■すれ違い



1.困惑



きっかけは小さなことだった。
ちょっとした、いつもの朝のケンカのはずだった。


でも今日は何かが違ってた。
思いつめた様子のソフィー。
ひとこと声をかけるたびに、会話は思いもかけないような方向に進んでいって。

「やっぱりあたしじゃ、ダメなのよ・・・。
自信がないの。あたし、もうあなたのことがわからないの・・・!!」
そう言ってこらえきれずに泣くソフィー。

”そんなことないよ。僕には君が必要なんだ”
僕はいつものように、優しくそう言ってやるつもりだった。

でも結局、僕にはよさそうな言葉を何ひとつ投げかけてはやれなくて。
今は何を言っても、ただ、ソフィーを悲しませるだけのような気がして・・・。


そんな時、珍しく朝早くから王宮へのお召しがあった。
いつもならそんなことよりソフィーの方が大事と、丁重に断ってしまうのだけれど。
自分でもどうしてその時そうしたのかは、よくわからない。
とにかく僕は、その時大事なソフィーを置き去りにして、その場を逃げるようにして去っていってしまったんだ。





2.悩み



広い荒地には熱い風が吹いて、黄土色の砂地が岩が、見晴らす限り一面に広がっていた。
ぞっとするような暑さの中で、前方に見える岩山は地平線から湧き出した雲のようにも見えた。
僕は荒地の砂岩で出来た塔のような建物に降り立った。
砂利と瓦礫だらけのところを歩くと、靴音がやけにあたりに大きく響いていた。


ここは荒地の魔女が住んでいたところだ。
王宮での話は、ここをまず早急に整備するようにとのことだった。
この荒地は隣国との目と鼻の先にある。相手に目をつけられる前に軍事的に拠点としたいのだろう。


見渡す限りの荒涼とした荒地。その遥か前方には僕がサリマンから引き継いだ花畑もうっすらと見えた。
僕はまず、この土地を生き返らせることから始めることにした。


城のあちこちを調べ終わると、僕は広間の真ん中に大きな魔法陣を描いた。
注意深く陣の中に足を踏みいれ、前を見据えて手をかざして、念じ始める。


足元から激しい光と風が湧き出でて、僕の周りで大きな渦を巻き始め、
激しい風を引き連れて、その輪はやがて周囲へと更に大きく広がっていった。


しばらくすると前方の庭園の枯れた泉から一筋の光がさして、次第に清い水が湧き出し始めた。
それをきっかけに、周りを囲む噴水からも徐々に水が噴出してくる。


泉を中心に、乾燥していた土に水が少しずつ浸透していき、
土中に埋もれていた多くの植物の種子が魔法で次々と芽吹き始めた。
枯れていた地面は見違えるように生まれ変わって草原に。
さながら緑の絨毯のように周囲に加速しながら広がっていくのが見えた。


僕はそれまでかざしていた手を下ろし、消耗したように座り込んで深い深いため息をついた。
後は見ているだけでいい。


広間を出て、庭園に降りる階段の真ん中あたりに座った僕は、
今しがたの呪文によって、荒地のあった場所に広がっていく鮮やかな緑の絨毯を一人静かにながめていた。


・・・こんな風に時間が空いてしまうと、ついソフィーとの朝のケンカを思い出してしまう。


ソフィーはわかっているのだろうか、
こうして荒地に水が必要とされているように、僕にとってソフィーがどんなに必要な存在なのかという事を。
君に出会えて、君と生活して、僕がどんなに嬉しかったかを。


でも君は、僕と一緒にいるのがそんなにつらいのことなのか・・・?


僕はそばにあった石柱にもたれかかると、風で顔にかかる髪もかき上げもぜずに、そのままずっと動かないでいた。





3.自信喪失



ソフィーは朝からずっと無言で城中を掃除していました。
カルシファーやマイケルの心配そうな視線もまるで目に入っていない様子です。
ハウルは黙って行ってしまいました。もちろん王様の用事ですからソフィーよりも大事に決まっています。
ハウルはこんな自分に呆れたに違いありません。だってソフィーでさえこんな自分に呆れているぐらいなのですから。
ソフィーは彼を嫌いではありません。むしろ、彼のためならたぶん生命さえかけられるぐらいに愛しています。


でも、時折すべての自信がなくなってしまうのです。自分が長女だから?それとも考えが足らないから?
ハウルはすばらしい魔法使いです。そして、底知れぬ何かを持っています。
こんな家事しか出来ない自分にそんな彼を支えることが出来るのでしょうか。
私には彼は相応しくない・・・。私がいることで、もしかしたら彼を駄目にしているのかもしれない。
言いようのない不安が時折ソフィーをせめ立てるのです。


ハウルは悪くないわ・・・私が、私が弱かっただけ。そして、私に勇気が足りなかっただけ。


階段の手すりを磨き上げると、ソフィーはもはや城中を掃除してしまったことに気がつきました。
ソフィーは落ち込んだとき、椅子に座って無心になるより何かをしているほうが好きなのです。


窓の外には花畑が見えました。少し遅いですが、外で花でも摘むのもいいかもしれません。
ソフィーは扉の把手を紫色にすると、いつもの花畑へと足を踏み出しました。


花畑にはありとあらゆる花が咲き乱れていて、ソフィーは不思議とおだやかな気持ちになりました。
花々の中を進んでいきながら、ソフィーはぼんやりとこれからのことを考えていました。


ソフィーが城を出て、行ける所があるとすれば、もとの帽子屋の家しかありません。
でもそこは今では花屋となって、ハウルとの思い出が詰まっています。
城をそこから移動してもらったとしても、あちこちに残る幸せな思い出はかえってソフィーを辛くさせるでしょう。
でも、自分には何も出来ないし、失敗ばかりしてしまうのでしょうがないのです。
大好きなハウルにこれ以上迷惑はかけられません。ソフィーの目からは涙がこぼれそうになりました。


その時、ソフィーの目に、前方から大きな光がものすごいスピードでこちらに向かってくるのが見えました。
激しい風の音とともに、光の波は津波のように覆いかぶさり、立ち尽くすソフィーを包み飲み込んでいきます。


ソフィーは押し寄せる光の津波から身を守ろうと、目を硬く閉じ、飛ばされないように身を縮めましたが、
光は、耳元に轟音をとどろかせて暖かな風が吹きぬけただけで、一瞬のうちにソフィーを通り過ぎていきました。


突然の光の嵐が過ぎ去ってしまうと、辺りはしんと静まりかえりました。
ソフィーがおそるおそる目を開けると、遠く、荒地のある辺りから、
こちらに向かってものすごいスピードで不思議な緑の絨毯が広がってくる様子が見えました。


きっと、ハウルの仕業だわ。ソフィーはそう確信しました。
緑の絨毯はまもなく荒地全体を覆い隠す勢いです。ソフィーは吸い寄せられるようにそこから目が離せなくなりました。





4.リセット



緑の絨毯はついに花畑のあたりまで到着しました。いまや荒地の城砦から見えるのは一面の緑の世界です。
そして遥か前方には色とりどりの花々の咲く花畑がかすかに霞んで見えました。


この前ここに来たときはソフィーと一緒にあそこまで飛んでいったんだっけ・・・。
今日の仕事を終えてしまったハウルは、ソフィーのことを思い出しながら、空中をすべるようにして歩き出しました。

ハウルは一見普通に歩いているように見えましたが、周りの景色は飛ぶように後ろに遠ざかっていきました。

あの時ソフィーはアンゴリアンを僕の想い人だと勘違いしていたくせに、彼女を助けようとしていたんだった。
ソフィーはいい人過ぎる。僕を含めていろんなことを抱えてしまうから、だから行きづまってしまうんだ。
本当は全部なんてできっこないのに、それでも彼女はすべてをその身に受け入れてしまう。
それが彼女の言う長女って事なんだろうか?でも、だからあんなに困ってしまうんじゃないだろうか。

ミーガンにも似たようなところはある。でも、彼女とソフィーの大きな違いは、
どんな僕をも受け入れてくれること。僕という存在を彼女は尊重してくれているんだ。
僕はそれをとても感謝してる。

そういえば、僕はソフィーにどれだけの感謝を伝えただろう?

僕は臆病者だから、本当のことを素直に伝えるなんてことは、簡単には出来やしない。
ただソフィーに甘えるだけ。そんな僕が彼女に出て行かないでくれってどうして言える?
ああ・・・でも、それでも僕には彼女が必要なんだ!


ハウルは空中をものすごいスピードで進んでいきました。城と花畑が徐々に近づいてきています。
城の手前にはちょうど扉へ向かって歩いていく途中のソフィーの姿が見えました。
ハウルは一瞬ためらいましたが、すぐに思い直し、勇気を出してそのまま静かに彼女の方へと近づいていきました。





5.リベンジ



ソフィーは荒地全体がすべて緑の絨毯で覆われるのを見届けました。
なんてすごい魔法でしょう!ハウルはやっぱりすばらしい魔法使いです。
でも今のソフィーには、それがかえって落ち込む原因でもあったようです
ソフィーは小さくため息をつくと、花を摘むのはあきらめて、とぼとぼと城の方へと戻りはじめました。


ソフィーが城の扉をあけて居間へと入ろうとすると、カルシファーは片目を開けてゆっくりとソフィーに言いました。
「・・・ソフィー、もう機嫌はよくなったかい?おいらたちも、二人の機嫌が悪いと調子が悪いや」
「そうですよ、ソフィーさん。あとは僕がしておきますから、今日はゆっくりと休んでいてください」
いつになく優しいカルシファーとマイケルに、ソフィーは少し後ろめたくなりました。


「そうだよ、ソフィー。今朝の君は疲れていたのさ。・・・少しばかりは僕もね」

いつのまにかハウルが後ろに立っていました。ハウルはそのままそっとソフィーを抱きしめます。
ソフィーは顔が熱くなるのと同時に、そんな自分が恥ずかしくなりました。

「でも、でも・・・私はきっとあなたの役にはたてないわ。
私がいると、何もかも駄目にしてしまう。ハウルは本当のあたしを知らないのよ」
言いながら、ソフィーはもう涙があふれでそうです。

「・・・じゃあ、今、僕が抱きしめているのは本当の君ではないの?
間抜けなソフィーは、そんな君こそが僕のためになっていることを何もわかっちゃいないんだね。
僕がどれほど君を愛しているか、君の性格では中途半端に言ったぐらいじゃわかってくれないの?」

「でも、あたしは・・・」ソフィーは彼の方に振り返りました。



「ソフィー、僕には君が必要なんだ。」



ハウルは彼女を覗き込むようにして、ゆっくりと、そしてはっきりと告げました。
ソフィーは何も言えないでいました。どうしてよいかわからず、ハウルの目もしっかりと見ることが出来ません。

「ソフィー、こっちにきて・・・!」
ハウルは彼女の肩を抱くと、今来た花畑の方へとソフィーを連れ出しました。
そのまま二人は一緒に空中へと飛び上がります。
さっきまで明るかった空は、いつのまにか星の瞬く空へと変わっていっていました。


ハウルは少しはなれたところまで飛んでいくと、今度は今来た動く城のほうへと向きかえりました。

「さぁ、見てごらん」ハウルは城を指差します。

「ここから見える城は、とても暖かい光で包まれているだろう?以前の僕には見えなかったものだよ。
カルシファーも最初は青く寂しく光ってて。いかにもそれが魔法の城だという宣伝にはなったけどね。
マイケルがうちに来てからも、仲間は出来たけど、何かがかけているような感じはずっとあったんだ」

「だけど、ソフィーがきてから変わったよ。なにより城の明かりが暖かい光に変わったんだ。
もちろんカルシファーが変わったってのもあったけど、僕だってマイケルだって君にはとても感謝してる。
君が僕たちを本当の家族にしてくれたんだ。君は僕の幸福の象徴なんだよ」


ソフィーは目を見開いてハウルの顔を見上げました。
ハウルには、いつものような冷やかすそぶりはみえません。
ただ静かに微笑んで、城を見つめて話しています。


ハウルはソフィーの方を向きました。大きな瞳にソフィーは思わず吸い込まれそうです。

「ソフィーがなにか出来ないからって、そんなこと僕にとってはなんでもないよ。
だって僕には君がいればいいんだから!君といることが僕の幸せなのさ。
君が僕に愛することを教えてくれたんだもの。それなのに君はまだ駄目だなんていうのかい?」

「さぁ、ソフィー。僕のために出て行くなんて、そんなことは考えないでいてくれるかい。
そうしないと僕は、また君の好きな人たちをあちこちから呼び集めなきゃいけなくなるよ。」

ハウルはためらいがちにソフィーの目を見つめると、気恥ずかしそうな笑顔を浮かべました。

「ハウル・・・!」いつも自信たっぷりのハウル。お調子者のハウル。いたずらなハウル。
でも今目の前にいるのは、少し切なそうな笑みを浮かべ、正直に心からソフィーを見つめるハウルです。
ソフィーは思わずハウルを抱きしめました。

「ハウル、ごめんなさい!私が悪かったわ。あたし、本当に自信がなくなっていたの。
あたし、いつもあなたが暖かい光のもとに帰ってこれるように努力するわ。
そして、きっとあなたを幸せにする。それがあたしに出来ることなのね」 


ソフィーがそう言うと、ハウルはとても嬉しそうな顔をして、ソフィーをぎゅっと強く抱きしめました。





6.もういちど



しばらくするとソフィーは、ハウルが黄土色した塔のような建物のところに着地したのに気がつきました。
ソフィーはこの建物には見憶えがあります。荒地の魔女の城砦だったところです。
ハウルは自分が今日座っていた、庭園へと続く階段のところへとソフィーを連れていきました。


「今日の昼までは、ソフィーをもう引きとめられないのかと思って自分が自分でなくなりそうだった
僕といることで、ソフィーがかえってつらい思いをしているんじゃないかと思って・・・
でも、そうじゃないんだ。僕らはとても感性が似ているし、それに僕らは一緒にいたほうが強くなれる
ソフィー、君が僕に教えてくれたことなんだよ」

ソフィーはこみあげてくる嬉しさと愛しさに目を細めながら答えます。
「そうね、掃除が嫌いなこととハデ好きなことを除けば、本当はとてもよく似ているのかも。
私はただの掃除婦じゃなかったって事なのね!」

これにはハウルが目を丸くして答えました。

「掃除婦だなんて!そんなすごい掃除婦、みたことがないよ
僕たち皆を幸せにしてくれて、困った僕の面倒まで見てくれる、そんなすごい人がどこにいるというの?」

「そうね、あたしにしか出来ないのかも」
ソフィーはだんだん可笑しくなって笑い出しました。

「そう、君だけにしか出来ないのさ!」
ハウルはいまや生き生きとした笑顔でソフィーを見つめています。

「さぁ、そろそろ城に帰ろう。今頃二人は、僕たちが仲直りするのを今か今かと待ってるはずだよ。」

「そうね、あの二人には謝らなくっちゃ。」
ソフィーは反省し、今日の自分に苦笑いしながら答えました。

ハウルとソフィーは城まで仲良く空中を歩いて帰りました。
今の二人には、朝のケンカなどどこ吹く風といった感じです。




「・・・どうせ、今頃仲直りさ。そのうちひょっこり帰ってくるよ」
カルシファーはマイケルに言い聞かせるように言いました。

「そうだといいですね。今日は久しぶりに長いケンカだったから・・・。あの二人には本当に勝てませんね」
マイケルは困った人たちだと言わんばかりにフライパンを揺すっています。

「そういうなよ。マイケルだってあの二人が好きなんだろ?」

「そうなんですけどね。あの二人って、なんだかとても憎めませんよね」
マイケルはいつ二人が帰ってきてもいいようにと、テーブルに皆のお皿を並べ始めました。






























おわり


ちょっと原作らしくない二人でしたでしょうか。
ハウルがかなりしゃべりすぎな嫌いがあります・・・。
途中の部分は暗くって重たくって、書きながら自分でもメゲそうになってしまいました。
イメージが違ってしまった方、ごめんなさいです。

試行錯誤してたらソフィーがかなりネガティブになってしまって・・・自分でもびっくり。
それでも憎めない二人に仕上がっていたら嬉しいのですが。

最近、マイケルとカルシファーがお気に入りです。
この二人(?)にはほのぼのと語り合っていてもらいたいです。


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