■Hina Doll 〜雛人形〜



「あら、これは何かしら?」
ソフィーは足元に転がった古ぼけた木箱を見つけると、その上のほこりを払って不思議そうに顔を近づけました。



ハウルとソフィーが一緒の部屋で暮らすことになったときに、ハウルはその部屋の奥に秘密の隠し部屋をひとつつくりました。
それは、ソフィーがいくら迫っても「絶対捨てられない!」とハウルが主張したモノが多すぎて、
あふれかえったモノたちをしまうための部屋がどうしても必要になったからでした。
その部屋は一見とても小さな部屋のように見えましたが、・・・いえ、最初は本当にとても小さな部屋だったはずなのですが、
ハウルがその部屋へ捨てられないモノをどんどんと詰め込んでいくうちに、その部屋は見た目よりも、もっとずっと大きくなっていっているようでした。


実際、ソフィーがたまにその部屋を整頓しようと足を踏み入れると、行けども行けども奥のカベに行き着くことが出来ないのです。
ですからソフィーがいくらその部屋を整理しても、部屋のドアのところで振り向けば、そこには今整理したモノとは違うモノが混雑して転がっているような状態なのでした。
そんな困った部屋ではあるのですが、たまにはソフィーにとっても面白そうで、役に立ちそうなものが転がっている時だってあるのです。
珍しい花を咲かせるまじないの本とか、思ったところに雨をちょっとだけ降らせたり止ませたりするまじないの本とか。
大声を出しても外には聞こえないまじないなんかも大ゲンカの時にはなかなかに便利なものでした。
ハウルの世界のモノにだってソフィーにとっては興味津々なモノがたくさんありました。





今日は花屋がお休みで皆が出かけていたこともあり、早くに家事を終えてしまったソフィーには特にすることもなく、少々暇をもてあましていました。
それで久しぶりに何か面白い本でもないかしらと、片づけがてら部屋の奥にある例の隠し部屋をのぞきにきてみたのです。
いつものように小部屋の中をうろうろしていると、ソフィーは足元に大きめの木箱が何箱か重ねてあるのを見つけました。
箱にはなにやら大事そうに平べったい紐が結んであって、蓋が開かないようにと上から押さえてあるようです。


「何が入っているのかしら・・・」
ソフィーはなんだか無性にこの箱が開けたい気分になりました。思わず手が箱の紐へとかかってしまいます。
ああ、でもこれは『ハウルの部屋』においてある箱なのです。
ハウルに聞かないといけませんし、なにより何かまじないでもかかっていたら大変なことになってしまいます。
ソフィーは以前ハウルが取り組んでいたまじないを自分のせいで台無しにしてしまった時のことを思い出しました。
「あの時も城中が緑のドロドロで埋め尽くされて大変だったんだっけ・・・たしか全部キレイに掃除するのには丸三日もかかったのよね」
あんな思いをもう一度繰り返すくらいなら、あきらめてしまったほうが無難というものです。
ソフィーは軽くため息をつきました。
なんとか箱を開けたい衝動を抑えこんで紐にかけた手を引っ込めると、箱を元に戻そうとして両手で箱を持ち上げました。


「おやおや!ソフィーったらまた僕の大事なものを台無しにしようとしてるのかい?」
ガタン!ガタガタガタガタッ!
背後から突然ハウルに声をかけられて、びっくりしたソフィーは箱を元に戻すどころがおもいっきり積み崩してしまいました。
「ハ、ハウルッ、・・・い、いつからそこにいたの?」
「たった今だよ。スゴいな・・・ひょっとして僕の勘って当たっちゃった?」
思わずうろたえるソフィーを楽しそうに眺めながら、いかにも可笑しそうな感じでハウルは言いました。


「そそそ、そんなことないわよ。この箱が落ちてて、いま元通りにしようとしていたところなんだから!」
そうよ、まだ何もしていなかったんだから!
思わず後ろめたいような気分になる自分自身にソフィーは軽く自己嫌悪しました。
ハウルと話す顔がかなり引きつってしまっているのが、鏡を見なくたって分かります。
そんな自分を見て思いっきり吹き出すハウルが、本当に癪にさわりました。


「ソフィーの今の顔ったら!鏡で君にも見せてあげたいくらいだね」
ハウルはまだ笑い転げています。
「もう、ハウルったら何よ!いきなり声かけてびっくりさせないでよね」
顔全体がすごく熱くて自分でも顔が真っ赤になっているのが分かります。
ソフィーは崩した箱をささっと片付けると、怒りにまかせてドアのところに立っているハウルの横を通り抜けようとしました。


「まぁまぁ、かわいい奥さん。君が見たがっていた箱の中身を知りたくはないのかい?」
ハウルはもうカンカンになって通り過ぎようとしているソフィーを、すばやく腕を伸ばして抱きとめました。
「ん、もう!だから、あたしは何にもしてないったら!」
もうこれ以上は何にもいわれたくありません。ソフィーは語尾が強くなりすぎてしまっているのにも気づいていました。


「はいはい。何にもしてないけど、君が見たがっていたあの箱の中身を今見せてあげるからね」
ハウルはそのまま嬉しそうにソフィーの肩を抱いて、箱のところまで連れて行きました。





ハウルが古い箱にかかった紐の先をちょいと引っ張ると、紐は意外にもパラリと簡単にほどけました。
木で出来た蓋を慎重に持ち上げると、中には美しい黒髪を見事なまでに結い上げた見慣れない服を着た人形が座っています。
「これはね、僕の住んでいたウェールズからまだずっと遠いニホンという国の人形で、早春の頃に娘の幸福を願って飾りつけるものなんだ。
 僕たちにはまだ女の子はいないけれども、できてからでは遅いと思ってさ。知り合いの骨董屋からもらってきたんだよ」


「まぁ、なんて綺麗な人形・・・!」
なんという手の込んだ人形でしょう。ソフィーはさっきあれほど開けたいと思った理由がようやく分かったような気がしました。
白塗りの顔をしたすべらかで柔和な顔に、口元にはなんとも鮮やかな紅を差して。
流れるような黒髪は豊かに結い上げられて、その上には手の込んだ金細工の髪飾りがかすかにゆれています。
金糸をたっぷりと縫いこんだ豪華な布のドレスには何枚もの色違いの布が贅沢に使われており、
そこからのぞく華奢な襟元や指先はなんともエレガントで美しく見えました。


「素敵な人形ね」
うっとりと人形を見つめるソフィーに、ハウルは得意そうにして言いました。
「これはひな人形っていってね、もともとは厄除けの人形だったり、花嫁道具だったりしたものが時代とともに飾り物として進化したものらしいんだ。
 本当は女の子が生まれたら贈るものらしいけど、あんまり綺麗だったからさ。・・・僕達の子供にどうかと思ってね」
「ハウルったら、うちにはモーガンがいるけど男の子なのよ?」
「いいじゃないか、またつくれば・・・ね?次は絶対に女の子だよ」
ハウルはわざとソフィーの耳元をくすぐるようにしてささやきました。
「もう、からかわないでよ・・・!まったく、冗談ばっかりいっているんだから。
 でも本当にこれは綺麗な人形ね・・・。女の子がいなくても飾りたくなっちゃうわ」
「ソフィーもそう思うだろう?それにね、こっちの箱にはだんなさんが入っているんだよ」
ハウルは隣にあった箱を指していいました。ハウルが紐をほどくと、確かに箱の中には先ほどの人形と似合いの人形が静かに座っています。


「まぁ、今度はとてもハンサムで凛々しいわ」
「ねぇ、この美しさは僕にそっくりだと思わないかい?」
ぬけぬけとハウルは言いきりました。
「そうね、とてもそっくりかも。きっとこのお人形も、身支度には相当長い時間をかけているんでしょうね!」
「ああ、それはひどい言い方だなぁ」
二人はしばらくその場で人形を愛でながらはしゃぎあっていました。





「ソフィーさん、この赤い階段と人形は一体何なんですか?」
帰って来たとたん居間に出現していた異国の見知らぬ人形達に向かって、マイケルは不思議そうにいいました。
「綺麗な人形でしょ。これからしばらく飾っておくつもりなの」
ソフィーが晩ご飯の支度をしながら答えます。
「そうそう、今の時期にこの人形の飾り付けをするといい伴侶に恵まれるらしいよ。
 僕たちのまわりで結婚していない女の子っていうとどうかなぁ、
 マイケル、マーサになんかちょうどいい行事なんじゃないのかい?」
「あら、いいわね。じゃあ2週間後のひな祭りの日に、みんなでパーティをひらいてお祝いをするというのはどうかしら」
「なんだか面白そうなお祝いですね。じゃあ僕、マーサにそう言っておきますよ!」
理由はどうあれ、マーサと一緒にいられることをマイケルが嫌がるはずもありませんでした。
「それじゃあ、おいらがパーティを盛り上げてやろうかなぁ!」
なんだか楽しそうなことをかぎつけたカルシファーが、嬉しそうにぼんぼりに火を灯すと、ぐるりと天井まで飛び上がって言いました。


動く城ではいつものように暖かい団らんが繰り返されていました。
その居間に突如出現した雅やかで丹精な横顔の人形達は、異国の地でようやく自分達の居場所を見つけ喜んでいるようにも見えました。































おわり



先月チョコネタやってみたので、こんどは雛人形ネタです。
意外に外国に日本のモノってありそうだなぁとか、ハウルって雛人形好きそうだなぁ、とかいろいろ考えていたもので。
あと、ハウソフィーのラブラブ度からいったら当然次の子も生まれるでしょう、みたいな感じもあったりして・・・(笑)
雛人形は雨水の日(2月18日ごろ)に飾り付けをすると、良い伴侶に恵まれるといういわれがあるみたいですね。
作中で2週間後というのは一応それ(2/18〜3/3)を意識して書いています。
ちなみに片付けるのは啓蟄の日(3月5日ごろ)がいいということでした。


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