■夫婦ゲンカ



ソフィーがハウルと結婚したのは2ヶ月前のことでした。
ハウルが荒地の魔女の呪いを解いて王室づき魔法使いのサリマンとジャスティン王子がお城に帰した後、
二人はみんなからの祝福を受けて式を挙げたのです。


本当なら新婚で一番幸せなときのはずなのですが・・・
ハウルはサリマンと一緒に王室づきの魔法使いの仕事に忙しくて、なかなか帰ってはこれません。
そんな時ソフィーはチェザーリの店に行ったりして末の妹のマーサと話したり、キングズベリーへ行っては
魔法使いサリマンのところに弟子入りしている妹のレティーと会ってきたりするのでした。





がやがや町にもそろそろ夕暮れの時刻です。
いつものようにソフィーは、花屋を閉めて夕飯の支度にとりかかり始めました。
カルシファーに頭を下げてもらって、大き目の鍋を火にかけます。
いろいろ材料を放りこみ美味そうな匂いが辺りにたちこめてきた頃、久しぶりにハウルが早く帰ってきました。


口笛をふいて機嫌よさそうなハウルに、カルシファーが切々とうったえます。
「どうしておいらは、いつもいつも鍋の下じきなのさ!今日なんかもうずっとだよ!」
「まぁまぁ、カルシファー。おかげでソフィーご自慢のチャウダーが食べられるさ。
さぁ、そんなに怖い顔しないでさ。ほら、余ったベーコンなんかはどうだい?」
ハウルはそこにあった切れっ端のベーコンを、カルシファーの口に放り込んでやりました。


「ハウルさん、今日は機嫌がよさそうですね。何かあったんですか?」と、マイケルが言いました。
「ああ、今日はジャスティン王子がサリマンのところに行きたがっててね。・・・ほら、しばらくサリマンと
一緒なからだに入っていたから、どうもジャスティン王子もレティーが気になるんだな」


「まぁ、大変!レティーはサリマンが好きなのよ。でもハウルったら、どうしてそれで機嫌がいいわけ?」
ソフィーは少しびっくりしながら言いました。
「だからさ、ジャスティン王子にサリマンの家までの道順を聞かれたときに、”特別遠回りの道”を教えてあげたのさ」
マイケルとカルシファーは思わず噴き出しました。


「いったいどんな道を教えたのさ?」可笑しそうにカルシファーは聞きました。
「サリマンの家はキングズベリーの旧市街にあって、もともと迷いやすいところにあるだろう?
だからジャスティン王子は僕に近道を教えてくれといってきた。でもね、僕は”絶対に迷う道”を教えてやったのさ!
きっとたどり着けなくて途中で帰ったはずだよ。」
ハウルはウインクしながら答えました。


「たどり着けなかっただなんて!」・・・一体どんな道でしょう。ソフィーはあっけに取られて言いました。


「レティーはソフィーに似てしっかり者すぎて気が強い娘だから、サリマンぐらいがちょうどいいんだよ」
ハウルはさらに続けます。
「サリマンも王子と仲がいいからって、レティーを半分こにするつもりかな?・・・つまりは、優柔不断なんだよ」


これにはソフィーがたまらず言いました。
「ああ、男ってなんてひどい生き物でしょう!レティーを半分こ、ですって!よくそんな言い方が出来るわね」
「女ってなんてめんどくさい生き物だろう。僕ならいくら来たって王子なんか無視してやるけどね!」
面白がって、ハウルはやりかえします。


「うそばっかり!あんたは面倒が嫌で、いつもうなぎのようにぬるぬると逃げてばかり。
だけど、王子を無視するなんて事はできっこないわ。
きっとあんたがレティーでも、王子からは逃げられやしないわよ!」





・・・どうしてこんな風に言ってしまうのでしょう。
ソフィーはなんだか落ち着くための紐が切れてしまったような気がしました。
でも、こうなってしまったらもう自分ではどうにもとめられません。


マイケルはいきなりの展開に、少しハラハラしているようでした。
カルシファーはやっぱり面白そうに見守っています。


ハウルは、ソフィーにうなぎと言われて少しひきつった笑顔を見せると、何かを言い返そうとしていたようでしたが
しばらく考えると、思い直したようにしてこう言いました。
「ソフィーは僕だけでは足りないのかい?」
軽くため息をついて、アゴに手を添えソフィーを上目遣いに見ています。


「僕はソフィーが他の人に言い寄られたら、あまりいい気はしないけどね」
そういうと、ソフィーを見つめ、いたずらっぽい笑顔を浮かべました。


ハウルの言うことはもっともです。レティーは頭はいいけれども、器用なほうではありません。
ソフィーだってハウルにそんな人が現れたら、思わず違う道を教えてしまうかも。
ソフィーはそんなことでムキになってしまった自分が、ちょっとだけ恥ずかしくなりました。


けれども、ここで素直になる気はありません。
「た、足りる足りないじゃないでしょう?どんな人にだって一応の礼儀があるってものだわ!」
気恥ずかしさから、ソフィーは少しぶっきらぼうに言いました。
「それはそうだけどさ。ほら、レティーはサリマンに夢中だから・・・」
それもそうです。レティーはパーシヴァルが王子とサリマンに戻ったとき、迷わずサリマンを選んだぐらいですから。


「・・・ジャスティン王子には気の毒だけど、レティーはサリマンが好きなんだもの。そのほうがいいのよね」とソフィー。
「そうですよ。僕のマーサも心配していました。サリマンさんのところに王子が顔出し過ぎるって!」
待っていたかのように、マイケルもすかさず言葉をはさみました。


「ごめんなさい、少し言葉が過ぎたわね。・・・さぁ、冷めないうちに夕飯にしましょうか」
気を取り直して、ソフィーが言いました。
「そうだよ、早くおいらの上からこの邪魔で重たい鍋を取り除いておくれ!」これにはカルシファーも大賛成しました。


カルシファーは食事の間中、困ったジャスティン王子のまねをしてみんなを笑わせました。
「あんまりやりすぎはダメよ。なんていったって王子様なんだから」とソフィーはたっぷり笑った後で言いました。
「王様も王子も、何でもすぐ僕に頼みすぎなんだよ!少しは役に立たないと思ったほうがいいのさ」
ハウルも茶目っ気たっぷりに言いました。





食事の後、ハウルはマイケルに新しい呪文を教えてやりました。
なにやら分厚い本を広げて、いろいろとマイケルに質問しては答えを聞き、何回か実演してやっています。
ソフィーはそれを横目に見ながら食事の後片付けを終えると、暖炉のそばに座り、今度は縫い物にとりかかりました。
縫いながら、ソフィーはレティーのことを思い浮かべました。


レティーったら!いくらその気がなくても、王子から言い寄られたら断るのも一苦労でしょう。
でも、そう何度も王子が逢いに来てたら、何かの拍子についほろりとなったっておかしくありません。
「レティーも大変そうだわね」
ついうわの空でつぶやいたソフィーは、珍しくうっかりと指に針を刺してしまいました。
「あ痛!」
見ると、人差し指からはうっすらと血がにじんでいます。


やれやれ、今夜はもうダメみたい。
ソフィーは小さなため息をついて、あきらめて裁縫道具を片付けだしました。
カルシファーに新しい薪をくべてやり、なにやら空中からものを取り出している最中のハウルとマイケルにも声をかけると、
ひとりで2階へと上がっていくことにしました。





ソフィーはハウルと結婚してから階段下の部屋を引き払い、ハウルと同じ部屋に引越ししました。
だけど王室づき魔法使いの仕事が忙しくなったハウルは、なかなか帰ってはこれません。
いつのまにかソフィーは、一人で先に寝るのが習慣になってしまっていました。


ソフィーがうとうとしかけた頃、ハウルが部屋に入ってきました。
「ハウル、さっきは言い過ぎたわ、ごめんなさいね。・・・最近、忙しそうだったから少し淋しかったみたい」
すこしまどろんでいたせいか、思いのほかすっと出てきた素直な言葉にソフィーは自分でも驚きました。


「・・・いいんだよ。ソフィーがいい人過ぎるのは今に始まったことじゃないさ。
そんな君に、僕はいつだって戸惑ったり迷わされてばかり」
ハウルは軽く微笑んで、ソフィーを上からのぞき込みます。


迷わせた?私が?
男の人を困らせたり、惑わせたり。そういう部分に自信の無いソフィーには、これもまた意外な言葉に思えました。
「迷わせたのはあなたでしょ?」王子の事を思い出して、ソフィーは思わず笑っていいました。


「そうさ、こんなところにソフィーを迷わせたのも僕のせい。
でも本当は最初から、ソフィーにずっとここにいて欲しかったんだ・・・」
そう言うと、ハウルはソフィーに間近からとびきりまぶしい笑顔を見せました。


「ハウルったら・・・」
笑顔がハウルの得意技だということはわかっています。
・・・だけどソフィーは今夜のところは負けてあげることにしました。





マイケルは、そろそろと廊下を歩いて部屋に入りました。
2人に余計な気を使わせたくなかったからです。
「明日はチェザーリの店に行ってこよう。そして、今度の休みはマーサと2人でどこかに行きたいな!」
ベットの下に隠してあった大切な箱をながめながら、マイケルは嬉しそうに次の予定を考えていました。






























おわり


ハウルとソフィーにケンカをさせてやるのが目的だったのですが、うちのふたりはなかなかケンカしなくて・・・
ケンカのタイミング&原案は、うちの娘に考えてもらいました。

後日読み返すと、いろいろ突っ込みどころが満載ですね。
ジャスティン王子の方が先にレティーを好きになったんじゃ・・・?ってのは、どうか大目に見てやってください。

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