しかし、予定というものはこうも容易く覆されてしまうものなのか?

すべての講義も無事に終わり、俺としては珍しく早々に一日のまとめを終え、研究室を出ようと
したその時に、高橋理事長が数人の客人を連れ、俺の研究室にやってきたのだ。
その客人たちは、教授OBや他方面で活躍しているジャーナリストなど、層々たるメンバーで、俺が近頃発表
した論文にいたく感銘したとかで、その解説をしてくれというのだ。

(・・・・こんなときに・・・・)

俺のこの不機嫌な感情は表情に出たはずだが、いつも感情表現に乏しいせいか、高橋理事長にはまったく
わからないようだ・・・。

(・・・・ふう。・・・・・仕方がない・・・)

早々に切り上げることにして、俺は客人達を伴って会議室へと向かった。


早々に切り上げる予定だったが、またもや狂った。
理事長達と別れた時には、外はすでに真っ暗だった。
俺は舌打ちをしながらも、急いで愛車に乗り、アクセルを踏み込むと繁華街へと向かった。

しかし・・・買う予定にしていた花屋も、ジュエリー店も、すでにシャッターが降りていた。
辺りを見回してみても、次々とシャッターを降ろし始めている。

あまり慌てるという感情を持ち合わせていない俺だが、この時ばかりはハンドルを握っている掌に
じんわりと汗がにじんで来たのを感じた。

「・・花も、アクセサリーもだめか・・・。あと・・誕生日というと・・・」

そう思いながら、スピードを落とし、まだ開いている店を見ていく・・・。
そして・・・・ある店に目が行くと、車を止め店内へと入って行った。


「ふーーー」
俺は車を走らせながら、いつものメンソール系のタバコに火をつける。
予定とは大幅に違ってしまったが、誕生日と言えばケーキだろう。
喜んでもらえるかはわからないが、今、俺に出来ることはこれで精一杯だ。
とにかく、あとはこれを遅くならないうちに彼女の家まで届ければいい。
俺はホッとしたのもつかの間、再びアクセルを踏み込んだ・・・。


しかし、またここで予定が狂った・・・。
彼女の家が見つからない・・・・。
夕方に来れていれば、まだ明るく探しやすかっただろうし、通行人に聞くことも出来ただろう。
しかし、この時間では人通りは皆無だ。
とにかく、車で見つけることは困難だと判断し、有料駐車場に車を止めると俺はケーキとカバンを持って
歩き出した・・・。

この辺りだという事は間違いないのだから、あとは表札を一軒一軒見ていくしか方法はない。
俺は覚悟を決め、住宅街を歩き出した。
時には犬に咆えられ、家の中から覗かれもしたが、根気よく探して歩く。

ふと・・・雫が頬に当たった・・・。

「・・・雨か・・・」

またしてもこんな時に・・・そう思ったとたんに、雨は本降りとなっていく・・。
俺は手に持っている紙袋に目をやる。ここで雨に濡らしてしまってはすべてがだいなしだ。
俺は上着を脱ぐと、それでケーキの箱を包み、かかえて歩き出した。

瞬く間に、髪からワイシャツから雫が滴り落ちる。
こうして歩いていると、何故か不安な気持ちと切ない感情が俺の中に芽生えてきた。
このままもう・・・彼女に逢えなくなってしまうのではないかという不安。
そう思うだけで胸がチクチクと痛むという切ない感情・・・。

「・・未来・・・。早く君に逢いたい・・・」

そう思ったとき、正面に大きな家が見えてきた。
いくつもの部屋があるようなのに、点いている明かりはリビングらしき一部屋だけの・・
どこか寂しげな感じのする家だった。

俺は不思議とその家へと真っ直ぐに向かい、表札を確認する・・・。

『立花』

俺は自然と笑みが出た。

全身ずぶ濡れであったが、玄関から出てくるであろう未来の笑顔を想像するだけで、俺は暖かだった。



                                               終わり


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