■僕の宝物



その日は朝からとってもいいお天気でした。
「なんていい洗濯日和なのかしら!」
ソフィーは嬉しそうに窓から空を見上げて言いました。
「これで今日は家中の洗たく物が干せるわね」
このところ天気が思わしくなかったものですから、ソフィーはとりわけ嬉しそうです。
早速、洗濯カゴを持つと嬉々としながら家中の洗濯を始めました。


「さぁ、これでよしっと」
ソフィーがすべての洗たく物を干し終えると、洗い物は荒地の風に吹かれてはためきました。
午前中の柔らかい日差しを受けて、ソフィーにはなかなかいい光景に見えました。


さて次は城の中の大掃除です。最近あまり天気がよくなかったので中で掃除ばかりしていた気もしますが、
そこはそれ、こんないい天気に城の中を締め切っておくなんて健康に悪いに決まっています。
ソフィーは城中の窓を開けて空気を入れ替えると、そこらじゅうをほうきで掃きだしました。


「ソフィー、こっちは後回しでいいよ。こっちには僕の大事な宝物がつまっているんだからね」
ほうきとバケツを持って階段を上がろうとしたソフィーに、ハウルは階上から愛想良く声をかけました。

「大丈夫、この間ソフィーにキレイにされちゃったから、ここはまだキレイなままなんだよ」
”嘘ばっかり!昨日のぞいたらびっくりするようなことになってたわよ!!”
ソフィーはハッキリそう言ってやりたい衝動に駆られましたが、毎度の事で、この手の言い争いはもうこりごりです。
何とか我慢をし終えると、代わりに大きなため息をひとつつきました。


”またハウルの出かけた隙をみてやらなきゃあ・・・”ソフィーは未練たらしく部屋の方を見て肩を落としました。
今までもハウルの出掛けたところを見計らって掃除をこころみてはいるのですが、なんせ物もホコリもスゴいせいで
ブロックごとに分けて少しづつ掃除をしているぐらいでは、目をはなした隙にすぐに元通りになってしまいます。
今朝のように天気のいいお休みの日は、大掃除には真に都合のよい日ではあるのですが
残念ながら部屋の主はそうとは思ってくれないようです。


「ああ、ホントに大丈夫だってば!・・・まったくもう、ソフィーは心配性だなぁ。
さぁさぁ、そっちでゆっくりしててよ。せっかくのたまの休みなんだからさ」
ソフィーが文句を言い出さないことをいいことに、ハウルは軽くあしらうようにして階段を降りさせました。
そりゃあ、たまのお休みにソフィーだって朝から言い争いなんてしたくありません。
ソフィーは2階の掃除をあきらめると、少し早いですがお昼の支度へと取り掛かることにしました。





お昼の支度をしていると、ソフィーも少しばかりは気分が晴れてきたようです。
だって窓からは明るい光がさんさんと降り注いで、部屋の中は暖かくてとってもいい陽気で。
自然と料理にだって力が入ってしまうというものです。それに最近カルシファーは火加減がとっても上手になって。

「ソフィー、おいらも最近力加減が上手くなっただろう?あっちでは城を走らせて、こっちでは料理をつくってさ。
これがなかなかどうして、けっこう難しいもんなんだぜ!」かたわらでカルシファーが自慢そうに言いました。

「さすがね!カルシファー。火加減も絶好調よ。この絶妙な焼き加減なんか最高。あと、こっちにもひとつ火をいただける?」
いいながらソフィーはカルシファーにお肉の脂身とブランデーをほんの少し分けてやりました。

「ソフィーにはかなわないなぁ。でもいいよ、おいらは今調子がいいからね!」
とたんに、ぼっと燃え上がったカルシファーはソフィーの作ったソテーにいい風味をつけてくれました。


ソフィーはお昼が出来るまでに2人に注文を出しました。
「マイケル、今日はいい天気だから見晴らしのいいところにテーブルを出して外で食べましょう。
カルシファー、景色のいいところよ。お願いね」

「よしきた!おいらがとびきり眺めのいいところまで連れてってやるよ」カルシファーは張り切って大きく燃え上がります。

「えーっと、皆で座るテーブルは僕だけじゃ持ち上がらないなぁ。ハウルさんに重いものを運ぶ呪文を聞かないと・・・」
マイケルはハウルに呪文を教えてもらう気満々なようです。お昼には自分でテーブルを運ぼうと、嬉々として2階に上がっていきました。





「やぁ、なかなかいい匂いがするね。とっても旨そうだ」
しばらくすると2階からハウルとマイケルが降りてきました。

「そうでしょう、今日はカルシファーが頑張ってくれてるの。もうすぐ出来上がるから待っててね。」
ソフィーが言うと、

「じゃあ、僕もテーブルを運ばなきゃ!ハウルさん、こんな感じでいいですか?」
マイケルは魔法で白くて華奢なテーブルを取り出しました。

「そうそう。そしてね、ここをこうするとほら・・・」
ハウルがマイケルに、空中で動かすポイントを説明しはじめます。
そのうち調子に乗ってきた二人は、何故だかテーブルどころか椅子まで空中で回しだしました。

「ダメよ、料理にホコリがかかっちゃうわ!どうしても回したいのなら外で回してちょうだい」
ソフィーは思わず二人に文句を言いました。


まったく、ハウルは子供のように人の邪魔をするのが得意のようです。
「はいはい。ではそうしようマイケル」
ハウルはソフィーの癇癪にも悪びれずに笑うと、扉の把手を紫色にして、マイケルと一緒に浮かんだテーブルや椅子を連れて出て行きました。





その日の昼食は最高でした。カルシファーが選んだ場所は山並みのキレイな高原で、前方には湖が広がっています。
草原には初夏の花々が咲き乱れて、少し離れたところには素敵な森も見えました。
ハウルとマイケルはその中でも一番よいところを選んでテーブルをセッティングしてくれましたし、
モノを飛ばせて運ぶやりかたを覚えたマイケルは、ソフィーの作りたての料理も難なく運ぶことが出来ました。
もちろんソフィーの料理のできばえだってすてたものではありません。
皆はお互いがどんなに頑張ったかを自慢しながら楽しく料理をたいらげました。
食後のデザートの時は、マイケルがハウルに教わりつつ空中に浮かべたポットから紅茶を注いでくれました。


「ソフィーさん、後片付けは僕がしますから大丈夫ですよ」
運ぶことに慣れてきたマイケルは、さらにもっと難しいことにチャレンジしようとしているようです。
ちょっとだけお皿のことが心配になったソフィーですが、あの分なら割ったって直してくれるでしょう。
ソフィーは後片付けをマイケルに甘えることにしました。





「たまにはこういうのもいいね」ハウルが言いました。
目前に広がる美しい景色は、その上に広がる蒼い空となじんで、まるで一枚の風景画を見ているようです。
「そうね、とってもいい気持ち」
ソフィーはワイワイ言いつつお皿を飛ばせているマイケルとカルシファーを眺めながら、目を細めて言いました。

「わたし今、とってもしあわせよ」ソフィーはハウルを見て微笑みます。
「このあと2階の掃除も出来たら、もっとしあわせなんだけどな」
ついでにいたずらっぽく付け加えました。

「ああ、僕の大事なソフィーは一体どれだけ働くつもりなんだろう!せっかくの休みなんだからもっと休めばいいのに」
ハウルはおおげさに言いました。

「だって、こんなに食べては、運動しないとすぐ太っちゃうわ」
ソフィーはせっかくの大掃除の提案が無視されたので、ちょっぴりすねて抗議してみました。

「しょうがないなぁ、そんなに運動不足だっていうのなら、僕とご一緒に食後のお散歩はいかがでしょう?」
ハウルは面白そうにくすくす笑うと、優雅なしぐさでソフィーに手を差し伸べました。


ソフィーの話題はいまやハウルには完全にかわされてしまったようでした。・・・しょうがない、今日はもうこれまで。
「そうね。じゃあ、ご一緒していただこうかしら」
仕返しにソフィーはちょっとだけつんとして言ってやりました。
それでもハウルにならって、つとめて優雅に手を取ってやり・・・目が合うと、二人は思わず噴出してしまいました。


「どちらへお連れしましょうか、お嬢様」
「そうね、あちらの湖のほとりなんかいいかしら」
二人はくすくす笑い合いながら歩き出しました。





二人で湖畔を歩いていると、ソフィーには周囲の花々がキラキラと輝いているように思えました。
途中小さな小川があって、水面に並んだ二人の姿が映るとなんだかとても嬉しくなりました。
最近お店の方も忙しくなってきていたので、たまの休みにこんなところでハウルとゆっくりできるなんて夢のようです。

「ほんと、夢みたいだわ」ソフィーがぽつりと言いました。
「何がだい?ソフィー」

「あなたとこうしていることがよ。あたし、元の姿に戻ることだってちょっとだけあきらめかけてたの」
ハウルは何かを思い出したように微笑んで、こういいました。

「僕は最初からこうなるって思ってたよ。なにより君以上に僕を夢中にさせる人は他にいなかったし。
中途半端が嫌いな君だけに、かけられた呪いも半端じゃなかったけど、僕は絶対に解いてあげられるって信じてた」

「それって本当?」
ソフィーにはハウルの言葉がいつもの彼とは違っていたので、にわかには信じられませんでした。

「もちろん、本当さ!いままでの僕ならこんな風に素直になれなかったけど。
君はカルシファーとの事も含めて僕をいっぱい変えてくれたから。
・・・だからソフィー、君は、僕にとって大切な大切な宝物なんだよ」
ハウルはソフィーの瞳を見つめ、微笑みながら言いました。


「ハウル・・・」ソフィーは突然の”宝物”という言葉にどきまぎしました。
なれない言葉と、ハウルの澄んだ緑色の瞳に見つめられたせいで、ソフィーは耳まで真っ赤になっています。
ハウルは”やっぱり君って可愛いなぁ”という風にくすりと笑うと、ソフィーの耳元についと顔を寄せてささやきました。


「あのね・・・ソフィーが僕の部屋に移ってきてくれるなら、あの宝物たちをどうにかしてもいいよ」


「あら、掃除してもいいの?・・・でも部屋を移るって・・・え!?私が?」

”僕の部屋に・・・ですって!?”
導き出した結論にびっくりして固まってしまったソフィーの頬に、ハウルは嬉しそうにゆっくりと口づけをしました。


ハウルはその日、初めて掃除を手伝ってくれたそうです。






























おわり


あの夏至の日を少しすぎた頃の二人を書いてみたかったんです。
ハウルの心を揺り動かすのはあくまでもソフィーで、でもやっぱり最後は九つ上のハウルが一枚上手で。
そんな二人だったらいいなぁ。

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