平成29年12月08日(水)晴れ 

 秩父三十四霊場巡りB

1  山行実績   場所・時刻・標高等の記載方法は原則として ,@出発場所(標高m)・出発時間 
          A到着時刻・場所(標高m)で所要時間には休憩時間を含む概数である。

 一 参加者 20名(新ハイ浦和)
 二 交通・山行行程 (行程)
JR武蔵野線南浦和6:39=電車・バス=9:23同之上堂入り口…9:30二十番岩之上堂9:50…10:00二十一番観音堂10:30…10:45二十二番童子堂10:55…11:25第二十三音楽寺(昼食)12:00…13:25二十四番法泉寺13:40…14:25二十五番久昌寺14:40…15:20秩父鉄道浦山口15:33…16:54JR熊谷・解散
 三 歩行データまとめ 歩行距離約11km  現地での歩行数20000  行動時間(休憩時間を含め)6

2 コメント・画像
一 秩父観音霊場巡り3回目。第二十番岩之上堂から第二十五久昌寺までの6霊場を巡礼。現地では今回も足と杖が頼りの巡礼である。二十番「岩之上堂」、当時の交通手段、船便からみて岩の上の寺院であったが、今では車道から下って本堂に入る。三間四面の観音堂は、札所中屈指の名建築といわれている由。途中野菜・果物の売店に立ち寄り、二十一番「観音寺」・二十二番「童子堂」を巡礼し、小高い丘の上に建つ二十三番「音楽寺」を目指す。音楽寺とは寺院としては珍しい名であるが、秩父札所を開いた13人の権者が、「この地の松風の音を聞き、菩薩の音楽と感じて寺名にした」のだそうである。 寺名にあやかって歌手・歌手志望者のポスターが多く張り出されていた。なお、音楽寺に近い見晴らしの良い丘に、13権者の石像が並んでいた。音楽寺は「秩父事件」(明治時代の自由民権運動・農民騒動)の拠点としても知られている寺である。
二 音楽寺から二四番「法泉寺」へのコースは、念仏坂を谷底まで下り橋のない沢を越す難所であるが、好天にも恵まれ順調に通過。最後の難関116段の急勾配の石段を登り二十四番「法泉寺」に到着。礼拝後全員で記念写真に納まる。
三 本日巡礼の最後は二十五番「久昌寺」である。仁王門から境内に入ると弁天池の奥に建つ観音堂が水面に映えて美しい。道中に何度も顔を見せてくれた武甲山が、ここ久昌寺境内からも一望で来た。

道路から階段を下り岩之上堂へ

第二十番岩之上堂

第二十二番観音寺

第二十二番童子堂

第二十三番音楽寺

音楽寺には多くの歌手・歌手希望者のポスターが

音楽寺近くの丘の上に建つ十三権者の石像

念仏坂の谷底の橋のない沢を渡る

116段の急な石段を登り法泉寺へ向かう

弁天池に全景を映す第二十番久昌寺

本日の霊場巡りに終日お供をしてくれた武甲山