■Howl&Sophie



暖炉で燃え尽きた薪のうちの一本が、カルシファーの下で崩れ落ちました。
今夜はハウルの帰りが遅いようです。
ハウルは夕暮れ前にキングズベリーから帰ってきたかと思うと、またすぐウェールズの扉を開けて出て行きました。


「最近疲れているはずなのに・・・」
ソフィーは編み物の手を休めて、一人ぽつりとつぶやきました。


ここしばらくは、サリマンが隣国に出かけているのでハウルは王様にかかりっきりなのです。
こっそり気になったソフィーは、ハウルの部屋の窓から外の様子をのぞいてみました。
この窓からはウェールズにあるハウルの姉の家の様子が見えるのです。
どうやらハウルは納屋から車をだし、急いでどこかへと出かけた様子でした。


「まったく・・・どこに行くつもりなのかしら!」
自然、多くなってしまった小言を愚痴りながら、ソフィーはマイケルやカルシファーと一緒に夕食を終え、
些細な片付けや掃除も終えると、暖炉のそばに座っていつもの繕い物を始めました。
ぽかぽかとした暖炉の暖かさに包まれながら、ソフィーはつい、うたた寝をしてしまったようです。
いつのまにかマイケルは部屋に上がってしまっていました。





どれくらい時間がたったのでしょう、カルシファーも今では小さくなって寝息を立てています。
バン!!
いきなり扉が勢いよく開き、あまりの音にソフィーはびっくりして目を覚ましました。
扉の把手は黒い色をさしています。ハウルが帰ってきたのです。


「みんな、おいらが好きなくせに、いつだっておいらを仲間はずれ♪」
ハウルはカルシファーの作ったフライパンの歌を、調子はずれにがなっています。


「もう、何時だと思ってるの!?」とソフィーは腰に手を当てていいました。
「もちろんわかってるさ、かわいい子ネズミちゃん」
ハウルははじめて出逢ったときの呼び名でソフィーをからかいました。
足元はふらふらとおぼつかない感じです。どうやらだいぶお酒を飲んでいるようでした。


ハウルは階段へ向かおうとしたのでしょうが、足元がおぼつかなくてよろめいてしまい、
ちょうど暖炉の前にいたソフィーにもたれかかる感じになりました。


「よっ・・・と、世界が一緒にダンスしているようだね。ソフィーもよければ一曲どうだい?」
「ダンスはまた今度よ。王様の舞踏会に行ったときにすればいいわ。階段はこちらよ、おのぼりさん。
あ、マイケルお願い!起きてきたならハウルを寝室に連れて行くのを手伝ってちょうだい」


ハウルの重みで倒れそうになりながら、何事かと2階から覗いたマイケルに、ソフィーは声をかけました。
「ちぇっ、つれないなぁ・・・。僕が毎日みんなの為に汗水たらして働いたって、所詮こんなもんさ」
「うそばっかり!そんなに酔っぱらっちゃって。」
マイケルに手伝ってもらって支えながら、ソフィーはハウルに言いました。


「そんなことないさ。言っとくけどね、僕はしーらふそのものさ!」
ソフィーとマイケルは歌い続ける千鳥足のハウルを引っ張りあげて、なんとか部屋へと連れて行きました。





2階から降りてきた2人は、またいつものアレが始まるからとカルシファーにお湯を沸かしてもらい、急いで支度を始めました。
上ではハウルのこれみよがしで、わざとらしい大きなうめき声が聞こえ始めてきています。
どうやら、酔っぱらいのご主人さまがお呼びのようでした。


「うー・・・頭がガンガンする〜。誰か、誰か薬を持ってきてくれー・・・!」
まずはマイケルが2階へと、水と薬を持って走っていきました。


「あー、気持ちが悪いよ・・・。悪寒がする。吐き気がする。ソフィー、助けて・・・!」
駆け降りてきたマイケルが、あわてて洗面器とタオルを持って駆け上がります。


「ああ、でも明日の用意をしなくちゃ・・・マイケル、本棚の右側にある赤い本を持ってきてくれ・・・。早く、大至急だ!」
ソフィーは、汗だくで息を切らせて降りてきたマイケルに、さっと棚から取り出した赤い本を持たせてやりました。


「ああ、もうダメだ・・・。僕はこのまま死ぬんだ・・・!そして消えてしまうんだ!!」
ハウルはマイケルを散々使いっ走りさせてやったあげくに、途方にもくれさせてやりました。


疲れきった表情で部屋から這い出してきたマイケルは、もう降参とばかりに2階からソフィーに目配せをしています。
「――まったく、しょうがないったら・・・。」
ソフィーは椅子から立ち上がって階段を上ると、マイケルと入れ替りにハウルの部屋へと入って行きました。
手には、ハウルのお気に入りのカップに淹れた、温かいハチミツ入りのハーブティーを持っています。





部屋に入ると、ハウルは頭からすっぽりと布団をかぶりベッドの中にもぐりこんでしまっていました。
「はい、特製のハーブティーよ。きっと気分が良くなるわ」
ソフィーはそのお茶を、ハウルが取りやすいようにと枕元の小机に置いてやりました。


「ああ、ソフィー!僕はもうすぐ死ぬんだ。・・・その時、君だけは・・・僕と一緒にいてくれるよね?」
布団を頭からかぶっていたハウルは、思いっきり哀れっぽく言って、そろそろと中から震える手だけをさしだしました。


「・・・いったいどこの誰が、二日酔いで死ぬっていうのかしらね!」
ソフィーは苦笑いしながら布団の中でもしっかり聞こえるようにと、とびっきり大きな声で言ってやりました。
「そんな方がいたら、是非ともお目にかかりたいものだわ」
やれやれという顔で、それでもベッドの横に椅子を寄せて座ってやります。


「お願いだから、おとなしく眠ってちょうだい。・・・明日も王様のところに行くんでしょう?」


「ああ・・・!僕がこんなにソフィーの事を想っているのに、いつもソフィーは僕の事をムゲにしてばかり。
どんなに僕がソフィーの事を大切にしているのかなんて、全然わかってくれないんだ!」
とびきり悲しそうに、ハウルは更に大きな声をあげて嘆きだしました。


あまりに泣くので、さすがのソフィーにも少しハウルが気の毒に思えてきました。
でもソフィーは知っています。ハウルがその気になったら、いつだってソフィーを騙せることを・・・
まだまだ油断は禁物です。


ハウルはベッドから少しだけ頭をのぞかせました。
大声でがなりたてていた声のトーンが急に下がります。


「それに・・・王様のところへなんかもう行きたくないよ。あの人たちは僕にいちいち無駄なことばっかりさせるんだ。
―― どうしてあの人たちはもっと穏やかに暮らせないんだろうなぁ?いちいち争いごとのタネばかり蒔いて。
ああ、もう。このままいっそ死んでしまえたら・・・!!」
ハウルはまたもや大きな声で嘆きだしました。


「ハウルったら・・・。」





子供のように駄々をこねまくるハウルを見て、ソフィーは困った顔になりました。
もしも王様のやっていることが本当に悪いことなら、たとえ誓いをたててはいても、
ハウルはだまって王様の言う通りになんかしていないでしょう。
きっとハウルも、そうするほかはないと納得はしているに違いありません。


「――― 王様も、ハウルの力が必要なのよ」
言いながらソフィーはハウルの前髪に手を当て、ゆっくりと優しくなでてやりました。


ソフィーはしばらくそうしていましたが、
ふと何かを思いついたようすで、おもむろに片手でハウルの前髪をかき上げると、
布団からのぞいているハウルのおでこに静かに顔を寄せ・・・

ちゅ

と、軽くキスをしてやりました。



「・・・ちゃんとハーブティー飲んで、いいこで寝てなさいね」

ぱたりとソフィーのドアを閉める音がしたと同時に、ハウルはおずおずと布団の中から顔をのぞかせました。
びっくりした様子で目を開き、ほんの少し前の感触を確認するように、そうっと自分のおでこに手をやりました。





ソフィーは小走りに階段を駆け降りながら、ほほが赤くなっていくのを感じました。


「あたしったら、あたしったら、ハウルの事を”いいこ”ですって!
――でも、でも・・・これっくらいなら、いいわよね。
あいつったらいつだって、子供みたいに駄々っ子なんだから!」


ハウルはいつまでもベッドの中にうずくまって、くすくすと笑っていました。
「ソフィーにしちゃ、すごい不意打ちだ!」
さっきまでの不機嫌はどこへやら、この時のハウルはとても幸せそうな笑顔を浮かべていました。


「ソフィー、どうしたんだい。顔が真っ赤だよ!」
頬に手を当てながら戻ってきたソフィーに、カルシファーがニヤニヤしながら言いました。


「やーね、カルシファー。ちょっとバタバタして疲れただけよ!」
ソフィーは照れ隠しから少しぶっきらぼうににそう言うと、
口止めのつもりで、ほんの少しだけ薪を多めに積んでやりました。































おわり


はじめてのハウル&ソフィーです。
映画ではじけて、そこらじゅうのサイトを巡り巡って・・・今の私の頭の中では彼らはこんな感じなんです。

原作ではハウルが酔っ払って帰ってきても、ソフィーは無視して相手にしませんでしたが、
もし、かまってやったらどうなるんだろう・・・?的な気持ちで書きました。

今読み返したら、ハウルとソフィーがはじめてあった時のセリフって「臆病な灰色ネズミちゃん」なんですね〜。
おはずかしいです。

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