私の原風景

釣りを始めたのは幾つの時だったか、はっきりとは覚えていない。ただ気がつくと大好きになっていた。
私の父親は全くといっていい程釣りには興味が無かった。私がせがむと精々年に1、2回釣場迄送ってくれて本人は車の中で昼寝をしていた。
だから釣り好きの父親を持つ友達を見ると羨ましく思っていた。
私の息子もあまり好きではないらしい。私がうるさく誘うものだから『たまには付き合ってやるか』程度である。 或いは小遣い目当てか欲しい物があったのかもしれない。
良い方に解釈すると父親がかわいそうになり、同情してくれたのかもしれない。

小学校に入学すると毎年夏休みと冬休みには母親の実家で過ごしていたが日本海側にあるその村は、まったくの田舎であった。
札幌から汽車(当時、鉄道は全て汽車と呼んでいた)に3時間ゆられた後、バスを2本乗り換えなければならなかった。
預けられていた家の周りは何も無く、隣の家まで歩いて5分以上かかる。商店(雑貨屋)までは30分以上も歩かなくてはならなかった。
でも私にとっては冒険心に満ち溢れた魅力的な場所であったことは云うまでも無い。

家の裏がすぐ山になっていて、春は独活、タラの芽、行者にんにく、夏は桑の実、グスベリ、秋には山葡萄、コクワの実、栗などが採っても採り切れない程あった。
近くには川があり、夏になると余程のことが無い限り子供たちで溢れていた。
小学生はノーパン、中学生になるとパンツを履いていたが、普通の下着であった。女子はさすがにシミーズにパンツを履いていた。
川にはヤマメ、イワナ、アメマスがそこらここらを泳ぎまわっていて、当時は保護水面だとか禁漁だとかは無く獲り放題で、沢山釣ってきた時は祖母が荒縄に編みこんで軒下にぶら下げていた。
私はミミズを木綿糸に縛りつけ鰍を釣るのが大好きだった。針を付けないものだから鰍が掛かった後うまく上げないと途中で口からミミズを放してしまうので、結構コツのいる釣りであったが、それでもそこそこの数を上げていた。

札幌にいる間はそんな田舎での生活が恋しくなり、毎年夏休みが待ち遠しく思っていたが、小学校の高学年にもなると自転車という武器が案外使えるものだと解ってきた。
低学年の頃はせいぜい家の近所を走り回っていた程度だったが、この頃になると行動範囲も広くなり益々釣りに熱中するようになっていった。
当時、私の家の裏にクニヒコちゃんという同級生の男の子が住んでいた。
クニヒコちゃんにはトンちゃんという弟がいて、確か2歳違いだと覚えている。クニヒコちゃんは同級生の私のことを『ヒロ』と呼んでいたが、トンちゃんも同じ様に『ヒロ』と呼び捨てにしていた。
小学生くらいの時期、学年が2年も違うと年上は大人に、年下は自分よりもいやに子供に見えたものだが、そんな子供に『ヒロ』と呼び捨てにされていたのが、当時の私には非常にくやしかった思いがある。

クニヒコちゃんの父親は釣りが好きで、当然のごとくクニヒコちゃんブラザーズも大の釣り好きだった。
いつのまにか3人で釣りに行く様になり、学校がある朝は親に起こされるまで寝ていたが、釣行の日は目覚時計などは必要無く、夜明け前には目が覚めた。
布団から起き上がると急いで窓の近くへ行き、クニヒコちゃんの家に向け懐中電灯で合図を送る。
お互いたまには寝坊することもあるが、大概すぐに合図が戻ってきた。

自転車で石狩方面に向かう国道を1時間位走ったところに耕北農場というバス停があり、それを目印に左折し10分程行くと釣場に到着する。
そこは田んぼの間を小川が流れ、その小川が大きな川に流れ込んでいた。
今とは違って川岸にはヤナギの木が生い茂り人工的な建造物といったら、木製の橋と小川の水門、農具を格納する納屋ぐらいしか見当たらなかった。

3人の本命はフナだったが、ドジョウ、トンギョ、カニなどの方が多く釣れた。
ドジョウが釣れると『チュウ、チュウ』と鳴きながら上がってくる。テグスを体に巻きつけ、くねらせながら暴れるので針から外すのに手間取った。だからドジョウが釣れるたび、地面に叩きつけて殺していた。
今から考えると、どうして平気でそんなことが出来たのか不思議に思える。その時は罪悪感など微塵も無かった様な気もする。

フナが釣れると魚篭にいれて生かしておき、帰りに小さなフナは逃がしてやり、大きなフナだけ2、3匹ビニール袋に入れて家に持ち帰った。
家に着くと金盥に水を張り泳がせていたが、いつも2、3日すると近所の猫に食べられていた。

3人での釣行は私が中学生の時に家の都合で転校を機に終わってしまい、クニヒコちゃんブラザーズとは疎遠になってしまったが釣りとは離れることが無かった。
 



     1時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。

     3日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。

     8日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。

     永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。

                               中国古諺

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