■Mikel&Martha



1.マーサの旅立ち


早春の朝早く、まだ肌寒い陽気の中、
<がやがや町>からのびる丘の道を、一台の荷馬車が走ってゆきました。
荷馬車には御者とともにほっそりとした金髪の女の子が、背筋を伸ばし緊張した面持ちで座っています。

「マーサ、アナベルによろしくね。最初はきちんと挨拶するのよ。
アナベルなら、きっとあんたにいろんなことを教えてくれるわ。だから、しっかりと頑張るのよ」

母親のファニーと一緒に、姉のソフィーとレティーも見送ってくれました。
マーサはこれから<上折れ谷>に住む魔女のアナベル・フェアファックス夫人のところに見習いに行くのです。


<上折れ谷>まではたくさんの丘を越えていかなければいけませんでした。
途中、悪名高き魔法使いハウルの空中の城のあたりも通ります。
魔法使いハウルは、若い女性をとらえて魂を抜き取るのだとも、心臓を食らうのだともいわれています。
若く綺麗なマーサにとっては恐ろしく、また大変迷惑な話でもありました。

「ハウルは、娘たちの魂なんか集めていったいどうするつもりなのかしら?」

マーサは荷馬車に揺れながらこれからのことを考えるのに飽きると、時々そう思うのでした。


林の向こうに空中の城が見えてきました。
谷まで送ってくれる御者が、城から離れた道を選んでくれたものですから
それほど近くではなさそうです。マーサは小さくホッと息をもらしました。
もちろん魂をあげるつもりなんてありません。でもやっぱり少しは怯えていたのでした。
空中の城を通り過ぎその姿がだんだん小さくなると、
マーサは、魔法使いのハウルとはどんな人物なのかと思いをめぐらすことまで出来ました。


荷馬車の御者は、城を通り過ぎるといつもの道の方角へ荷馬車を走らせはじめました。
すると道端に、マーサより少し年上ぐらいでしょうか、カゴを持った背が高くて黒髪の
感じのいい少年が立っているのが見えました。

「この道は<上折れ谷>まで続いてる道なのかしら?」
荷馬車がゆっくりになったので、マーサはその少年にたずねました。

「ああ、そうですよ。このまままっすぐ進めばその道に出ると思います」
近くで見ると、話し方や身なりもきちんとしています。

「感じのいい人ね。性格もとってもよさそう。あたし、結婚するならああいう人がいいわ」
通り過ぎてしばらくしてからマーサがいうと、
おそらくここらの裕福な農家の息子なんでしょう。と、手綱を振りながらにこやかに御者は答えました。


2.薬草摘み


お昼になり、春らしい陽気がただよってきたその日、
マイケルはカルシファーに迎えを頼んで林に薬草を摘みに来ていました。
暖かい日差しの中、ハウルにたのまれた薬草はたくさん集まったようです。
これでしばらくは大丈夫でしょう。マイケルは薬草をていねいにカゴにいれ、
道へ出て、カルシファーに頼んだ城の戻る地点へと歩き出しました。


後ろの方から荷馬車が近づいてきました。
女の子が道をたずねてきたので、マイケルは出来るだけ親切に教えてあげました。
彼はいつも動く城に来る来客の応対をしているので、
歳の割にはしっかりした印象を与えることが出来るようでした。


「綺麗な子だったな。<上折れ谷>まで奉公に行くのかな・・・」
そう思いながら、マイケルはまた城への道を歩きだしました。


3.ソフィーとマーサ


<がやがや広場>にある<チェザーリの店>は、キングズベリーのどこのケーキ屋よりも美味しいと評判です。
姉のレティーは、マーサが<上折れ谷>に発った次の日から<チェザーリの店>で奉公をしていました。
レティーは3人姉妹の中でもとびきりの美人でした。
黒髪で青く澄んだ瞳は、金髪で灰色の瞳のマーサとは対象的でしたが、
お互い気が強く将来への願望を強く持っているところなどは、父親に似て同じようでした。


その年の五月祭の日に、<チェザーリの店>に初めて姉のソフィーが訪ねてきました。

「ソフィー姉さん!」
レティーはソフィーを見つけると店の奥に引っ張り込みました。
レティーは何故だか少しそわそわしているようです。
手近にあった箱からうわの空でクリームケーキを取り出すと、ソフィーに渡してこう言いました。

「姉さん、ひっくり返らないで聞いてね。 あたし、レティーじゃないの。 マーサよ」
「なんですって?」
ソフィーは信じられないといった顔でマーサを見つめました。


どうやらマーサとレティーは新しい生活をはじめてしばらくたった頃に、
お互いの姿を魔法で変えて入れ替わったようなのです。


「あたし、結婚したいし、子供は十人ほしいの」
マーサはさらに続けます。
「それにレティーの姿をしてると、あたしが好きな相手が本当のあたしを好きなのかわかるし」


マーサにはどうやら既に好きな人がいるようです。
まじないの効果が薄れるまでに、確かめておきたいことがあるようでした。


4.二人の出会い


レティーの姿になったマーサがマイケルと初めて会ったのは、<チェザーリの店>に来てしばらくのことでした。
レティーの時に教えられたことが、もちろんレティーになりたてのマーサにはわからなくって
そんなことを知らないキャリーに嫌味を言われてしまったときです。
カウンターの人ごみの向こうに、どこかで見たことのある少年が立っていました。


マーサにはすぐにわかりました。彼は<上折れ谷>への道を教えてくれたあの少年に違いありません。
マーサはとっても恥ずかしくなりました。
なんだか今の失敗は、彼には絶対見られたくなかったような気がしたからです。
とたんに顔が熱くなって、思わずまごついてしまいました。


少年は自分がお金を払う番になった時、こっそりとマーサに耳打ちをしました。
「気にすることなんか無いよ、彼女はいつもそうなんだ。
僕なんていつも失敗ばかりさ。でもまたいいこともあるよ!」


マーサはハッとして少年の顔を見ました。
「それと君、なんだか魔法が使えるみたいだね。・・・僕も今、修行中なんだよ」
少年は屈託のない顔で笑います。
バレちゃった!マーサの顔がさらに熱くなりました。


「・・・あなたの名前は?」
少年は彼女から袋を受け取り、にっこり笑っていいました。
「僕はマイケルです」


少年が帰ったあと、マーサはなんだか胸がドキドキしていました。
「彼はマイケルっていうのね!」不思議と魔法が彼にバレたことはなんとも思いませんでした。
いえ、むしろ喜んでさえいたのです。


マーサはレティーになりすますことを、最初のうちは面白がっていたのですが
何日かたつと本当の自分がどこにもいなくなってしまったように思えて淋しくなってきていました。
そこへマイケルが現れたのです。
彼に慰められたことはとても嬉しく思えたし、
マーサは今度会ったら彼に本当のことを打ち明けようとさえ思いました。





その日の夕方近く、マーサは奥さまにいわれて近くにお使いに行きました。
明日の仕込みに足らないものが出てきたからです。
目的の店はすぐそこです。マーサはメモを確認しながら角を曲がりました。
すると、近くから誰かの話し声が聞こえます。


「お前、さっきレティーと話していた奴だろう」
その声には聞き憶えがありました。いつも店に来ている農家の息子のようです。
見ると、奥まった路地でマイケルが数人の男たちに囲まれているのが見えました。


「レティーはお前だけのものじゃないんだ。これからは気をつけるんだな」
一人の男がマイケルの胸ぐらをつかみました。
マイケルは少しうつむいて考えているようでしたが、ふいに男の顔を見上げるとこう言いました。


「レティーは誰のものでもないし、それにレティーにだって選ぶ権利はあるでしょう?
レティーの気持ちを考えないなんてばかげてますよ」
男は怒ってマイケルを突き飛ばしました。


マイケルは、押された勢いで角のところにいたマーサの目の前まで飛ばされました。
「あなたたち、・・・何してるの!」マーサはマイケル越しに男たちを見て言いました。
「・・・!よ、よう、レティー。俺たちは・・・な、何もしてないよ・・・なぁ?」


男たちはレティーの姿をしたマーサを見ると、とたんにうろたえてお互いに目配せし
マイケルを押しのけてさっさと行ってしまいます。
マイケルは逃げ出す男たちに押されて、マーサに押し付けられるような格好になってしまいました。


後ろにいるマーサを覗き見るようにして、気恥ずかしそうに笑いながらマイケルは言いました。
「・・・やぁ、レティー。何事も気にしないでいるといいことがあるもんだね。
こんなところでまた君に逢えるとは思わなかったよ!」


マーサはマイケルがもっと好きになりました。





「カッコ悪いとこ、見られちゃったね」
照れ笑いのまま、今度はちゃんと振り返ってマーサに言いました。
「いいえ、とってもカッコよかったわよ」
マーサはマイケルに、はにかみながら笑顔で返します。
マイケルならこの魔法が切れたって、きっと何も変わらずにマーサを好きでいてくれるに違いありません。


「今、お使いの途中なんだけど・・・最近、ハウルが若い娘の心臓をねらって危ないって話でしょ?
よければ、お使いにつきあってもらえないかしら?」
密かにレティーが気になっていたマイケルには、依存なんてあるはずがありませんでした。
「もちろん!喜んでつきあうよ」





マイケルはとても幸せな気分で城への帰り道を歩いていました。今にも空へ飛びたちそうな勢いです。
マイケルとマーサはあれから一緒にお使いの残りをすませました。
そしていったん店に戻ったマーサは、奥さまに品物を渡すとすぐに店を出てきてこう言ったのです。
「今日の仕事は終わったわ。それにまだ寮の門限までは時間があるの。お茶をごちそうしてもらえない?」


それからの時間はまるで夢のようでした。
マーサは以前マイケルを見かけて以来、ずっと気になっていたというのです。
なんという幸せでしょう!天にも昇る気持ちとはこのことでしょうか。
その夜、マイケルはマーサへの気持ちをはじめて手紙にしたためました。


5.マイケルの決意


五月祭の夜、城にやってきたおばあさんのソフィーは、どうやら城中を掃除するつもりでいるようです。
バタバタ音がしたかと思うと、ソフィーは今度階段と二階の廊下の掃除に手を付けはじめました。


作業台でなにやら呪文を見て考え込んでいたマイケルは、突然、何かを思い出したように階段を駆け上がりました。
廊下の掃除がすんだら、おそらく次はマイケルが使っている二階の手前の小部屋の掃除でしょう。
大事な大事なレティーとのやり取りを、ソフィーに見せるつもりはありません。


急いでベット下から大切な箱を取り出したマイケルは、どこに隠そうかと考えたあげくに、
作業台の引き出しに入れて鍵をかけることにしました。目につく所に隠せばとりあえずはひと安心です。
「ハウルさんがちゃんと話を聞いてくれたらなぁ!どうして今度の娘さんには手間取っているんだろう?」
マイケルは深いため息をつくと、気を取り直して、また元の呪文に向かって考え出しました。


レティーのためにも早く立派な魔法使いにならなくては。
二人は将来、いっしょになると約束したばかりです。






























おわり


あつあつのマイケルとマーサを書いてみたかったのですが、まだまだですね(笑)
短くまとめようにも、どんどん長くなっちゃって・・・。また、修行します。


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