第十三話


 二人の顔を見ているうちに、セイラは急に大声で笑い出しそうになった。

 少々、薬が効(き)き過ぎたかもしれない――と心の中でつぶやいて、しかたなさそうにため息をついてみせる。


「それでは、小布(こぎれ)に免(めん)じて、先日のお戯(たわむ)れは許してさしあげましょう」

「小布、ですか……人助けはしておくものですね」

 二人だけに通じる会話の後で、セイラと帝は、はじめてお互いの目を見て笑った。

「機嫌のなおったところで、ひとつ私の頼みを聞いてはもらえないだろうか?」

「わたくしにできますことなら、なんなりと」

「聞けば、セイラは笛(ふえ)や琵琶(びわ)などの管弦(かんげん)を、どれでも奏(かな)でることができるとか……。私にも、その妙(たえ)なる音色(ねいろ)を聞かせてはもらえまいか?」

「そのようなことでしたら、喜んで」

 セイラは莞爾(かんじ)と微笑(ほほえ)んだ。

 帝の合図で、女房のひとりが、あらかじめ用意していたと思われる笛を捧(ささ)げ持って現れた。

 高坏(たかつき)の上に置かれてセイラの前に差し出されたその笛は、螺鈿(らでん)や金銀細工がふんだんに施(ほどこ)された、美術品としても逸品(いっぴん)といえる代物(しろもの)だった。

「これはまた、見事な細工ですね。この国の、工芸品の質の高さがうかがえるようだ」

「銘(めい)を夕星(ゆうづつ)と言って、私の持つ明星(あかぼし)と対(つい)の笛です。気に入ってもらえましたか?」

「――ゆうづつ、あかぼし?」

「ああ、セイラには聞きなれない言葉でしたか。夕星とは宵(よい)の明星、明星とは明けの明星のことを言うのですよ」

「宵の明星……確かに、その名に似(に)つかわしい……」

 セイラは笛を手にとり、ひとりごとのように言ってしばらくながめまわしてから、おもむろに口もとに運んだ。

 やがて、ただの手遊(すさ)びとは思えないような、繊細(せんさい)ですがすがしい音色が部屋の中に流れた。

 音色が止(や)んでも、帝はすぐに口を開こうとはしなかった。

 半眼(はんがん)に閉じられた目は、今だに音色の余韻(よいん)にひたっているようにも見える。

「お心を、いくらかお慰(なぐさ)めできましたでしょうか?」

 セイラの声に、帝はようやく目が覚(さ)めたように顔を上げた。

「不思議な調(しら)べだ。まるで天上の神々が奏(かな)でているような……その調べは?」

 セイラは微笑(ほほえ)んで首を振った。

「覚えているわけではありません。わたくしが、その時々に、心に思い浮かんだままを吹き鳴らしてみるだけです」

「それにしては、胸にしみ入る美しい調べだ。ぜひとも褒美(ほうび)をとらせたい。夕星はセイラ、あなたに遣(つか)わそう」

 後ろで、篁(たかむら)がハッと息をのむ気配(けはい)がした。

「この笛を、わたくしに――!?」

 篁が驚くのももっともで、帝と対(つい)の笛を賜(たまわ)ることがどれほど重大なことかは、セイラにも容易(ようい)に想像がついた。

 瞳を見開いたまま、すぐには二の句が継(つ)げずにいるセイラに、帝は相好(そうこう)をくずして言葉をつないだ。

「どんな名笛(めいてき)も、それを自在(じざい)に使いこなせる者がいてはじめて、音色の良さを引き出すことができるのです。吹き手のいない名笛など、ただの飾(かざ)りにすぎません。夕星は、セイラのような名手(めいしゅ)にこそふさわしい。快(こころよ)く受けてくれますね?」

 セイラは笛を、そっと高坏(たかつき)の上に戻した。

「せっかくの御下賜(ごかし)ではありますが、お受けするわけにはまいりません」

「ほう。それはまたなぜ?」

「わたくしは、今日拝謁(はいえつ)を賜(たまわ)ったばかりの者です。先ほどのご無礼を申しあげたお詫(わ)びに、つたない音色をお聞かせしたまでであって、お役に立つようなことはなにもいたしておりません。そのような者が、帝と対の笛を賜ったとあっては、まわりの方々からあらぬ恨(うら)みを買うことになります」

「ふむ。セイラの奏(かな)でる音色は、夕星に見合うだけの価値が充分にあると思うのだが……そう申すのであれば――」

 帝はそこで、にやりとほくそ笑んだ。

「これから毎日、御所(ごしょ)で私に夕星の音色を聞かせる、ということではどうです?」

「宮仕(みやづか)えをせよ、と……?」

「セイラに異存(いぞん)がなければ――」

 帝は満面の笑顔でうなずいた。

「これは……」

 セイラはクスクスと笑い出した。

「困りました。わたくしはさる姫に、宮仕えはしないようにときつく言いつかってきたのですが……」

「その姫に伝えていただこう。お持ちの名笛をそういつまでも一人じめしていると、あらぬ方からの恨みを買うことになると」

 一転(いってん)して顔から笑みが消えうせ、言葉に棘(とげ)を含んで忌々(いまいま)しそうに吐き出した帝に、篁はぎょっと肝(きも)を冷やした。

 篁には、すでに帝の意図(いと)がわかっていた。

 セイラが帝に夕星の音色を聞かせるためには、御座所(おまし)がある清涼殿(せいりょうでん)に昇(のぼ)らなくてはならない。だが、清涼殿に昇れるのは、位が五位以上の、殿上人(てんじょうびと)と呼ばれる者にしか許されていなかった。

 名門貴族の子息である篁と真尋(まひろ)も、それぞれ近衛(このえ)と侍従(じじゅう)の五位を与えられている。

 ――今上(きんじょう)は、セイラにも殿上人の位(くらい)を与(あた)えるおつもりだ!

 この都で、セイラが必要な情報を得るためにも、貴族の仲間入りができるのは悪いことじゃない、と篁は思った。

 髪や目の色が違うというだけで、未(いま)だにセイラを白い目で見ている貴族たちも、帝のお声がかりで昇殿が許されたと知れば、当然見る目も違ってくるはず。ましてや、あの夕星を賜ったとなれば……。

 ――それなのに、綺羅(きら)さんはなんだってまた、セイラにそんなことを言ったりしたんだ!?これじゃ、今上ににらまれても文句(もんく)は言えないよ。せっかくのご厚情(こうじょう)が、綺羅さんのせいで……。

 そこまで考えて、篁はハッとして顔をあげた。

 ――まさかセイラは、綺羅さんの言ったことを真(ま)に受けて、この申し出を断るつもりじゃ……!

 篁が不安になりかけたその時、自分を嘲(あざけ)るようなセイラの声がした。

「素性(すじょう)もわからぬような笛を、はたして名笛と呼べるかどうか……。かの姫がやしなっている笛は、帝がさしてお目にとめるようなものではございません」

「私は、そうは思わない」

 きっぱりと言い切って、真っ向からセイラを見すえた帝の瞳(ひとみ)に、激しいものが流れた。

 その瞳が、ふっと和(やわ)らぐ。

「セイラ……出仕(しゅっし)は適(かな)わぬと申すのであれば、これ以上無理強(むりじ)いはするまい。だが、夕星は受けてもらわなくてはなりません。私が一旦(いったん)遣(つか)わしたものは、取り下げることができないのだから」

 あっと小さく声をあげて、セイラは後ろを振り向いた。

 篁は、重々(おもおも)しくうなずいてみせた。

「綸言(りんげん)は汗のごとし――と言って、一度出てしまった汗を引っ込めることができないように、今上のお言葉は取り返しがきかないんだ」

 ――嵌(は)められた!

 とっさに、セイラはそう思った。

 もはやセイラに選択(せんたく)の余地(よち)はなかった。

 それにしても――なんという『詰(つ)め』の鮮(あざ)やかさか!

「くくっ、あっははは……」

 自分がまんまとしてやられたことも忘れて、セイラの唇(くちびる)から愉快(ゆかい)な笑い声がこぼれた。

 帝がなぜセイラにここまで執着(しゅうちゃく)するのか、疑問が残らなかったわけではない。

 夕星の音色が聞きたいという帝の言葉を、セイラは鵜(う)のみにしてはいなかった。

 だが、たとえどんな思惑(おもわく)があったにせよ、『夕星を拝領(はいりょう)しておきながら、出仕の要請(ようせい)を断るような礼儀(れいぎ)知らず』と陰口(かげぐち)をたたかれるよりはましだろう。

 帝の不興(ふきょう)や宮中の悪評(あくひょう)をかっては、この都にいられなくなることぐらい、セイラにも重々(じゅうじゅう)わかっていた。

 ――単にもの珍(めずら)しさからだけならすぐに飽(あ)きられるだろうし、それほど気にすることもないのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせると、セイラは神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちで、深々と頭(こうべ)を垂(た)れた。

「そのようなこととは知らず、おそれいりました。夕星は、謹(つつし)んで拝領(はいりょう)いたします」

「おお!それでは――」

 セイラはコクリとうなずいて、花のような笑みをふりまいた。

「この都に、わたくしがどれだけいられるかはわかりません。それでもかまわぬとおっしゃっていただけるのでしたら、喜んでお仕(つか)えさせていただきます」

「それで充分ですよ、セイラ。できればその日が一日も長くあってほしいものですが……。宮仕えといっても、むずかしいことではありません。セイラは雅楽(うた)の官(つかさ)として、私に夕星の音色を聞かせてくれるだけでいいのです。」

 帝は、胸の内にしまっておいた計画をようやく口にできるのがうれしそうに、きらきらと瞳を輝かせた。

「だが、その身分だけでは御所に昇ることもままならない。従五位に叙(じょ)して、侍従(じじゅう)もかねてもらうことにしよう。もちろん、そういつまでも権大納言の邸(やしき)にいるわけにもいくまい。セイラにふさわしい邸も用意させよう。ちょうどよい。半月後に宮中で催(もよお)される管弦の宴(うたげ)で、セイラにもぜひ、その冴(さ)えた音色を披露(ひろう)してもらいたいのだが、どうであろう?」

「お聞きになるまでもありません。臣下(しんか)としてお仕えするからには、帝はなんなりとお申しつけくださればよろしいのです」

 その言葉に、帝はひどく満足そうにうなずいた。


    ◇    ◇    ◇


 次の日から、宮中のそこかしこで、セイラの噂(うわさ)が絶(た)えることはなかった。


 そうしていよいよ出仕が始まると、宮中全体がまるでセイラという熱病に浮かされたようになった。

 ある程度予想していたこととはいえ、その熱狂ぶりは、ぼくの想像をはるかにうわまわっていた。

 セイラが近くを通るだけで、辺(あた)りの御簾(みす)がざわついて、女官や女房のはしゃいだ声がもれてくる。

 なかには「ウッソォー!」とか「カッワイイー!」とか、わけのわからない叫び声をあげる者までいた。

 思わずこっちの顔が赤らんでくるようなそんな嬌声(きょうせい)を、セイラはさらりとした笑顔でかわしていく。

 それまで帝と後宮(こうきゅう)を二分していた尹(いん)の宮殿の人気も、この熱狂ぶりの前ではすっかり影がうすくなってしまったようだった。

 驚いたことに、セイラが夕星を拝領したのは、すでにみんなの知るところとなっていた。

 重立(おもだ)った公卿(くぎょう)の中には、そのことでセイラをそねむ者や、ありもしない陰口をたたく者もいたけど、それはほんのひとにぎりで、セイラは大方(おおかた)の公達(きんだち)から好意をもってむかえられた。

 人目を引く美貌(びぼう)と才智(さいち)をかね備(そな)え、そのうえ夕星をつかわされた寵臣(ちょうしん)とあっては、注目をあびないはずがなく、セイラのまわりはいつも、ぼくでさえ容易(ようい)には近づけないほどの取りまきでいっぱいだった。

 セイラ自身は、宮中のこの狂騒(きょうそう)をどう思っていたかはわからない(わからないと言うには、あるわけがあった)。

 ぼくの目に映(うつ)るセイラは、騒動の中心にありながら驕(おご)るでもなくおもねるでもなく、常に淡々(たんたん)としておだやかな笑みをたたえていた。

 帝につきしたがって、セイラが宮中を渡(わた)っていく。

 すると、そこだけがぽーっと明るく浮きあがって見えた。

 まるでセイラの身体(からだ)の内側から光を放っているような、そんな不思議な感じだった。

 でもそれはぼくの思い違いで、本当は白皙(はくせき)の顔や背中をおおっている銀色の髪の煌(きら)めきが、そう見せただけなのかもしれない。

 背中をおおっている銀色の髪――とぼくは言った。

 ぼくたち貴族は、たいてい十二歳から十六歳頃までに元服(げんぷく)をむかえると、角髪(みずら)をといて髻(もとどり)を結(ゆ)い、烏帽子(えぼし)をかぶる。

 人前で髻(もとどり)を見せるのは最も無作法なこととされているから、眠る時以外はほとんど烏帽子をとらない。中には眠っている時でもとらない方もいるくらいだ。

 だから、宮中で烏帽子をかぶらない者がいるというのは常識では考えられないことだったけど、セイラはこの国の人間ではないという理由で、特別に無冠(むかん)での参内(さんだい)を許されていた。

 いや、無冠というには当たらないかもしれない。

 セイラの額にはもともと、月の光を集めてつくった宝冠のような、白銀の輪がはめられていたのだから。

 セイラが出仕するようになって五日目を過ぎた頃、同じ右近衛府の音羽(おとわの)中将から厭(いや)な話を聞いた。

 先日、宿直(とのい)をした夜に、後涼殿(こうりょうでん)の方角から流れてくるかすかな笛の音色を聞いたというのだ。

 セイラの笛の音色は、毎朝清涼殿の奥から風に運ばれて、ぼくたち殿上人の詰所(つめしょ)になっている殿上の間にも流れてきていたから、音羽中将も当然耳にしていた。

「月の君は、後涼殿でずっと宿直(とのい)でもなさっておられるのか?近頃は、お顔の色もあまりすぐれないようだが……」

 後涼殿で宿直――と聞いて、ぼくは、顔中の血の気がひいていくような気がした。

 宿直には、宮中の警護をする不寝番(ふしんばん)のほかに、夜伽(よとぎ)の意味合いもあったからだ。

 音羽中将は穏和(おんわ)な人柄で、皮肉を言うような方ではなかったから、それほど深い意味はなく、セイラを心配して言ってくださったのだろうけど、ぼくはそれ以上その場にいられなかった。

 セイラを信じたい気持ちと、心の片すみでもやもやしていたものが現実になっていく失望感とが、ぼくの中で渦(うず)まいていた。

 まさかとは思っていたけど、セイラは出仕してから、一度も四条邸に帰っていないんじゃないのか――!?

 ぼくがそんなことを思いはじめたのは、三日前、真尋(まひろ)に会ってからだ。

 拝謁(はいえつ)の日以来、セイラと会う機会がなかったぼくは、偶然(ぐうぜん)、渡殿(わたどの)ですれ違った真尋を捕(つか)まえて、セイラのようすを聞いてみた。

 すると真尋は、とたんにうんざりした顔をして、

「それを聞きたいのはこっちの方だよ!おかげで姉さんからは、ねちねち文句(もんく)を言われるしさ……だいたい、姉さんや篁が知らないことを、このぼくが知ってるわけないだろ!」

 まるで、セイラの行方(ゆくえ)がわからないような口ぶりだった。

 そこに、音羽中将が聞いたという笛の音色――

 ぼくは、どうしても確かめずにはいられなくなって、四条邸に向かった。

 この際、自分の気持ちにけりをつけるために、綺羅さんにはっきりと言っておかなければならないこともあった。





 権大納言(ごんのだいなごん)殿は、婚約者でありながら、ここのところ足が遠のいていたぼくを咎(とが)めもせず、いつも通り温(あたた)かくむかえてくれた。

 それが、今日のぼくには少し心苦しかった。

 さっそく、セイラが参内から戻っているかどうかを聞いてみる。

 すると、権大納言殿は、

「うーむ。それが……」

 と言ったきり、むずかしい顔をしておし黙ってしまった。

 やはりセイラは、四条邸には戻ってきていなかった――!

 権大納言殿も事情はなにも聞かされていないらしく、困惑(こんわく)しているようすがうかがえた。

 帝とセイラとの間に、一体なにがあったのか?

 できることなら、今すぐにでもセイラを探し出して聞いてみたい。いっそのこと、これから宮中に乗りこんで……。

 ――いいや、それはやめておこう。

 セイラが助けを求めているのならともかく、これが、おそれ多くも帝の思(おぼ)しめしによるものだったとしたら、後はセイラを信じて待つしかない。

 ぼくたち貴族は、帝にお仕(つか)えするためにこそいるのだから。でも、綺羅さんは……。

 おそらくは怒りに燃え狂っているだろう綺羅さんに、このことをどう言って説明すればいいのか、ぼくにはまるで自信がなかった。

「あーら篁、お久しぶりねぇ。そろそろあんたが現れる頃だろうと思ってたわ。それでセイラは……?セイラはどこにいるの?」

 桔梗(ききょう)を退(さ)がらせた後で、御簾(みす)越しに、綺羅さんは陰(いん)にこもった猫なで声を出した。

 大声でどなりちらさない分だけ、怒りの根深(ねぶか)さがわかる。

「それが、ぼくにもはっきりしたことは……」

 御簾の向こうからものすごい目でにらみつけられているような迫力を感じて、さり気なくかわそうと庭先に目をやると、薄暮(はくぼ)にまぎれた築山(つきやま)の上に、朱(あけ)色に染まった雲が見えた。

 それを、暗澹(あんたん)とした気持ちでながめながら、ぼくはつぶやいた。

「もしかしたら、今頃は後涼殿(こうりょうでん)にいるのかも……」

「後涼殿…?女御(にょうご)さま方の局(つぼね)があるところじゃない。どうして、セイラがそんなところにいるのよ?」

「いや、それが、ぼくにも……」

 ぼくの返事は、どうしても歯切れが悪くなってしまう。

「――いいわ。だったら質問を変えるわ!」

 煮(に)え切らないぼくの態度に焦(じ)れたのか、綺羅さんは決然(けつぜん)として言った。

「セイラが参内したのは、六日も前のことよ。それっきり、いまだにうちに帰って来ないっていうのはどういうわけ?……まさか宮中で病に倒れて、それで、起き上がれないほど重態だったりとか……」

「それはないよ。今日だってちらりとだけど見かけたし、格別(かくべつ)気分が悪そうにも見えなかったし――」

「じゃあ――!!」

 いきなり御簾を飛び出して、綺羅さんはたまりにたまっていた怒りを爆発させた。

「どうして、セイラは帰ってこないのよっ――!?」

 ゼイゼイと肩であらい息をしながら、仁王立(におうだ)ちになってぼくをにらみつける。

 その綺羅さんが、突然ドスンとその場にへたりこんだ。

「――帝が、セイラを引き止めてるのね?」

「…………」

「あんたの口が重くなるのは、たいてい帝がからんでる時よね。父さまも真尋も、口裏を合わせたみたいになにも言ってくれないから、大方(おおかた)そんなことだろうと思ったわ。それもこれも、もとはと言えば篁、あんたのせいよ!」

「ぼくのせい…?」



  
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