■バレンタインデー



「ソフィー、もうすぐバレンタインデーだね」
どこからか小さく可愛い声がしました。


その日、ソフィーはハウルの実家であるミーガン夫妻の家に遊びに来ていました。
ミーガン夫妻の家は、彼女にとってお世辞にも気楽に遊びに行ける家というわけではありませんでしたが、
ハウルとの結婚を間近に控えたソフィーとしては、やっぱり夫妻にも式には出て欲しいという気持ちがあって。
最近、暇があればちょくちょく顔を出すようにしているのです。


今日はいつも厳しくて取り付く島のないミ−ガンが、掃除の話題となると結構ノッてくるのを発見した記念すべき日です。


「あの洗剤ってのは良いわ。お台所の汚れがあっという間ね!」ソフィーは満足そうに言いました。
”ミーガンったら、洗剤をつけたお皿をしっかり洗わないのが玉にキズだけど。
とにかく新しい洗剤を分けてもらってきたから、カルシファーは嫌がるだろうけど早速今度の掃除に使ってみなきゃね!”


ミーガンと今よりはいい関係になれそうな気持ちも手伝って、良い気分で城へと帰ろうとしたその時のことです、
いつの間にか足元に来ていたマリが、ソフィーのスカートの裾を引っ張って手招きすると耳元でこう囁きました。





「ソフィー、もうすぐバレンタインデーだよ!」
バレンタインの意味のわからないソフィーに、マリは少しばかり神妙な顔をしてもう一度言いました。


「ハウエルおじちゃんはね、とにかく甘いものが大好きなの!」大事なことを内緒で教えてあげるというような顔をしています。


「バレンタインデーって一体何の日なの?」初めて聞くその日のことを、ソフィーはマリへと聞き返しました。


「あのね、あさってはね、恋人同士がプレゼントをあげたり告白したりする日なんだよ」
大きな目をキラキラさせて、マリは得意そうにソフィーに教えてくれました。


「私はね、おじちゃんにチョコレートをあげようと思っているの。だっておじちゃんは甘ーいチョコが大好きだから。
ソフィーにだけはこのことを教えてあげるね!ソフィーもマリと同じくらいハウエルおじちゃんが大好きなんでしょう?」


「もちろんそうよ。すごいわ、よくわかったわね」
あんまりマリのしぐさが可愛いくて、ソフィーが笑ってそういうと
マリは「ふふ」と頬を染めて、満足そうにソフィーを見上げて満面の笑みで答えました。


「ハウエルおじちゃんのことならなーんでも知ってるわ!」




次の日、ソフィーはチェザーリの店に出かけていきました。
もちろんマーサにチェザーリのチョコを分けてもらいに行ったのです。


「姉さん、チョコレートは温度が大事なのよ」専門店で働いているだけあって、マーサは聞きかじりの薀蓄も披露してくれました。


「大丈夫よ、作るのにはあんたの大事な人も手伝ってくれると思うから。だから、マーサ。あんたもちゃんと頑張るのよ?」


「姉さんったら!大丈夫よ。私はもう、ちゃんと出来上がっているんだから」
つんと顎をそびやかし自信たっぷりに胸を張ると、自慢げにマーサは言いました。


さあて、帰ったら一騒動です。マイケルにチョコレートの型を作ってもらわなければいけません。
もしかしたらとんでもない型が出来上がるかもしれませんが、それならそれで構いはしません。
チェザーリのチョコの味自体は悪くはないはずなのですから。


話を聞いたマイケルはソフィーの頼みを快く承諾してくれました。
それどころかマーサにあげるために少し使ってもいいというと、歩き出す人形が出来るチョコレート型や、飛び出す小鳥のチョコレート型、
歌いだす人形のチョコレート型までもを得意げに披露してくれました。
さすがはハウルの弟子といったところかしら・・・。少し呆れ気味に、食べるのが可哀相なぐらいに愛嬌を振りまくチョコたちを見まわすと、
ソフィーは中でも一番シンプルな、ハートの形をしたチョコレート型を選ぶことにしました。


「あ、それは”書いたメッセージをしゃべってくれるチョコ”ですよ」無邪気にマイケルが言いました。


ソフィーは別にしゃべってくれなくてもいいとは思いましたが、でもまぁ、せいぜいこんなものでしょう。
ハウルに生きて動くチョコを食べさせるよりかは幾分マシな気がします。
ソフィーはハートの型を平らなところにおいて、あらかじめ湯煎で溶かしておいたチョコを静かにそこに流し入れました。





いよいよバレンタインデーの当日になりました。
久しぶりに王宮から帰ってきたハウルに、ソフィーはお帰りなさいと駆け寄るようにして言いました。


「はい、ハウル。私からのプレゼントよ」


慣れない王宮の仕事でお疲れのようだったハウルは、包みを解くとその疲れも吹き飛んだ様子で歓声を上げました。
「なんてことだい、僕の大好きなチョコレートじゃないか!」


ハウルが箱を開けると、ソフィーが心を込めて描いた文字たちはにぎやかに歌い始めました。
「St Valentine's Day!甘い甘いチョコをどうぞ!」
しばし踊る文字たちを満足気に見ていたハウルは、その目を嬉しそうに細めました。


「甘い甘いチョコか・・・ソフィー、もしかしてマリに聞いたのかい?あの子は僕に毎年チョコをくれるんだ」


「そうよ、あなたが甘〜いチョコが大好きだって、この間こっそり内緒で教えてくれたの。
お味はどう?チェザーリのだからお味の方もとびきり美味しいチョコでしょう?」


「うーん、どうかなぁ。僕にはちょっぴり甘さが足りないかもしれないなぁ・・・」
驚いたことに、ハウルはもったいぶってそう答えました。


「あら、そうだったかしら?」意外な言葉にソフィーは目を丸くしました。
おかしいわね、ちゃんと甘かったはずだけど・・・
思わずソフィーはハウルの手元にあるチョコをひょいと上から覗き込みます。


すると、ハウルの手がすっとソフィーの顎に添えられて、あっという間にソフィーはハウルの腕の中へとすっぽり納まってしまいました。
「えっ、あの、ハウル・・・」
”チョコの甘さはどうしたの”と問いかけて、ソフィーは目の前にプカプカ浮かんでいる手作りチョコを見つけました。
どうやらチョコのお味の方は二の次だったようです。


「甘い甘いチョコも大好きだけど、僕にはこっちの甘さも捨てがたいんだ」


ハウルはそういっていたずらっぽく笑うと、ソフィーと長く甘い口づけを交わしました。





「・・・マリにはまだこの甘さはわからないだろうなぁ」
充分にソフィーを味わったハウルが小さく笑ってそういうと


「・・・もう、馬鹿ね!」
頬を赤らめながらソフィーは笑っていいました。





「あ〜あ、もう見てらんないね!
二人ともそんなところでいちゃついてないでさ、早くおいらに薪をおくれよ!!」
後ろで暖かい火を焚いていたカルシファーが、いつまでも離れようとしない二人をからかいました。































おわり



時期的にチョコが店頭に並びだしたので、チョコネタです。
バレンタインデーってインガリーにはなさそうだなぁと勝手に決め付けて書いてます。
あと、バレンタインデーにチョコを送るのは日本だけの風習なんじゃ・・・?とか
モノに命を吹き込むのはソフィーの得意技なんじゃ・・・?っていうのは突っ込んではいけないところです(笑
ハウルはチェザーリのケーキも大好きだし、チョコもきっと大好きなんだと思います。


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