最終話 聖地の青空
「ハスラムがいなくなってしまったら、この聖地もやけに静かになってしまいましたねー」
ルヴァが寂しそうに言った。
「本当ですね」
ディアがそれに答えた。
「でも、あの子の幸せそうな笑顔を見ることが出来て、わたくしは嬉しいですよ」
側でハープを片手に椅子に腰掛けているリュミエールが言った。
「これから父親と一緒に母親を迎えに行くって言ってたけど、そう簡単にはいかないわよねぇ・・・」
オリヴィエが窓辺に立って腕を組みながら言った。
ディアがそれに何か答えようとしたのより先に、いつからそこにいたのか、クラヴィスがポツリと言った。
「そのことなら、ジュリアスが手を打っているのだろう・・・」
「本当ですか? ディア?」
ルヴァが驚いて聞いた。
「・・ええ。ジュリアスから、女王補佐官と守護聖の長からの信任状があれば、大貴族といえども考えを改めざせるをえないだろうとおっしゃって・・・。オスマーカーも、聖地の警備兵としては大変優秀な方だそうなので、私も喜んで協力させて頂いて、それを持たせてやりました」
「ハアーーー。そうだったんですかー」
安心したようにルヴァがため息をついた。
「けれど、クラヴィス。あなたはどこでそのことをお聞きになられたのですか?」
ディアの問いにクラヴィスは無表情で答える。
「・・・・別に。誰に聞いたという訳ではない。ただ、あやつはそういう男だと長い付き合いで知っている・・・ということだ」
それだけ言うと、クラヴィスは部屋を後にした。その時何故かリュミエールまで一緒に出て行った。
少年守護聖三人は、心なしか寂しげに聖地の森で日向ぽっこをしていた。
「・・・・今頃ハスラム、どうしているのかなぁ?」
マルセルがポツリと言った。
「きっと親父さんと一緒に故郷の星に向かっているさ」
「いいよなーーあいつは・・。結局、両親と一緒に暮らせるんじゃねーか。俺たちと違ってよ」
マルセルが意外な顔でゼフェルを見つめる。
「へぇーーー。ゼフェルもお父さんお母さんが恋しいんだ? そんな風には見えなかったけど・・・」
ゼフェルは真っ赤になって慌てている。
「バッ、馬鹿なこと言うなよ!!! おっ、俺は別に羨ましがってなんかいねーよ!!!」
「ハハッ・・・相変らず素直じゃないよな、ゼフェルは」
ランディが笑いながら言った。
その言葉にゼフェルはムッとして掴みかかる。
「何だとーー!!!!」
いつもの二人のまたケンカが始まった。
「あーあ・・・また始まっちゃった。ハスラムがいた頃は仲良かったのになーーー」
マルセルは大きくため息をついた。
そして、ふと聖地の青い空を見つめた。
「・・・本当に幸せになってくれるといいなー。僕、あの子のこと、本当の弟みたいに可愛かったんだーー」
取っ組み合っていた二人の手が、ふと止まってマルセルを見た。
「ねーねぇ。ハスラム、きっとお母さんと一緒に暮らせるようになるよね? そして、幸せになってくれるよね?」
同意を求めるマルセルの瞳はキラキラとしている。
「きっとそうなるよ!」
ランディが力強く言った。
「ああ。あいつは根性あるからな。ぜってー大丈夫さ!」
ゼフェルが拳を握って力説した。
三人は、ハスラムの青い瞳と空の青さをダブらせて、暫くの間、聖地の空を見上げていた。
ここはジュリアスの部屋。
誤解が解けて、やっと部屋への出入りを許されたオスカーさまが、さっそく部屋へと入り込んでいた。
「ところでジュリアスさま。あのハスラムの母親は、何故ハスラムを連れて家を出たのにも関わらず、すぐにこの聖地の父親の元を訪ねて来なかったのでしょう?」
「・・・おそらく、誤解だったとはいえ、父親をとことん傷つけ、自分から去らせてしまった貴族社会の一員として、のこのこと顔を出すことが出来なかったのだろう。貴族とは時として人間の感情を捨てねば生きていけないこともあるからな・・・」
「・・・・ジュリアスさま」
オスカーさまはジュリアスの言葉の裏に、ジュリアス自身の思いを感じた。
「しかし、大貴族の姫君として育ってきた母親が、たった一人で子供をあそこまで育てあげるには余程の苦労があったことだろう。私にはとても出来ぬことだな・・・」
「母は強し・・・・ということでしょうか」
「・・・・そうかも知れぬな」
二人の守護聖もまた、あの親子の姿を思い浮かべた。
「ところで、オスカー」
いつもの鋭い碧眼でオスカーさまを見たジュリアスだった。
「これに懲りたら、これからの生活態度を改めることだな」
「ハッ。返す言葉もありません」
オスカーさまは神妙に返事をしている。
しかし、オスカーさまの生活態度が改まったかどうかは、皆さん、ご存知の通りである。
終わり
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