ブナの思い出

【ブナ鮭】
海で3〜4年過ごした白鮭は母河回帰し暫らく河口を回遊した後、鮮やかな婚姻色に体を彩り産卵場を目指して川を遡上します。
北海道ではこの時の鮭を「ブナ」と呼びます。また河口に入ってきた新しい群れに婚姻色は殆ど無く遡上が近くなる程濃くなります。釣り人は婚姻色が薄いものほど好みます。

上がオス、下がメス  オスは婚姻色が出ています。  メスは銀ピカ!


15、6年前、函館方面へ出張することになり知っている限りの宿泊施設へ問い合わせをしたのですが、ちょうど観光シーズンと重なり何処も満室状態でした。
前日まで松前の漁協で仕事をし、翌朝南茅部の漁協へ移動ですからどうしても函館に宿泊しなければならなかったのです。
結局、南茅部の漁協担当者S氏に宿探しをお願いすることにしました。(現在は偉くなってS部長です) ⇒※その後は、もっと偉くなり参事になって定年退職されました。

当日教えられた場所へ行ってみると、そこは宿泊施設のある24時間営業のサウナでした。1階はサウナ場、2階に大部屋の休憩室と奥の方に宿泊用のシングルが10室程あります。
その日は疲れと少し風邪気味もあって風呂にも入らずすぐに寝てしまいました。

翌朝サウナに入ろうと思い、まだはっきりしない頭で薄暗い廊下を歩いていると、大部屋から出てきた人と出会い頭にぶつかってしまいした。
その人は両足を上げ仰向けに倒れたのですが、勢い良く倒れたために履いていたスリッパが宙を飛び、その人のオデコに落下しました。それも左右のスリッパの少し硬いつま先の方が時間差攻撃で2連発です。【もしスリッパの先にナイフが付いていたら間違いなく即死です。そして犯行現場を捜査した刑事は、頭から角のように突き刺さったナイフ付きのスリッパをどの様に推理するのでしょうか。その後この事件は瞬く間に世界中に報道され、数年後にはミステリー小説「函館湯の町サウナ殺人事件」(副題 スリッパは何を物語るのか!)がベストセラーと・・・・ 。】

人間の脳とはすごいものでほんの一瞬の間にこれだけのことが頭をよぎっていました。
人が命を閉じる時、それまでの人生の出来事が走馬灯のように流れていくと聞いたことがありますが、正にこの事だと思いました。
でも何故今?と思いながら、『大丈夫ですか?』と聞くと『大丈夫。申し訳ない。』と言って起き上がりましたが、私は見てしまいました。
肌けたガウンの胸元から肩にかけて、中国の山水画に色を付けた様な模様を・・・。
この時点で寝ぼけていた頭も、まるで数時間前から起きていたかのように覚めてしまいました。
逃げるように大浴場へ行きドアを開けて中に入ると今度は軽い眩暈を覚えました。
それは脱衣所にいた人間(6〜7人)のすべての背中に模様が描かれているのです。そしてガラス越しに見える浴場内の殆どの人も同種族の方達でした。

その光景は、まるで長い航海を経て産卵、放精という大仕事を前に河口で群れているブナ鮭のようでした。
その後、風呂から上がるまでの私は借りてきた猫の様に、粗相の無いよう立ち振る舞ったのは云うまでもありません。

一般的にサウナなどの入り口に「○○○風の方の入店はお断り致します。」と書いてあるのを見かけますが、この店はそのようなチェックが無く函館中のその筋の方の憩いの場となっていたのだと思われます。
おそらく廊下でぶつかった方も寝起きと照明の暗さで私を同業者と勘違いしたのかもしれませんね。
後日、サウナを紹介してくれたS氏にこの話をしたところ『田代さんなら問題無いと思った。』と言われたが、これはどういう意味だろう。確かに見た目は体が大きく、貫禄もあるように見えるらしいのだが、実は真正直な小心者なのである。誤解の無いように。

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