家の財力(ざいりょく)というのは、相当なものですね」

 額の冠(かんむり)に手をやるセイラを、嵯峨宮は冷ややかに見つめて、

「その輝きは言うまでもなく、金属でありながら得(え)も言われぬ芳香(ほうこう)を放つ。その価値は金や金剛石(こんごうせき=ダイヤモンド)などとは比べ物にならない。なにより、採掘(さいくつ)できる場所が銀河中でもわずかしか見つかっていない貴石(きせき)中の貴石」

 その貴石のために――

 嵯峨宮は、ふいに顔をそむけた。

「三年ほど前のこと、ヨルギアとニネベの間にある小惑星帯……そこで、セリカラージュが見つかったのはほんの偶然(ぐうぜん)でした。調査隊が採取(さいしゅ)した資料用の岩石の中に、微量(びりょう)ながらふくまれていたのです。同じころ、ニネベでもそれに気づいた者がいて、両惑星は競(きそ)って小惑星帯に調査団を派遣(はけん)するようになりました。調査団と言うのは名目で、内実はセリカラージュの採掘……利害(りがい)が衝突(しょうとつ)すれば、向かった先々で小競(こぜ)り合いがおこるのはわかりきったこと。両惑星はその後、小惑星帯の領有(りょうゆう)権をめぐって紛争(ふんそう)が絶(た)えませんでした。だから私は――」

 そう言って視線(しせん)を戻した嵯峨宮は、自分を見つめているセイラにはっとした。

 一瞬のためらいも後ろめたさもない、澄(す)んだまっすぐな目――

 ちりちりと焼け焦(こ)げるような葛藤(かっとう)に、嵯峨宮の胸はうずいた。

「……私は、事故調査委員会の庁舎(ちょうしゃ)に忍(しの)びこむことにしました。目的はもちろん、ニネベがヨルギアを攻撃したという証拠……ところが、誰もいないはずの真夜中の庁舎に人がいたのです」

「人が……?」

 セイラがつぶやくと、またしても綺羅姫が口をはさんだ。

「だ…誰なの、その人?」

「それは言えません」

 嵯峨宮の唇に、小馬鹿にしたような冷笑(れいしょう)が浮かんだ。

「その男も、調査委員会の発表には疑問がある――そう言っていました。それを調べるためにここへきたと……私がヨルギア人で、同じ目的で忍びこんだことを言うと、知っていることをすべて話してくれました」

 まるで作り物のような、冷たい青い目がセイラに向けられる。

「最初に攻撃をしかけたのは、どちらだったかはわかりません。ですが、ヨルギアからの攻撃を受けていると、夜も遅い時間に急を知らせてきたのはニネベだったそうです。ニネベとヨルギアの間で紛争が絶えないのは知られていましたが、亜空間(あくうかん)回線を使って急報(きゅうほう)してくるのはただ事ではないと判断した国王が、あなたを調停(ちょうてい)役として派遣(はけん)した。あなたの力をもってすれば、二惑星の艦隊(かんたい)を撤退(てったい)させるのは造作(ぞうさ)もないはずなのに、その結果はヨルギアの消滅(しょうめつ)――」

「そ、んな……」

 セイラは絶句(ぜっく)した。

 嵯峨宮の高ぶった感情が、禍々(まがまが)しい妖気(ようき)のように全身を包(つつ)んでいく。

「調停役として向かった先でなにがあったのか、くわしいことは聞いていないと言っていました。ただ、帰ってきたあなたの報告を聞いた国王は大変な怒りようだったとか……『あんなものを生まなければよかった』と――」

「……国王が、そう言ったのか」

 ささえているナギにだけ聞き取れるような、弱々しいセイラの声だった。

「国王の意思(いし)は絶対であり、あなたは抹殺(まっさつ)されるべきだとあの男は言った。調査委員会がなにも言わなかった理由がわかりましたよ。王家の失態(しったい)を公表するはずがありませんからね。ただ、どうしてもわからないことがあった。なにも知らない何億もの人間の命を犠牲(ぎせい)にしてまで、なぜ惑星を丸ごと破壊(はかい)しなければならなかったのか……それをあなたに聞いてみたかった」

「すまない……なにも、答えてやれなくて……」

 内面の動揺(どうよう)を押し殺して、セイラは自分の不甲斐(ふがい)なさを詫(わ)びるしかなかった。

「そんな言葉が聞きたいんじゃない――っ!」
 
 右こぶしに込めた怒りを、嵯峨宮は本堂に向けて解(と)き放った。

 雨に濡(ぬ)れた本堂が、一瞬にして炎に包(つつ)まれ、黒煙を上げ音を立てて崩(くず)れていく。

「あなたはひとつの惑星(ほし)を滅(ほろ)ぼした!そこで平和に暮らしていた者を、なんの罪もない者たちを皆殺(みなごろ)しにしたんだ!男も女も、年寄りも赤ん坊もすべて――!どうしてそんなことができる!?痛みはないのか?罪の意識は――!?どれだけ冷酷(れいこく)で残忍(ざんにん)な殺人鬼も、あなたにはおよばない。クッ!犯(おか)した罪は償(つぐな)うべきだ。誰もあなたを罰(ばっ)しないなら、あの男に頼(たの)まれずとも私があなたを断罪(だんざい)してやる!」

「私は、死んで罪を償(つぐな)うべき大罪人、か……」

 セイラは微笑(わら)った。

 暗い水底(みなそこ)にいるような、なにも映(うつ)さない虚(うつ)ろな目で……。

「セイラ!今の話、本当に自分のことだと思っているのか!?」

「そうよ!国を消滅(しょうめつ)させたとか、星(ほし)を滅(ほろ)ぼしたとか……その人の言ってることはめちゃくちゃだわ!セイラ、そんな人の言うこと信じちゃダメよ!」

「フッ、ハハハハ……ッ!」

 突然、嵯峨宮は狂(くる)ったように笑い出した。

「あなた方はなにもわかっていない。時代が違うと言えばそれまでですが……あなた方が友と呼んでいるその皇子がどれほどの能力者か、さっきの戦闘(せんとう)を見てもまだわからないんですか?この皇子の本当の実力はあんなものじゃない。あなた方が夜ごと見上げる月を吹き飛ばすくらい、平気で――」

「ほら話は、それくらいにしてもらおうか」

 篁は小太刀(こだち)を握りしめ、一歩前に進み出た。

「どうしても、信じてもらえませんか?フゥ、仕方(しかた)ありませんね……」

 嵯峨宮の全身から、ピリピリと肌(はだ)を刺(さ)すような殺気が伝わってくる。

「ならば……邪魔者には消えてもらいましょう」

 嵯峨宮の右手が上がったその時―― 

「やめろ―――っ!!」

 セイラの絶叫(ぜっきょう)が響(ひび)き渡り、一瞬にしてあたり一帯(いったい)が凍(こお)りついた!

 足元の地面も燃えていた本堂も、見渡す限りの木々に至(いた)るまで白く凍結(とうけつ)している。

「ここにいる者に手出しすることは、私が許さない!」

「ほう、まだこれほどの力があったとは……」

 だが、嵯峨宮の落ち着きもそこまでだった。

 一歩踏(ふ)み出そうとした足が、凍(い)てついて動かない。

 そればかりか、冷気(れいき)は徐々(じょじょ)に足首から上半身へ上がってくる。

「これくらいの冷気、私にはね返せないはずが……」

 ――が、体温をあげ熱を放散(ほうさん)するいとまもなく、冷気はまたたく間に上半身に達し、嵯峨宮は硬(かた)い氷の殻(から)に閉じ込められようとしていた。

「もうすぐ心臓が止まる……」

 灼熱(しゃくねつ)した鉄のように燃えさかる目で、セイラは無情(むじょう)に告(つ)げた。

「そうなる前に、負けを認めて僧(そう)と石を返してもらおう」

「戦って、死ぬなら……本望(ほんもう)……」

 もはや首まで氷漬(づ)けになりながら、嵯峨宮はかたくなに言った。

「愚(おろ)かな!もう勝負はついている!」

 セイラが手を伸ばすと、嵯峨宮を覆(おお)っていた氷塊(ひょうかい)がバラバラとはがれ落ちた。

「また……!私を野に放つ…つもりですか!」

 立っていることができず、ガクッと四つん這(ば)いになって、嵯峨宮は歯の間から息を押し出した。

 屈辱(くつじょく)の涙が滴(したた)るのもかまわず――

「グェン、おまえは私を断罪(だんざい)すると言った。その決意は軽いものではないはずだ。死んでしまえば、断罪することもできない。それで本望と言うおまえは間違(まちが)っている」

 セイラの瞳(ひとみ)から、激しさは消えていた。

 嵯峨宮は凍傷(とうしょう)を負(お)った手足で立ち上がり、腹部からにじんでくる血を押さえた。

 当惑(とうわく)とためらいが浮かんだ目を、静かに伏(ふ)せて、

「本当に嫌(いや)になるくらい偽善者ですね、あなたという人は……その偽善者ぶりに免(めん)じて教えてあげましょう。私にあなたの暗殺(あんさつ)を依頼(いらい)したのは、オルフェウス・ラーダ」

「オルフェウス……」

「あなたの、たったひとりの側近(そっきん)です」



  次回へ続く・・・・・・  第六十一話へ   TOPへ