第二十四話
「わかってきたよ、篁(たかむら)。尹の宮の狙(ねら)いが――!」
「だからそれは、三の姫を入内(じゅだい)させることじゃ……」
今さらなにを――と言いたげな篁に、セイラはぐっと身を乗り出して、
「それだけじゃない。いいかい篁、よーく思い返してごらん。尹の宮が私を脅(おど)しに現れたのは、物の怪(もののけ)騒ぎが起きる前だったんだ」
「ああ、それはさっき聞いたけど……?」
「その時、左大臣はまだ東宮坊大夫(とうぐうぼうのたいふ)だったってことさ」
あっと叫んで、篁は、セイラが言おうとしていることをようやく理解した。
「そうか!その時の尹の宮殿には、セイラを脅す理由がない!」
「はじめから、こうなることがわかっていたのでない限りはね」
「じゃあ……」
「左大将をたきつけて、物の怪騒ぎを起こすようにしむけたのは、尹の宮に間違いないよ」
セイラは、登花殿(とうかでん)で左大将とばったり鉢(はち)合わせした時のことを思い出していた。
先触(さきぶ)れの女房を踏みつけるような勢いで現れた左大将は、セイラを見るなり怒鳴りつけた。
『お前が、尹の宮の言っていた小賢(こざか)しい銀狐(ぎんこ)か!ぬけぬけとこんなところまでやって来て、なにを嗅(か)ぎまわっている!』
登花殿女御が懸命(けんめい)にとりなさなければ、セイラにつかみかかろうとした左大将は、さぞ痛い思いをしていたことだろう。
その時セイラは、左大将と尹の宮のつながりを確信した。
「そして今度は、左大臣に近づいて三の姫を入内させようとしている。女御さま方にとっては、まさに由々(ゆゆ)しき事態だ。一体なんのために、尹の宮はそんなことをしたと思う?」
「もしかして、ほんとに二人を……?」
「そう。篁の言ったことは、核心をついていたんだ」
「だけどなぜ――!?それこそなんのためにさ!関係のない東宮さまや讃良(さら)までまき込んで、二人に兄弟げんかをさせようとする理由がわからないよ」
「さあ……。それは、これからおいおいわかってくるんじゃないかな」
真相が徐々に明らかになってきたというのに、セイラの表情は、鬱々(うつうつ)としてはずまなかった。
「なんてことだ!尹の宮殿がそんなたくらみ事をめぐらす方だったなんて……ぼくには、今でも信じられないよ」
ショックに青ざめた顔で、篁はこぶしを握りしめた。
「宮中の欲深(よくぶか)な公卿(くぎょう)たちと違って、尊敬にあたいする清廉(せいれん)な方だと思っていたのに……」
セイラは、なにも言わずにうつむいたままだった。
翳(かげ)りのある瞳は、欲望に振りまわされる人間の愚(おろ)かさを哀(あわ)れんでいるようにも見えた。
そこへ――
「……篁……篁」
ふいに、庭の方で、誰かの押し殺した声がした。
声に気づいた篁が、開け放たれた妻戸(つまど)から外のようすをのぞくと、簀子縁(すのこえん)の上に、ぬっと白い顔が現れた。
一瞬ぎょっとした篁が、すぐに胸をなでおろしたのは、その顔に見覚えがあったからだ。
「真尋(まひろ)!そんなところでなにしてるんだい?お前さっき帰ったはずじゃ……」
「シ――ッ!」
真尋は、きょろきょろとあたりを見まわしながら、口もとに人差し指を立てた。
「声が大きいよ、篁。それよりも、今すぐぼくと一緒に来てよ。会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人……?」
わけがわからずにとまどっている篁の横を、セイラがすばやくすりぬけていった。
「ひょっとして、讃良(さら)姫のことじゃないかい?」
真尋の前にしゃがみこみ、緊迫(きんぱく)した声で尋ねる。
「よかったあ!まだセイラもいたんだね。篁と二人だけじゃどうしようかと思ってたんだ」
ほっとしたように立ち上がって、袴(はかま)の汚れを払おうとする真尋の肩を篁がつかんだ。
「真尋、ほんとに讃良に会ったのか!?」
真尋は大きくうなずいて、
「くわしいことは後で話すけど、讃良姫は、篁に会ってどうしても話したいことがあるらしいんだ。でも、邸の前には姫を連れ戻しにきた連中がいて、とても入れそうにないって……。その時、ぼくが邸から出てきたのを見かけて声をかけてきたんだよ。ぼくが篁の友人だって言ったら、誰にも見つからないように篁を連れてきてほしいって頼まれたんだ。ふう!ここまで来るのにさんざん苦労したんだよ、邸の者に見とがめられないように、物陰に隠れながらでさぁ。おかげで、ずいぶん手間取っちゃった」
「手間取ったって……」
篁は、呆(あき)れかえってため息をついた。
「なにもお前が隠れることないだろ。さっさと正門から来ればよかったじゃないか。誰かに聞かれたら、忘れ物を取りにきたとでもなんとでも言えるだろ?讃良ならともかく、お前が見つかっても誰もとがめたりしないよ」
「そんなこと言ったって、思いつかなかったんだからしょうがないだろ。ハァー。ぼくもう疲れちゃった」
簀子縁にどかりと腰を下ろした真尋を見て、セイラはくすくす笑いながら、
「とにかく大手柄(おおてがら)だよ、真尋。それで、讃良姫は今どこ?」
「邸の西門の前に小路があるだろ。そこに、ぼくと讃良姫の牛車(ぎっしゃ)がとめてあるよ」
「わかった。でも、邸のまわりじゃすぐに見つかってしまうな。だいぶ時間もたってしまったようだし、讃良姫のようすも心配だ。篁は、真尋を連れて先に行っててくれ。忘れ物を取りに来た真尋を送ってくるとでも言っておけばいい。讃良姫と合流したら、そうだな……とりあえずは、権大納言殿の別邸がある九条に向かおう。後のことはそれからだ」
「セイラは?一緒に来てくれるんじゃないの?」
「見送りが二人もいたんじゃ、かえって変に思われる。私は、このまま真っすぐ突っ切っていくよ」
セイラは、渡殿(わたどの)や築山(つきやま)の向こうにある西門の方角を指差してニヤリとした。
「たぶん、私の方が先に讃良姫を見つけるんじゃないかな」
晧晧(こうこう)とした月明かりの下、讃良姫と篁、セイラと真尋を乗せた二輌の牛車は、九条の別邸を目指して都大路をひた走った。
邸(やしき)に着くと、篁は泣いている讃良姫を連れて西の対屋(たいのや)に入った。
そこでひとまず気持ちを落ち着かせ、早まったことはしないように懇々(こんこん)と説きふせた。
息をつく間もなく、あわただしく東の対屋にやってきてみると――
「だからさあ、邸を出たすぐのところで牛飼(うしか)い童(わらわ)に声をかけられたんだよ。『姫さまが、あなたさまにぜひお話があると申しております』って言うからさ、最初はぼく、てっきりどっかの姫に見そめられたのかと思っちゃった。そうなると、やっぱり第一印象が肝心だろ?でー、身だしなみを整えたり鬢(びん)のほつれを直したり、酒の臭いがしないかチェックしてたんだ。そしたら、姫の方が先に牛車の中から声をかけてきてさあ、もうびっくりしたのなんのって……」
「クスクス……。きっと、真尋を待ち切れなかったんだよ」
「そりゃあ、ぼくもそう思ったけど……でも、その声がまたかわいくってさ。讃良姫っていうんだろ?篁の姪(めい)だって言ってた。なのに、話すのは篁のことばっかりでさ。よくよく話を聞いてみたら、篁を連れてきてほしいって、ぼくに頼みたかっただけだったんだ」
真尋はたらたらと愚痴(ぐち)をこぼしているし、それを聞いてセイラは笑い転げているしで、篁の機嫌は最悪だった。
「でもまあ、偶然の結果とはいえ、こうなってかえって都合がよかったじゃないか。まさか、真尋が讃良姫の失踪(しっそう)に関係しているとは誰も思わないだろう。しばらくは、このまま権大納言殿の別邸で讃良姫をかくまってもらうことにしよう。その間に、私がなんとかしてこの話を止めてみせるよ。大丈夫、讃良姫を悲しませるような目にはあわせないよ」
ひとしきり腹をかかえて笑った後で、セイラはそう言って篁をなだめた。
眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せて考え込んでいた篁も、セイラの提案にうなずくしかなかった。
「この話って、なんのこと?なんで讃良姫をかくまわなきゃならないのか、ぼくにも聞かせてくれたっていいだろ」
「結婚話が……持ち上がっているんだ、讃良に」
篁は、沈痛(ちんつう)な面持(おもも)ちで言った。
「それを嫌がって、讃良は邸を飛び出してきたんだ」
「結婚話――!?そんなあ……」
真尋は他人事(ひとごと)ではないといった顔つきで、心配そうにセイラをのぞきこんだ。
「止めてみせるって、セイラにそんなことできるの?」
「できるとも。真尋には言ってなかったけど、これでも悪知恵ははたらく方なんだ」
自信ありげに片目をつぶって見せたセイラを、真尋は楽しんでいるみたいだと思いながら、
「だけどさ、讃良姫はどうしてそんなに結婚話を嫌がったのかなあ。よほど相手がヤなやつだったのかなあ。篁はもちろん知ってるんだろ?」
「……好きな相手がいたらしい」
「えーっ!それで、その相手っていうのは?」
「いや……そこまでは言わなかった」
篁はふいに顔をそむけた。
言わなかった――というのは嘘だった。
西の対屋で、切々と恋心を訴(うった)えてきた讃良姫の声が、今も篁の耳に残っていた。
――讃良、相手が悪すぎるよ……。
篁は、胸の中でつぶやいた。
――その人は、もしかしたら帝よりも、おまえの手に負(お)える相手じゃない。
篁は複雑な思いで、真尋をなぐさめているセイラの横顔を見つめた。
――その人は、人間業とも思えないようなことを軽々とやってのけたりするんだ。もしかしたら、その人は本当に、天界から遣(つか)わされた神仏の眷属(けんぞく)なのかもしれない……。
篁には、漠然(ばくぜん)とそんな予感がしていた。
右大臣邸に戻る牛車(ぎっしゃ)の中で、篁は思いつめたようすで、ずっと黙りこんでいた。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、篁は唐突(とうとつ)に口を開いた。
「――セイラには、好きな人はいるの?」
「好きな人?うーん、そうだな。やっぱり篁(たかむら)と綺羅(きら)姫…かな。でも、どうしたんだい?急に」
セイラは、好奇(こうき)の目を輝かせて篁を見た。
「そういう好きじゃなくて、もっと心から愛(いと)しいと思ってる人だよ!」
いつになくむきになって言い張る篁に、セイラはふっと真顔になって、
「それが、そんなに知りたいの?」
「あっ、いや……ごめん。変なこと聞いちゃって……」
あわてて打ち消そうとする篁を、セイラはやさしい目で見つめた。
「どれほど心で思ってるか、なんて口では言えないよ。だけど、私が誰よりも大切に思ってるのは、篁と綺羅姫だよ。それじゃ答えにならないかい?」
簾(すだれ)から差し込む月の光が、銀色の髪をほのかに照らし出している。
まっすぐに見つめられている気配(けはい)を感じて、篁は知らず知らずのうちに、顔が赤らんでくるのがわかった。
「み、み…み……み、み、み……」
まるで、どもりの蝉(せみ)のように『み、み……』とくり返す篁に、セイラはたまらずに吹き出した。
とたんに、篁は耳たぶまでまっ赤に染(そ)まった。
「帝のことかい?もちろんお慕(した)いしてるよ。だけど二人の次にね。それにしても、なんのことかと思ったら……クックックッ」
セイラの笑いは、すぐにはおさまりそうもなかった。
腹に手を当てて苦しそうに笑いをこらえた後、我慢(がまん)しきれなくなったように笑声が炸裂(さくれつ)した。
「そんなに笑うことないだろ!だいたいセイラが……」
せまい牛車(ぎっしゃ)の中で、すったもんだの取っ組み合いがはじまった。
あまり激しくゆれるので、不審(ふしん)に思った従者が、中のようすをうかがいにきたほどだった。
「私にとってはね、篁……君たち以上に大切なものなんてないよ」
ようやく落ち着きを取り戻した頃、セイラがしみじみと言った。
「もし二人がいてくれなかったら、記憶を失くしている私がこうして笑っていられたかどうか……。自分の中の暗黒に引きずりこまれて、今ごろ正気じゃいられなかったかもしれない。もしかしたら、記憶を失くす以前も、私はこんなふうに、心から騒いだり笑ったりしたことがなかったのかもしれないな……。だから綺羅姫に、篁と二人で友だちになってあげるって言われた時は、本当にうれしかったんだ」
そう言って、はにかんだようにセイラは笑った。
篁はこの時、セイラの孤独な心の一端(いったん)を垣間(かいま)見たような気がした。
「だいぶ、ご身辺(しんぺん)があわただしくなってきたようですね」
清涼殿(せいりょうでん)で笛の音を響かせていたセイラが、御座所(おまし)に向かって声をかけた。
御簾(みす)の内に、一瞬の沈黙が流れる。
しばらくして、帝は苦々(にがにが)しげに言った。
「なぜそれを知っている、と問う必要もなかったな。おおかた、右近衛(うこんえの)少将あたりが言ったのであろう。そなたの言った通り、あちこちの狸(たぬき)どもが騒ぎだしてきおった」
その声の調子からも、今回のことに手を焼いているようすがうかがえて、セイラはクスッと笑った。
「お后(きさき)候補が二人もおられるのに、この上さらに二人も増えるというのは、これも帝のご人徳(じんとく)というべきでしょうか。後宮(こうきゅう)は、さぞにぎやかになるでしょうね」
「ふん。後宮をにぎやかにするよりも、しなければならないことは山ほどある。そなたまで狸にたぶらかされたか、セイラ」
帝の声は、冗談ではすまないといった怒気(どき)を帯(お)びていた。
「とんでもございません!」
セイラは大げさに驚いてみせながら、
「ただ、このたびのお話は、少し強引すぎるような気がいたします。まわりで心を痛めておられる方々のことを考えると、あまり賢明(けんめい)なやり方とは申せません」
「正親町(おおぎまち)にも困ったものだ……」
いらいらと、笏(しゃく)を手のひらに打ちつけていた帝の手が、ピタリと止まった。
「セイラ――」
呼びかけてみたものの、まだなにか考えあぐねているように、帝は間をおいた。
「――例の物の怪(もののけ)騒ぎも、狸どものしわざか?」
「もしそうでしたら、この話をなかったことにするのはそうむずかしいことではないのですが……騒ぎを起こしたのは左大将殿でした」
「左大将が――!?」
帝は、思いもよらない人物に驚いて、
「兄である左大臣を、東宮坊大夫(とうぐうぼうのたいふ)から引きずりおろしたというのか!」
「はい。ですがこれは、左大将殿のおもわくというよりも、陰でそそのかした者がいると考えるべきでしょう。その者の狙(ねら)いがなんなのかは、今のところわかっておりません。おそらくは、こういう事態になることを予期していたのではないかと、思われるのですが……」
「では、私が入内(じゅだい)話にうなずいたとしたら、どうなる?」
「左大臣殿と左大将殿――お二方のいさかいが深刻になれば、宮中全体が巻き込まれることになるかもしれません」
「うむ……」
帝は、またしても長いこと黙り込んだ。
やがて、御簾(みす)の内から聞こえてきた声には、断固(だんこ)とした響きがあった。
「――ならばどうあっても、この話を聞きいれるわけにはいかない」
「賢明なご判断です」
セイラは、にこっとしてうなずいた。
「だが、左大臣はたやすくあきらめたりはしないだろう。正親町がついたとなればなおさらだ。ここはやはり、左大将を問いただすしかないか……」
「相手のねらいがわからない以上、こちらの手の内をさらすのは得策(とくさく)とは申せません。それに、正親町大納言殿は当分動かないでしょう」
「ほう。なにか知っていそうな口ぶりだな、セイラ」
「それは申し上げられません」
くすくすと思い出し笑いをしているセイラを、帝は渋(しぶ)い表情でながめた。
「たとえそうだとしても、それだけで左大臣がおとなしくしているとは思えぬ。正親町が動かなければ、権大納言あたりを引っ張り出すかもしれない。実を言えば、私は綺羅(きら)姫が気にいっているのだが……」
それを聞くと、セイラはむっとして御簾(みす)をにらんだ。
帝が挑発(ちょうはつ)していることはわかっていても、綺羅姫の名を出されると、心中穏やかではなかった。
万が一、そうならないという保証はどこにもないのだ。
セイラはついに、深々とため息をついた。
「仕方ありません。あまり気は進みませんが、この際、篁…右近衛少将の案を借りることにしましょう。つきましては、少しお耳をお貸し願いたいのですが……」
「――側にまいれ」
セイラは近づいていって、御簾越しになにごとかをささやいた。
御簾の内から、低いうめき声がもれた。
「物の怪退治転(てん)じて狸(たぬき)狩り、か。だがそう易々(やすやす)といくかな」
「易々といってもらっては困ります。これはわたくしにとりましても、久々に楽しめそうな遊技(ゲーム)ですから」
「遊技(ゲーム)……か」
宮中をおおいつつある不穏(ふおん)な情勢も、セイラにとっては蹴鞠(けまり)や囲碁(いご)の延長としてしかみられていないと思うと、帝は苦笑せずにはいられなかった。
「ところでこのたびのこと、尹(いん)の宮殿などは、どのようにおっしゃっておいででしょうか?」
「うむ。尹の宮も、私に子がないことを気づかってくれているようだ。入内の話を、それとなくすすめてくれるのだが……」
やはり……と、セイラは胸の中でつぶやいた。
尹の宮がこの陰謀(いんぼう)に加わっていることはもはや明らかだったが、帝の前でその名を出すことは躊躇(ためら)われた。
なんといっても尹の宮は帝の義兄にあたり、その信任の厚さも左大将の比ではなかったので、はっきりとした証拠をつかむまでは、帝の心中を思いやり慎重(しんちょう)にならざるをえなかった。
「裏で謀(はか)られていると思うと、とてもその神輿(みこし)に乗る気にはなれぬ。ましてや私は今、気むずかしい天女に夢中で、他の姫のことは目に入らぬからな」
「そのようなお戯(たわむ)れを、おっしゃるから……」
セイラは顔に手を当てて、がっくりとうなだれた。
「どうかしたのか?」
「いえ…、帝の戯言(ざれごと)を真に受ける方もいらっしゃるのではと思いまして……」
「戯言ではない。セイラ、かわりにそなたが入内せぬか。十二単(じゅうにひとえ)がさぞかしにあうと思うが?」
「遠慮させていただきます」
ムスッと口をへの字に結(むす)んだセイラを見て、帝は声をあげて笑った。
清涼殿(せいりょうでん)を後にして、紫宸殿(ししんでん)に通じる渡(わた)り廊下(ろうか)にさしかかったところで、セイラはふと足をとめた。
渡り廊下の向こうに、尹の宮と一緒にいる公卿(くぎょう)の姿が目にとまったからだった。
尹の宮の後ろ姿に隠されてはっきりとはしないが、こちらに顔を向けて話し込んでいる相手に、セイラは見覚えがあった。
尹の宮はしきりに男をなだめようとしていたが、相手はなかなかそれを聞き入れようとはしないらしい。
その時、こちら側に顔を向けていた公卿が、セイラに気づいてアッと叫び声をあげた。
そのままぱっと身をひるがえすと、公卿は逃げるようにその場を立ち去っていった。
なにごとかと後ろを振り返った尹の宮に、セイラはゆっくりと近づいていった。
「ただ今お見かけしたのは、正親町大納言殿ですね?」
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