それから数ヵ月後のある日。
いつものように女王の執務室で執務をとっている女王ロザリアと女王補佐官アンジェリークである。
「ねーえ、アンジェリーク。あんたもクラヴィスも、最近は妙に落ち着いて仕事をしているわね?」
「そうかしら? ロザリアにそう言ってもらえると、とても嬉しいわ」
言葉どおり、嬉しそうな笑顔をロザリアに向けたアンジェリークだった。
その笑顔にロザリアは眩しそうに瞳を細めた。
「なんといっても、あのクラヴィスがまさかあそこまで変わるとは思ってもみなかったもの。愛の力ってすごいのね・・」
「うふふ」
のろけるような笑みで再びロザリアを見つめるアンジェリークに、さすがに呆れたようにため息をついたロザリアだった。
「それに、わたくしにはまだまだ及ばないけれど、あんたも妙に大人っぽくなって美しくなったし・・・」
「あら、そうかな? でも、とてもロザリアには・・・・うっ?!」
「どうしたの?」
口を手で押さえながらバタバタと洗面所へと走っていくアンジェリークを、ロザリアは呆然と見送っていたが、やがて、ある考えが頭を過ぎった。
「・・・・! まっ、まさか!?」
暫くして、まだ気分が悪そうに青い顔をしたアンジェリークが戻ってきた。
「・・・・ごめんなさい。急に気分が悪くなって・・・。どうしたのかしら? 今までこんなことなかったのに・・・」
「そりゃそうよ。アンジェリーク、あんたきっと赤ちゃんができたのよ」
「へっ?!」
アンジェリークはロザリアの言っている事が理解出来ず、ポカンとしてロザリアを見つめていた。
ロザリアは少々苛立ったように立ち上がると、アンジェリークへと詰め寄った。
「あーーもーー! あんたのお腹の中に赤ちゃんができたって言ってるの!」
「えーーーっ?!」
やっと自分の体に起こっている事が理解出来たのか、アンジェリークは驚きの声をあげた。
「ハーーーッ。女王補佐官が妊娠したなんて、きっと前代未聞ね・・・」
「・・・ごめんなさい。私、どうしたらいいの?!」
アンジェリークはオロオロと不安げに佇んでいた。
ロザリアはそんなアンジェリークをサッと抱きしめた。
「おめでとう、アンジェリーク! わたくしもまるで自分のことのように嬉しいのよ!」
「ロッ、ロザリア?!」
てっきり責められるものと思っていたアンジェリークは、意外なロザリアの言葉に感激して涙を溢れさせた。
「・・・ありがとう、ロザリア」
「ああ、もう! 母親になろうって人がいつまでたっても泣き虫じゃしょうがないでしょ?!」
「・・・うん」
手で涙を拭っているアンジェリークに、ロザリアはハンカチを取り出すと彼女の涙を優しく拭ってあげた。
「・・ところでね、アンジェリーク」
「えっ?」
「あんたたち、きちんと結婚しなさい」
「ええっ!?」
またまた意外な女王の言葉に、先程以上にアンジェリークは驚いていた。
そんな彼女にまるで諭すかのようにロザリアは言葉を続けた。
「きちんと式を挙げて、二人で一緒に暮らしなさい。勿論、女王補佐官の仕事は続けてもらうわよ。両立は大変だと思うけど、わたくしも出来るだけ協力するわ。わたくしはあんたがいないと困るのよ」
「で、でも、そんなことは今まで無かったことでしょ?」
その言葉にロザリアはキラリと瞳を光らせた。
「今まで無かったことならば、わたくしたちがやればいいじゃない! それに、子供が生まれるっていうのに、父親と母親が一緒に暮らしていないなんておかしいし、子供だって可哀想じゃない!」
「・・・・ロザリア」
ロザリアはアンジェリークの前を楽しそうに歩きながら言葉を続けた。
「勿論、式はこの聖地の宮殿で行なうわ。主星中におふれを出して皆に祝福してもらうの!
そして、後世に残る素晴らしい結婚式にしましょう!」
「本当にありがとう、ロザリア!」
再び顔を涙でクチャクチャにしながら、アンジェリークはロザリアに抱きついていた。
女王補佐官アンジェリークと闇の守護聖クラヴィスの結婚式が宮殿で執り行われる事になったとのニュースは、瞬く間に主星中に広まった。
当の本人クラヴィスも何故そういう話になったのかの事実を、アンジェリークからそっと告げられた時には、嬉しいような戸惑ったような、今までには見せた事がないような表情をした。
そして、ただ黙ってアンジェリークを抱きしめた。頬に一筋の光を見せながら・・・。
他の守護聖の反応も様々だった。
まず、ジュリアスはあまりの驚きに眩暈を起こした。
オスカーはニヤリと不敵に微笑んだだけだった。
そして、ランディ、ゼフェル、マルセルの少年守護聖たちは、それまでの経緯さえ知らないため、どうしてそうなったのか理解できなくてパニックを起こしていた。
一番落ち着いていたのは、勿論、キューピッド役として二人の間に入っていたルヴァ、オリヴィエ、そしてリュミエールの三人だった。
オリヴィエは早速、ウェディングドレスを見立ててあげると言って嬉しそうにはしゃいでいた。
その日の聖地の空は、雲ひとつない青空だった。
この日ばかりは聖地の庭も一般の人々にも解放され、式を終えて出てきた二人を大勢の人々が祝福した。
純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁の美しさは勿論のこと、その幸せそうな笑顔がみんなの心をも幸せな気持ちに包み込んでいった。
「ハーーーッ。綺麗ですねーーー。本当に嬉しいですねーーー。ねっ? リュミエール?」
「はい、ルヴァさま。アンジェリークの幸せそうな笑顔も勿論ですが、クラヴィスさまのあのような姿を見ることが出来て、これ以上の喜びはありません」
大勢の人々に囲まれている新郎新婦を、少し離れた場所で見守っていた二人の側に、一段と派手な衣装を身にまとった夢の守護聖が近づいてきた。
「本当にねぇ。まさかここまでやるとは、さすがの私も予想してなかったわ。ところで、あのドレス素敵でしょ? 私が見立てたのよー」
「ええ、良く似合ってますよねーーー」
「そうですね。ところで、アンジェリークもですが、今日のオリヴィエもまた一段と美しいですね」
その言葉にオリヴィエは、嬉しそうにモデルのようにポーズをとって見せた。
「あら、そーお? だからリュミちゃんって好きよ! 今日のために、とっておきのを着てきたんだからー!」
「おーおー! 花嫁より派手な服着てるやつがいるぜ!」
呆れたように言いながら近づいてくるのは鋼の守護聖ゼフェルだ。その後ろには風の守護聖と緑の守護聖の姿も見える。三人ともいつもの守護聖の正装ではなく、私服であった。
「おや? 出たわね、ガキンチョ三人組!」
「おやーーー? 皆さんおめかししてますねーー?」
いつもの守護聖の正装の姿でルヴァが言った。
「まあなー。めでてー席だっつーから、俺なりにT・P・Oつーもんを考えたんだぜ。いつものかっこじゃいい加減飽きたからな」
「ボク、式の間中ドキドキしちゃいましたー」
「いーですねぇ、結婚式って・・・。俺もなんだか早くしてみたくなっちゃいましたよー」
マルセルとランディも、いつものめかし込んだ姿で興奮状態だった。
「しっかしよー。いったい、いつの間にこんな話になっちまってたんだ? 俺たちゃ、全然知らなかったぜ」
「本当ですよ。まさか聖地で結婚式だなんて、俺、今でも信じられないですよ。大体、よくジュリアスさまが黙ってましたよね?」
「本当に! ボクもそう思う」
何も知らない三人の少年守護聖たちを尻目に、互いの目と目を合わせてクスッと笑った大人の守護聖たちだった。
「うっふっふ。それはねーーー・・・・・大人のヒ・ミ・ツ」
ウィンクしながら答えるオリヴィエだ。
ゼフェルはムッとした。
「あーーーっ! きったねーぞ、オリヴィエ! また人のことをガキ扱いしたな!」
「そーーですよ、オリヴィエさま!」
「あら、そーだ。私、アンジェリークに花嫁のブーケをもらわなくちゃ!」
オリヴィエは少年たちの突っ込みをかわすように話題を変えた。
案の定、三人の表情はキョトンとしたものに変わった。
「えっ? どうしてですか?」
マルセルの問いに、オリヴィエは謎めいた笑みを浮かべて彼の肩に手を回した。
「んフフッ マルセルちゃん、いい事教えてあげる。花嫁にブーケを投げてもらって、それを手にすることが出来ると、次にその人が結婚式を挙げられるって言われているのよ」
「えーーーっ?! 本当ですか? ボクも欲しい!」
「あっ、俺も欲しいです!」
「ダーメ! 私が絶対もらうんだからー」
そう言って駆け出したオリヴィエを、マルセルとランディが追いかけて行った。
「ケッ、くっだらねーの! でも、まあ・・・・俺も暇つぶしに行ってみっかな?」
ゼフェルもまた、アンジェリークたちの側へと駆け出して行った。
「クスクス。どうやらゼフェルも欲しくなったようですね」
「ハーーーッ。私はまだまだ研究したいことがありますし、結婚なんて考えられませんねーー。それにアンジェリークの幸せそうな顔を見ているだけで今は満足ですし・・・」
「・・・・・ルヴァさま」
ルヴァの心の奥にある想いに、リュミエールの胸はチリリッと痛んだ。
「それにねーー、リュミエール。陛下とアンジェリークのお蔭で、この聖地にどんどん新しい風が入ってきています。これからまた、どんな世界を見せてくれるのか、とっても楽しみですねーーー」
「そうですね。・・・・・あっ、ルヴァさま。アンジェリークがブーケを投げ上げましたよ」
「さあ、誰が手に入れるんでしょうかねーー」
ここにもまた、アンジェリークたちを見つめている二人がいた。
光の守護聖ジュリアスと、炎の守護聖オスカーである。
「まったく、こんな事は前代未聞だ」
相変らずの近寄りがたい厳しい表情のジュリアスだったが、その鋭い碧眼の中に優しさを感じるのは気のせいだろうか?
「しかし、ジュリアスさま。アンジェリークもクラヴィスさまも幸せそうですね」
「フッ。これによって二人とも今まで以上に働いてもらわねば、黙認した私の立場がないからな・・」
「・・これで我々守護聖にも家庭を持つ奴が増えるかもしれませんね」
その言葉に、ジュリアスの碧い瞳が鋭い光を放ってオスカーに向けられた。
「オスカー。まさかそなたも羨ましい・・・などと考えているのではあるまいな?」
「ハッ! い、いいえ。このオスカー、まだまだ守護聖としては未熟者。結婚なんて・・考えもしません!」
オスカーは本心をジュリアスに見抜かれ、慌てて取り繕うと軍人らしく直立不動の姿勢をした。
「・・・ならば良いが・・」
そんなオスカーの様子に安心したのか、ジュリアスは話題を変えた。
「・・・それにしても、あのクラヴィスが家庭を持ち、しかも父親になるなど思ってもみなかったことだ。人間とは、あんなにも変わることが出来るのかとつくづく思ったな。・・・・私一人置いていかれた気分だ・・・」
ジュリアスの瞳からは先程の鋭さが消えて、碧い瞳が寂しげに細められていた。
「・・・ジュリアスさま」
オスカーはそんなジュリアスの姿に動揺していた。
「さあ、行くぞ、オスカー。これからまた、陛下主催の食事会があるのだろう?」
「はっ、はい」
いつものジュリアスに戻りスタスタと歩き出した彼を、ホッとして追いかけたオスカーだった。
それから数年後の、ここはクラヴィスの館。
今日も元気な子供たちの声が庭に響いていた。
一人は、クラヴィスに良く似た黒髪の男の子。そしてもう一人は、アンジェリークに良く似た金髪の女の子。
そう、結婚式から数ヶ月後に生まれたアンジェリークとクラヴィスの双子の子供たちだった。
今日は、そこにもう一人の子供が一緒に遊んでいた。
アンジェリークたちの結婚式のすぐ後、同じく結婚したパスハとサラの子供である。
三人仲良く遊んでいる子供たちと、それを暖かく見守る親たちであった。
そして、ここは日の曜日の公園。
珍しく散歩に訪れた光の守護聖と炎の守護聖が目にした光景があった。
守護聖たちが皆でお茶会をしているのはわかるが、皆それぞれ女の子と一緒なのだ。
「・・・これは、一体どういう事なのだ?」
さすがのジュリアスも目を丸くしていた。
そんな様子にオリヴィエが皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
「あーら、ジュリアスとオスカーじゃない? 一緒にお茶飲んでいく?」
「・・・・この女性たちは何処の者たちなのだ?」
「みーーんな私たちのガールフレンドよ。勿論、聖地で一緒に働いている人達・・」
「そーそー。何てったってオレたちだってそろそろガールフレンドくらい欲しいしよー。と言って次の女王候補なんていつ来るかわかんねーもんなー。そんなに待ってらんねーぜ」
以前は女が嫌いだなどと言っていたゼフェルだったが、女王試験とアンジェリークの結婚のお蔭で考えが変わったようだ。
そんなゼフェルの言葉にランディが続けた。
「そうです。それで、ちょっと視野を広げてみたら、この聖地で働いている人達だって、こーんなに可愛い子がたくさんいるんじゃありませんか!」
「そーゆうこと。それで皆で親睦会を兼ねてお茶会をしてるって訳。もう何回もやってんのよ。知らなかった?」
「・・・・なんと・・・・いうことだ・・・」
ジュリアスは頭痛でもしてきたかのように、こめかみに手を当てた。
「あーら。そんなにショックを受けることないじゃない? クラヴィスだって今じゃ二児のパパだし、あんなに幸せそうな姿を見ていたら、私だって結婚したいなーって思ったっていいじゃない? ねっ、ルヴァ?」
「はっ? はあ。私はまだまだ結婚なんて考えていませんが、こうやって皆さんでお茶を飲むのも楽しいですよ。ねっ? リュミエール?」
オリヴィエからふられた話を、ルヴァはリュミエールへとふった。
「そうですね。女王候補たちとはまた違った話が出来るのも楽しいことですね・・」
リュミエールは少しも動じず、いつもの優しい笑みで答えた。
「そーですよ! それに、パスハさんとサラさんだって結婚して幸せそうだし、ボクもそうなりたいですー!」
話をふられてもいないマルセルが力強く言った。
「まったく・・・ここまで影響が出てしまうとは嘆かわしい・・・。行くぞ、オスカー」
「はい、ジュリアスさま」
眉間にシワを寄せて去っていくジュリアスに、追い討ちをかけるようにオリヴィエが言葉をかけた。
「おーや、ジュリアスもいつまでも頭が固いままじゃ、今にみーんなに先越されちゃって、気づいた時には自分だけ一人ぼっちだった、なーんて事になっちゃうよ!」
「なに?!」
その言葉に足を止めて振り返ったジュリアスに、オリヴィエは続けた。
「そこにいるオスカーだって、この前結婚を約束してもらったっていう女の子が数人、かち合っちゃって大喧嘩になっちゃったって話を聞いたけど・・?」
その言葉に慌てたのは、勿論オスカーである。
「うっ、バ、バカ! オリヴィエ! なんて事を言うんだ!!」
慌てふためくオスカーを、ジュリアスはただ黙って睨みつけていた。
やがて、静かに・・・
「オスカー」
と、一言。
怒鳴り散らすより、静かなジュリアスのほうが余程怖い。
「はっ、はい!」
「・・・行くぞ」
「はっ・・・・はい・・・」
これから先、何が起こるのかわかりきっているオスカーであった。
肩をがっくりと落として去っていくオスカーを、そこにいた全員がお腹を抱えながら見送っていた。
聖地は今日も平和である。
終わり
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