第三十二話


 ここは内裏(だいり)ではない!――と気づいた時は遅く、牛車(ぎっしゃ)の側面からセイラの目の前に、白刃(はくじん)が突き出てきた。

 時をおかず、反対側から突き出た二本の太刀(たち)が、胸元に迫(せま)ってくる。

 セイラはかろうじて太刀をかわすと、牛車の前方から転がるように外に飛び出した。

 いつの間にか牛は外されていて、セイラはしたたか軛
(くびき=轅の先につける横木。牛の首につける)に頭を打ちつけた。

 あたりは暗く、雨上がりの湿った土の上に雑草が生(お)い茂っている。

 濁流(だくりゅう)の音がさっきよりも大きく、すぐ近くに聞こえた。

 目を上げると、心もとない星明かりの下に浮かび上がる黒々とした影。

 二十とも三十とも思えるその人影は、無言のままセイラを取り巻いて、今にも斬(き)りかかろうとしていた。

 ――楊姫(ようひめ)が、なぜ……!?

 とっさに、セイラの脳裏(のうり)をそんな思いがよぎった。

 が、それに気を取られているよゆうはなかった。

 一斉(いっせい)に斬りかかってきた敵をさけようとして、セイラは上へ大きく跳(と)んだ。

 討手(うって)の頭上を跳び越え、最後方にまわり込むと、度肝(どぎも)を抜かれて棒立ちになっている男の腕に、強烈な手刀(しゅとう)をあびせる。

 落とした太刀をすかさず拾い上げ、相手の首に押しつけてぐっと力を込めた。

「誰の命令だ!?言わなければ斬る――!」

「ひぃーっ!」

 男は恐怖に引きつった声を上げ、ガクガクと震えながら、

「さっ、さ…さ…さだい……」

 ――とその時、暗闇から現れた太刀が、男の胸を刺し貫(つらぬ)いた。

「それを聞いてどうする?冥土(めいど)の土産話(みやげばなし)にでもするつもりか?」

 倒れた男の体に足をかけ、太刀を引き抜いた男の非情な声に、セイラの怒りがこみあげてくる。

「無益(むえき)な殺生(せっしょう)を――!仲間ではないのか!」

「ふん。人のことより、自分の身を案じた方がいい。月の君とはよく言ったものだ。闇に光って見える獲物(えもの)なら、しとめるのにこれほどたやすいことはない」

「それはどうかな」

 男を腕の立つ相手と見るや、セイラは全身の気を集中させた。

 次の瞬間、空を切り裂(さ)いた太刀先から発した凄(すさま)まじい風圧が、目もくらむばかりの光を発し、男に襲いかかった。

 なにが起きたのかを理解する間もなく、一瞬にして男は倒れた。

 一斉に、恐れをなして後退(あとずさ)る人影。

 その隙(すき)を、セイラは見逃(みのが)さなかった。

 うなりをあげる川の反対側、なだらかな斜面の上に整然と立ち並ぶ木々の輪郭(りんかく)。

 その景色に、セイラは見覚えがあった。

 ――あれが松の並木なら、ここは九条……権大納言(ごんのだいなごん)殿の別邸が近い。

 セイラは裸足(はだし)のまま、満身(まんしん)の力をふりしぼって走った。

 左大臣か左大将――待ち伏(ぶ)せていたのは、そのどちらかの手の者に違いない。

 そんな連中を恐れるようなセイラではなかったが、楊姫からの文が気にかかっていた。

 文に書かれていたのは、楊姫でなければ知るはずのない内容だった。

 もしあの文が、まぎれもなく楊姫からのものだとしたら、連中がそれをどうやって手に入れたかはともかく、今は楊姫のもとに急がなければ……。

 しかし、セイラの体力は限界に近づいていた。

 気を放った代償(だいしょう)は大きく、疲労が全身を襲い、呼吸が大きく乱れている。

 視界(しかい)がふらつき、足が鉛(なまり)のように重かった。

 高熱に侵(おか)され、急速に体力を奪われたセイラの身体は、立っているのがやっとの状態で、足を一歩踏み出すごとに、体中の細胞が悲鳴を上げていた。

 突然ガクッと膝(ひざ)が折れ、セイラは草むらに倒れた。

 泥水(でいすい)にはまり、体の平衡(へいこう)を失ったせいだ。

 ――と、こちらに近づいてくる聞き覚(おぼ)えのある声がした。

「あやつめ、どこへ消えおった。えーい捜(さが)せ!草の根をわけても捜し出せ――!!」

「まだ、そう遠くへは行っていないはずです。闇に光って見える相手なら、捜し出すのにさほど時間はかかりますまい。なあに、見つけたら次こそは必ずや、この私がやつの息の根を止めてご覧(らん)にいれましょう」

「ふん!大口をたたくのもよいが、そなたも見たであろう、貞時(さだとき)を倒したあの光を。あやつは化物だ!油断(ゆだん)はできぬ。万が一あやつを生かして帰すようなことがあれば、今度はわしの身が危うくなるのだぞ!」

「貞時なんぞにまかせたのが間違いでした。最初から私にお命じくだされば、あのような失態(しったい)は……おや、あれはなんだ?」

 駆(か)け寄ってくる二つの足音に、セイラはこれ以上逃げ切れないことを覚悟した。

 手にしていた太刀を杖(つえ)がわりに立ち上がったセイラは、微笑(ほほえ)もうとしたが、苦痛に顔がゆがんだだけだった。
          ・ ・
「これはこれは、やぎ殿。こんなところでお会いするなんて奇遇(きぐう)ですね。それとも、こそこそ隠(かく)れてご覧(らん)になっておられたとか……?」

「化物(ばけもの)め!きさまの減(へ)らず口も、それが最後だ!者ども――!ここじゃ!ここにいたぞ――!!」

「殿はお下がりください。こやつの相手は私がいたします」

 太刀を構(かま)えた折(お)り烏帽子(えぼし)の侍(さむらい)を見ても、セイラは相手にするようすもなく話し続けた。

「私は、あなたの従者(じゅうしゃ)をお返しするつもりでいたのです。ひとつだけ、約束を守っていただけるなら。それで、すべてなかったことにするつもりでした。はぁはぁ。あなたがやったことは、左大将に裏切られて尹の宮のいいように踊らされ、私のしかけた罠(わな)にはまった……ハハッ、それだけだ。多少は間が抜けていたとしても、言わば一連の件の被害者だ。靫負庁(ゆげいのちょう)に報告するつもりなどなかった。はぁはぁ。あなたが、今回の入内(じゅだい)をあきらめてくれるなら……」

「このわしが、尹(いん)の宮に踊らされていただと!?世迷言(よまいごと)をほざくな――!」

「もちろん、尹の宮はとっくに知っていますよ。あなた方兄弟が、祖父の喬周(たかちか)卿を陥(おとしい)れたことを……」

「なに――っ!?」

「おそらく今頃は、左大将に重大な決断を迫っているでしょう。はぁはぁ。だまされているとも知らず、あなたが自分を失脚(しっきゃく)させようとしていると、左大将は思い込んでいますから……。これは私の推測(すいそく)ですが、左大将はあなたの弱みを握(にぎ)っている。はぁはぁ。それはおそらく、喬周(たかちか)卿を陥れた証拠の品……違いますか?」

 続々と集まって来た討手(うって)も目に入らないかのように、あえぎながら、セイラは一歩二歩前に出た。
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「こんなところで時間をつぶしているよりも、早くそちらに駆(か)けつけた方がよくはありませんか、やぎ殿?」

 他を圧(あっ)する迫力に飲まれ、怖気(おじけ)づいた左大臣は金切り声でわめき立てた。

「ええい、なにをしておる!早く!早くこやつを討(う)ち取れ――っ!!」

 その声が消え残る間に、折り烏帽子の侍の片腕が、高々と宙に舞(ま)った。

 まるで一陣(いちじん)の疾風(しっぷう)が通り過ぎるように、後方の討手が次々となぎ倒されていく。

 その頃になって、侍は今さらのように自分の右腕がないことに気づいた。

 悲鳴が闇(やみ)をつん裂(ざ)き、襲いかかる激痛に草むらをのたうちまわる。

 形勢(けいせい)が、一転(いってん)して不利にかたむくのを感じた左大臣は、震(ふる)えあがった。

 たかだかひとりの侍従(じじゅう)を抹殺(まっさつ)する――

 そのための、十分すぎるほどの人数をかき集めたつもりだった。

 こんな事態(じたい)になることを、想像すらしなかった。

 もしこのまま、セイラを生かして帰すようなことがあれば……いいやその前に、このままでは自分の命が危(あや)うい!

 追いつめられた左大臣は、懐(ふところ)から短刀を取り出した。

 その時――

 左大臣の鼻先をかすめて、足元になにかが突き刺さった。

 動転(どうてん)して尻もちをついた左大臣が見たのは、主(あるじ)のない片腕に握(にぎ)りしめられている太刀だった。

「こっ、こっ、これは……なんじゃ!?」

 恐怖に戦慄(わなな)く左大臣の眉間(みけん)に、もうひとつの白刃(はくじん)が突きつけられた。

「はぁはぁはぁ……もういいでしょう。左大臣殿、そろそろ終わりにしませんか?」

 見渡(みわた)せば、草むらにうずくまり、あるいは倒れ伏(ふ)す者のうめき声が、あちこちからしていた。

 長びいては不利とみたセイラが、一気に勝負をかけた結果だった。

 ――が、そのセイラの疲労は、左大臣の目にも明らかだった。

 実際は高熱による衰弱(すいじゃく)が甚(はなは)だしく、話すことさえ困難な状態だったのだが……。

 そこまで見抜くことはできなくても、セイラの限界が見えただけで、左大臣には十分だった。

「わわっ…わかった。わしが間違っていた。そろそろ……」

 左大臣は手の下の短剣を拾いあげ、

「――終わりにしようぞ!」

 刃(やいば)の切っ先(きっさき)をかわしてまわり込み、セイラのわき腹を突き刺そうとした。

 ――間一髪!!

 セイラは、太刀で短剣をはね飛ばした。が――

 その絶妙のタイミングで、後ろから斬(き)りつけてきた者がいた――!



     


 左大臣に気を取られていたセイラは避(よ)けられず、うっとうめいてよろける。

 見ると、背中の衣(ころも)が斜(なな)めに斬(き)り裂(さ)かれ、傷口から鮮血(せんけつ)があふれ出ていた。

「うおぉぉ――!」

 獣のようなうなり声をあげ、再び斬りかかってきた男の太刀(たち)を、セイラはかろうじて受け止めた。

「おれの腕をよくも――!かわりに、うぬの首を撥(は)ね飛ばしてくれる――!!」

 侍(さむらい)は左手で太刀を振りまわし、怒りにまかせて身体(からだ)ごと振り下ろしてくる。

 その剣圧(けんあつ)の凄(すさ)まじさは、刃(やいば)を受けるたびに火花が飛び散るほどで、セイラは次第(しだい)にじりじりと後退していった。

「いっ、今じゃ――!やつとて鬼神ではない。一斉(いっせい)に斬りかかれ――!!」 

 左大臣の叫ぶ声が、セイラの耳にひどく遠く聞こえた。

 頭の中で破(わ)れ鐘(がね)が鳴っているような、耐(た)えがたい痛みが襲(おそ)ってくる。

 傷口から流れ出す血は、今や背中一面をぐっしょりと濡(ぬ)らしていた。

 病(やまい)と討手(うって)、内と外二つの敵を相手に孤軍(こぐん)の戦いを強(し)いられる状況下で、活路(かつろ)は見いだせるか――

 手負(てお)いの侍の熾烈(しれつ)な反撃に、手傷が増えていくセイラの勝機(しょうき)は、時がたつほど遠のくように思われた。

 気がつけば、すぐ後ろに川が迫(せま)りつつあった。

 セイラは意を決して、一挙(いっきょ)に川縁(かわべり)まで跳(と)んだ――!

 急に目の前から消えた相手を求めて、侍(さむらい)が突進(とっしん)してくる。

 セイラは渾身(こんしん)の力をこめて一撃(いちげき)を受け止め、相手が力ずくで押し切ろうとしてきたところで、するりと身をかわした。

 勢(いきお)いのついた侍は、なす術(すべ)もなく川面(かわも)をめがけて落ちていった。

 叫び声が途絶(とだ)えると、セイラは全身で大きく息をつきながら振り返った。

 二人を追ってきた十人ほどの討手(うって)が、すぐそこまで迫(せま)っている。

 それを突っ切って走り抜(ぬ)けるだけの力は、セイラには残っていなかった。

 もはや太刀を振るう力さえない。

 セイラは、ついに最後の勝負に出た。

 ありったけの気をかき集めて、手のひらに凝縮(ぎょうしゅく)させた気弾(きだん)を、討手の集団に向けて放った――!

 ドーンという爆音(ばくおん)がとどろき、あたり一帯(いったい)がまばゆい光につつまれる。

 その結末を、しかしセイラが見届けることはなかった。

 気力も体力も使い果たしたセイラを熱病が凌駕(りょうが)し、気を失ったセイラは、爆風で後方に吹き飛ばされた。

 その身体(からだ)はつかの間宙(ちゅう)を舞い、生き物のようにのたうち咆哮(ほうこう)する濁流(だくりゅう)に、またたく間に飲み込まれていった。

 雲間(くもま)から現れた細い月が、水面(みなも)を照らしていく。

 黒々とした流れの中に、浮かび上がる影はどこにもなかった。


     


「ぼくはなんてバカだ!あの時、セイラのようすがおかしいことに気づいていながら――!」

「泣きごとを言ってもはじまらないわ、篁(たかむら)。そうよ、い…今はまず、できることをやらなくちゃ」

「できることって……セイラがどこへ連れて行かれたか、見当もつかないんだよ!?捜(さが)すにしても、どこをどう捜すっていうんだ!」

「だっ、だからって……なにもしないで帰りを待つだけなんて、あたしは嫌(いや)よ!だいいち、帰ってこれないかもしれないじゃない!帰りたくても、帰れないほど大けがをしているかもしれない。今この瞬間にも、助けを待っているかもしれないのよ。じっとしていられるわけないでしょ!」

 押し寄せる不安と闘(たたか)いながら、最後まで手を尽(つ)くそうとする綺羅(きら)姫に、篁は胸を突(つ)かれた。

「セイラが助けを待っているなら……綺羅さんの言う通りだ。あきらめるわけにはいかない!ぼくは、左大臣の邸(やしき)のようすを探ってみる。綺羅さんは……」

 篁はこわばった頬(ほほ)をわずかにゆるめて、

「残れって言っても、どうせついてくるんだろ?」

「ええ。止めても無駄(むだ)よ!」

 ――その時、部屋の外で誰かが動く気配(けはい)がした。

「誰っ――!?」

 問いかけて、妻戸(つまど)を開(あ)けた篁はぎょっとした。

「讃良(さら)!どうしてこんなところに――!?」

「あの……私、こちらにセイラさまがいらっしゃるかどうか、知りたくて……」

「セイラが……?でも、なぜ?」

 答えるかわりに、讃良姫はしくしくと泣き出した。

「今の話を聞いていたんだね?とにかく、こっちへ……」

 部屋に招(まね)き入れられた讃良姫は、帰ったはずの綺羅姫と倒れている少納言(しょうなごん)を見てなにか言いたげだったが、篁に急(せ)かされるまま座(ざ)についた。

「さあ、答えるんだ讃良。こんな遅(おそ)くに、どうしてお前がセイラを捜していたのか……」

「私……母屋(おもや)で、父さまがおじいさまと話しているのを聞いてしまったんです」

「兄上が、なんて……?」

 瞬間、篁の脳裏(のうり)を最悪のシナリオがよぎった。

「はじめは、確か……左大臣さまのようすが、ここ二、三日おかしいというようなお話でしたわ。急に素っ気(そっけ)なくなってしまわれたようだって……」

「さては、離間の計が効(き)いたかな」

「りかん…の、けい?」

 綺羅姫が口をはさむと、

「ああ。今朝セイラが言っていたんだ。兄上と左大臣が仲たがいするように、離間の計をほどこしたって……。二人がいがみあうようになれば、お互い相手をけん制(せい)しあって入内話も進まなくなる」

「どうやって、仲たがいさせたの?」

「そこまでは、聞く間がなかった……」

 つい今朝方のことが、篁にはまるで遠い昔のことのように思えた。

 あの時、セイラがどれだけ無理をしていたか、気づいてやれていたら……。

 一緒に尼寺(あまでら)について行っていたら……。

 セイラは、病(やまい)にかからずにすんだかもしれない――!

 悔(く)やんでも悔やんでも、悔やみきれない思いが、篁の胸を万力(まんりき)のようにしめつけた。

「そのことでしたら……おじいさまが話しておられましたわ。権中将(ごんのちゅうじょう)さまからうかがった話では、帝(みかど)が左大臣さまをお呼びになって、『一度に姫を二人も入内(じゅだい)させるというのは、いかにも外聞(がいぶん)が悪い。政略(せいりゃく)のための入内と触(ふ)れまわるようなものだ。どちらか一方なら、考えてもよいのだが――』と、おおせになられたと……」

「どちらか一方ですって――!帝は、まだそんなこと言ってるの!?」

「セイラが言わせたんだよ、綺羅さん。そう言っておけば二人は手を結べなくなるだろ?なるほど、そういうことか……」

「父さまはそのことをご存知(ぞんじ)なくて、今宵(こよい)の宴(うたげ)に左大臣さまを招待したらしいのですが……」

「左大臣は、断(ことわ)った」

「ええ。今宵は月読
(つくよみ=月)に招(まね)かれているとおっしゃったそうですわ」

「月読――!?」

 篁と綺羅姫は、同時に叫んで顔を見合わせた。

「月読って……あの月読の命
(つくよみのみこと=夜を支配する神)の月読?」

「とても変なおっしゃりようでしょう?月を愛(め)でるなら月見とおっしゃればよろしいのに、月読だなんて、まるで……」

 讃良姫は悪寒(おかん)に襲(おそ)われて、ぶるっと身体(からだ)を震(ふる)わせた。

「雨が止んだとはいえ今宵は曇(くも)り空で、お月見をするにしてもふさわしくありませんわ。それで、私……心配になって宴の席をのぞいたら、セイラさまがいらっしゃらなくて、それで……」

「言ってることがよくわからないわ、讃良姫。確かに今夜は、お月見ができるような空もようじゃないけど、それとセイラとどう関係が……」

「月読(つくよみ)は月黄泉(つきよみ)に通じる。月はセイラのこと、黄泉は…当然、死者の魂が行くところだ。つまり左大臣は、セイラを殺そうとしている……そう思ったんだろ、讃良?」

 讃良姫は、怯(おび)えた目でコクンとうなずいた。

「西の対屋(たいのや)にもいらっしゃらなくて、もしかしたらお兄さまとご一緒かもしれないと思って……そしたら、お二人の話し声が聞こえてきて……篁兄さま、お願い!どうかセイラさまを助けてあげて――!!」

「助けるさ!どんなことをしても……ただ、セイラがどこへ連れ出されたか、それがわからないと……讃良、おまえなにか聞いてないか?」

「……セイラさまが連れ出された先かどうかはわかりませんが、確か父さまが…そう、左大臣殿は今宵、九条(くじょう)にまいられるらしい。供(とも)の者がそんなことを言っていた――と」

「それだ――!!」

 篁はすぐさま立ち上がって、

「九条へ行こう、綺羅さん!」


  次回へ続く・・・・・・  第三十三話へ   TOPへ