■家族の危機



「・・・・・だから、そうするって言ってるじゃないか!」


度重なるソフィーの追求にたまりかねた様子のハウルは言いました。


「そうするって、あなたはいつもそうやって逃げてばかりじゃない。
私は”そうする”って言うだけじゃなくて、ちゃんとやってほしいのよ!」

「・・・・・!」

何かを言いかけようとしたハウルはふいに口をつぐみ、カルシファーにお湯を送るよう短く言うと、
そのままきびすを返してバスルームへと入っていってしまいました。


残されたソフィーは深いため息をつきました。同時にだんだんと目が涙でにじんできます。
何故だかそれを誰にも見られたくなくて、隠そうとするかのようにテーブルに突っ伏しました。

「・・・また、言っちゃった・・・」
ソフィーは自分だけに言い聞かせるようにしてつぶやきました。


マイケルがチェザーリに行っているときで良かった。
いれば彼は身の置き所がなくなってしまうことでしょう。
そう、今回のケンカには彼も関係あることなのです。



「・・・まったくもう、ソフィーはこうと決めたら頑固なんだからなぁ。。。」

ハウルはバスタブにはったお湯の中に自分を沈めると、片手で前髪をかき上げながら深いため息をつきました。
ソフィーの気持ちもわかる。だけど、ものごとってもっとなるようにしかならないんじゃないか?

「なんでもっと気楽になれないんだろうなぁ・・・」
そう、ポツリとつぶやくと、またもやハウルは深く長いため息をつきました。





事の起こりは、ほんのちょっとした意見の食い違いからなのでした。


先週、マイケルの外出中に、ソフィーが彼の代わりになってポートヘイヴンの扉のお客様に
まじないを調合してあげていた時のこと。
その時の客である、船乗りの妻とも思えぬようなしとやかな女性が、おずおずとソフィーに言ったのです。


「あの・・・こちらにマイケル・フィッシャーという少年がいると聞いてきたのですが」
「・・・ええ。マイケルは今、出かけておりますが。・・・何か?」
ソフィーは少しだけ怪訝そうに答えました。
マイケルは両親が亡くなって以来、誰にも引き取られず、子供一人では暮らしていけなかった為に城に来たはず。
そんなに近しい人なんていないはずなんだけど・・・。


「・・・実は私、マイケルの叔母なんです。」
意を決したようにその女性は話し始めました。


「マイケルは私の姉の子で、今となっては私が一番近い親戚にあたります。
姉が亡くなった時に引取るはずだったのですが、その時は義兄が反対したので引き取りませんでした。
その後、義兄が嵐の海から帰ってこないと聞いた時には、主人が出征していて義母も寝たきりだったので
とても引き取れるような状態じゃなくて・・・。
そうこうしているうちに、あの子の行方がわからなくなってしまいました。
でも、それからずっと、あちこちの施設や身寄りのない子供を引き取った家などを聞いて探し回っていたんです。
先日、この近くでこちらの見習いの男の子がマイケルと名乗っていると伺って・・・
ごめんなさい、こちらへは本当は様子を見にやってきたんです。」


線が細く少し押しの弱いような感じもしますが、とても人のよさそうな感じのご婦人です。
確かに、このご婦人ひとりで主人の留守中に寝たきりの義母と、おそらく子供達と、
そして身寄りのない甥っ子を引き取って世話をしろというのには、かなり無理があるような気もします。


ただ、マイケルにとっては数少ない貴重な親戚であることは間違いないのでしょう。
そしておそらくきっと自分を見捨てた人でもあるわけで。
ソフィーはこの微妙な関係の来客を、マイケルが帰るまでとどめておいて良いのかどうか考えあぐねてしまいました。


「・・・とりあえず、マイケルはもうすぐ戻ってくると思いますが。お会いになっていかれますか?」
ソフィーは悩んだあげくに選択を親戚であるご婦人にゆだねることにしました。
「いいえ・・・今日は一旦帰ります。」
ご婦人は少し目を伏せて考えながらこう言いました。
「マイケルはひょっとしたら私たちを恨んでいるかもしれませんが、あの時は誰もが仕方なかったのです。
それに、主人が戦争から帰ってきて義母も亡くなった今なら、私たちはマイケルを引き取る用意があります。
そのことを彼に伝えておいてください・・・また来週こちらに伺います」


ソフィーはご婦人に選択を振ってしまったことを後悔していました。まさかこっちに振ってこられるとは。
彼のここに来た経緯から察するに、その頃のことはたぶん、あまり思い出したくはないことでしょう。
だけどせっかく引き取りたいという親戚が現れたのです。それ自体は彼にとって悪いことではありません。


それに考えれば考えるほど、問題はマイケルではなくソフィー自身の方にあるような気もしてきました。
マイケルとはほんのしばらくの間、動く城で同居していただけなのに、
ソフィーにはマイケルが大事な家族のように思えてきていました。もちろんマーサとの事のせいもありますが。
けれども自分のちょっとした感傷のせいでマイケルの大事な人生をおろそかにしてはいけません。
悩んだ末に、ソフィーはハウルに相談することにしてみました。





「マイケルにそんな親戚がいたのかぁ・・・。ねぇ、その人って一体どんな人だったんだい?」
ハウルは部屋で着替えながら、脱いだ服をたたんでいるソフィーに聞いてきました。

「そうね、少し細くって押しが弱いけれど、とても人のよさそうなご婦人だったわ。
それに漁師の奥さんではない感じもしたかしら。・・・なんとなくだけど、町の人っぽい感じがするの。」

「そうか、それでマイケルのことも分かるのが遅れたのかもしれないな。
・・・でも、それなら僕達には何も言うことはないしなぁ・・・」
ハウルは少しどころかとても残念そうに言いました。やはり彼もマイケルと離れるのは寂しいのでしょう。

「じゃあ、マイケルにそのことを言うのね?」
ソフィーはそうとは知らずにハウルに詰め寄って言いました。

「しょうがないよ、その方がマイケルにとってはいい事なのかもしれないし。選ぶのはマイケルなんだからね」

「そう・・・そうよね。でも私たちやっと家族のようになってきたのに・・・それが、とても悲しいわ」

ソフィーがマイケルのためを想っているのと、マイケルへの親愛の情との間で揺れているのが見て取れました。
でも、ハウルだって実は同じ気持ちなのです。マイケルは動く城にはじめてやってきた家族なのですから。
彼がいることでハウルの心がどれだけ和んだかしれません。誰かの待つ家に帰ることは心地がいいものです。

「君にはつらいだろうから、折を見て僕が言うよ」
ハウルはソフィーをそっと抱きしめると、なぐさめるようにして、そう言いました。





翌日、ハウルは朝食の後にマイケルを呼んで話をしました。
すると、意外にも彼は叔母の話を知っていたようなのです。

「昨日、お使いに行ったときに街中で叔母らしき人を見かけました。城の方から歩いて来たようだったし、
なによりソフィーさんがよそよそしかったので、僕、ピンと来たんです。
・・・それで、カルシファーに聞いたらすっかり教えてくれました」


昨夜はあんなにソフィーと悩んだのに・・・!ハウルは裏切り者の火の悪魔の方をじろりとにらみました。
ハウルの光る目に縮み上がったカルシファーは、なにやら言い訳をしましたが、
「お、おいらは悪いことなんか言ってないぞぉ!そ、それに、マイケルだってここに残りたいって言ったんだしさ」


それを聞いたハウルは、驚いたようにマイケルの方を向いて言いました。
「マイケル・・・ここに残るって!?僕達は勿論それでかまわないけれど・・・君は本当にそれでいいのかい?」

「ええ、僕だってそれでかまいません。もともと叔母が悪いわけではないのは分かっていたんです、
それに、僕はここにいたいんです。未だ修行だってろくに終えていないし、それに・・・」
最後はすこし恥ずかしそうに小声で言いました。
「マーサと遠くなってしまいますから・・・」


「・・・そうか。それを知ったら、ソフィーも喜ぶよ!本当は離れたくないって悲しそうにしてたからね」
ハウルは肩の荷が下りたような顔をして、満面の笑みで言いました。

「・・・本当ですか?」マイケルもそれを聞くと、ぱぁっと明るい顔になりました。
マイケルがソフィーを既に義姉のように慕っているのは分かっています。
少し頬を赤らめて嬉しそうな表情をするマイケルに、ハウルもほっと胸をなでおろしました。





しかし、物事はそう上手くはいかないようです。次の週に来たマイケルの叔母は事の次第を告げると
突然、納得がいかないと言い出したのです。

これにはハウルも参ってしまいました。一生懸命、叔母にマイケルや自分達の話をしたけれども、
彼女は既に引き取ると自分の中で決めてしまっていたのでしょう。頑として認めないと言い張りました。

なかなかはっきりとは断れない性格のハウルは、ついにはマイケルの叔母に押し切られるような形で
話を切られてしまったというのです。

これには誰よりソフィーが憤慨しました。
「どうしてそんなに大事なことを勝手に押し切られてしまうの!?」
まるで酷いと顔に書いてあるような表情でソフィーはハウルを罵りました。

「・・・たしかにこれは僕が悪かったのかもしれない。だけど、僕だって頑張ったんだよ?
でも、しょうがないじゃないか、僕達は他人なんだから。
あそこまで親戚が預かりたいといっているのにどうして断ることができる?」
ハウルは情けない顔で力なく反論しました。


「だって、マイケルが私たちと一緒に住みたいって言っているのよ?だのに、どうして!」


”ソフィーの気持ちもわかる。だけど僕だってマイケルとは離れたくないんだ。それなのに・・・ああ!僕は無力だ!”
ハウルの中で言いたいことがどんどんたまっていきます。


「・・・だから、そうするって言ってるじゃないか!」
頭が混乱してきたハウルは、知らず知らずのうちにソフィーに強い口調で言い返していました。


”ダメだ、こんなことが言いたいんじゃないんだ!”
・・・とりあえずハウルは頭を冷やしにバスルームにこもる事にしました。
「カルシファー、お湯だ!」短く言い捨てると、きびすを返してバスルームへと向かいます。
蛇口を目いっぱい開いて、急いでお湯を満たすとハウルはバスタブに身を沈めて横になりました。


”他人が家族になるって結構大変なものなんだな・・・”
ハウルは大きなため息をついて、これからどうした方が良いかを静かに考えてみることにしました。





1時間後、考えがいまだまとまらないままハウルはとりあえずバスルームから出ることにしました。
今日はあんまり浸かりすぎると、堂々めぐりで頭ものぼせてしまいそうです。


”僕だけでは話にならないのなら、次はマイケルでも一緒に同席してもらおうか・・・?
いやでもマイケルはまだ若いしなぁ。何より刺激が強すぎやしないか。
せっかくの親戚との仲が悪くなるのも考えものだし・・・”


ハウルの考えがまたもや堂々めぐりを始める頃、
マイケルがポートヘイヴンの扉を開けて帰ってきました。なにやら嬉しそうな晴れ晴れとした表情をしています。





「ハウルさん、ソフィーさん。僕、叔母さんと話をしてきました!」
ハウルはそれを聞いた瞬間、おもいっきりずっこけました。

「ハウル!」ソフィーが思わず倒れたハウルに駆け寄ります。
湯上りのハウルからは、はじめてあった時と同じ、ヒヤシンスの香りがしました。


「叔母さんが許してくれたんです!・・・ああ、なんて今日はいい日なんだ!」
マイケルはいまや踊りだしそうな勢いです。
「・・・それで、なにがそんなにいい日なんだい?」気を取り直してハウルが聞きました。


「今日、叔母さんに許してもらえたんです。ここにいることと、マーサと僕が付き合っていることを!
・・・さっき、チェザーリでマーサと話している時に、たまたま叔母がお菓子を買いに来たんです。
だから僕、思い切って言ってみました。ハウルさんのところで、これからも見習いを頑張るってことと、
ゆくゆくは立派な魔法使いになって、マーサと幸せになりたいってことを。
それに、マーサも一緒になって言ってくれました。僕が・・・今とっても頑張っているのがわかるって!」


おやおや、マーサも言ってくれたものだわ!
休み前の気もそぞろなマイケルを見せてやりたいわね。
ソフィーがすこし呆れたようにくすりと笑いましたが、マイケルはそれには気づかないようすです。


「叔母さんはすぐに許してくれたのかい?」
何よりも不思議そうにハウルはマイケルに聞きました。


「ええ、僕がマーサを紹介したあたりからなんだか叔母が静かになったので、
実は僕も、怒っているのかもって思ったんですが・・・マーサがとても『僕をたてて』くれたのが良かったみたいです。
マーサが僕の事をすべて言い終わる頃には、叔母は笑って言ってくれました。
『なんだかかわいい姪っ子ができたみたい。結婚式には呼んでちょうだいね』って!
これってもう、僕達公認ってことですよね!今日は僕、ヤリが降ってきたってわからないような気がします!」
たしかに今のマイケルは隣で悪魔が踊っていたって気づかないようにさえ見えました。


ハウルとソフィーはそんなマイケルを見て、お互いの顔を見合わせました。
・・・思わず顔がほころんでしまいます。

「そうか、僕達が心配しすぎだったってことなのかな」
ふたりは揃って苦笑いをしました。


「ハウル、さっきはちょっと言い過ぎたわ。ごめんなさいね」
ソフィーはハウルに駆け寄った姿勢のままで、ハウルに抱きつきました。
「いやいや、マイケルの事がうまく収まったんだからそれでいいんだよ」
この際と、ハウルは笑ってソフィーに頬ずりをしました。


「みんなは、いいよなぁ。おいらなんか、心配してかばってくれる相手さえいやしない!」
カルシファーが暖炉で頬杖をついてそっぽを向いています。
「そんなことないよ、カルシファー。君が教えてくれなかったら、僕はこんなに上手くはいかなかったさ!
やっぱりカルシファーは一流の悪魔なんだよね。最高だよ!」
いつになく饒舌なマイケルがフォローを入れると、カルシファーは
「・・・え?そ、そうかなぁ〜」と照れて赤くなって、ひときわ大きく立派に燃え上がりました。





後日、動く城のみんなはマイケルの叔母の家のお茶会に招かれました。もちろんマーサだって一緒です。
この間褒めてもらったお礼にと、カルシファーもマイケルのそばで魔法使いの見習いを頑張っていることを主張してくれました。
マイケルの叔父と叔母は、マイケルがこんなにしっかりと成長しているのを見て、ハウルとソフィーに感謝してくれましたし、
マイケルとマーサには「これからは私たちが見守っていることを忘れないでいてほしい」と言ってくれました。


マーサはソフィーに幸せそうにつぶやきました。
「姉さん、私、嬉しいの。父さんが死んで、ひとり立ちして、母さんが再婚して、
・・・いろいろ大変だったけれど、こんなにたくさんの家族が一度にできるなんて!」
それはソフィーもマーサと同じ気持ちでした。

「そうね。たくさんの家族ができて幸せね」思わず涙ぐむマーサを慰めてから、ハウルの方を振り向くと、
「君と僕と、僕達の子供でもできれば、きっともっと皆が幸せになれるんじゃないのかな?」
ハウルはにっこりと微笑んで、ソフィーの肩を抱き寄せると、頬に優しく口づけをしました。





その日、カルシファーはみんなの為に花火をたくさん打ち上げてくれました。































おわり


ケンカの後の能天気な展開は、こうあってほしいという願望です。
私は原作の最後のお話のたたみ具合がとってもhappyで好きなのです。
でも、読み返すとなんだか微妙に映画の気配がしたりして・・・ああ、わたしっていいかげん。


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